第16話 エルドおじさん

 カイルの息子、テオドアとは、あの部屋で挨拶だけして別れた。その後、カイルと離れることでぐずるかと思ったけれど、意外にもいい子に乳母の女性に抱かれて行った。王族って凄い。

 重いドレスのスカートをつまみながら、私はカイル王太子の後をついていく。

 いくつかの廊下を歩きながら、いつの間にか私はカイル王太子とともに、ある部屋の前に案内された。大きなドアの前には、見るからに強そうな騎士が二人立っている。カイル王太子は、彼らに目くばせすると、ドアを指さして私に言った。


「開けてごらん」


 え!?


 私なんかが開けていいのか、というくらい重厚で立派なドア。チラッと一人の騎士へと目を向けるが、彼は無表情に前だけ見ている。そして、もう一度カイル王太子へ目を向けると、小さく頷く。私は、腹をくくってドアに手を伸ばした。


キィィィ


 ドアを開くと、私が泊まる部屋よりも、もっとゴージャスな、そして……薄暗い部屋が待っていた。部屋の中は、少しばかりひんやりとしている。


「カイル王太子……ここは……」


 振り返った私が見上げた彼の顔は、少し、曇っているように見える。


「陛下の寝室だ……ベッドに横になっているはずだ」


 そう言われて、ハッとする。確かに中には、立派な天蓋付きのベッドが置かれている。ただ、カーテンで囲われていて、中までは見えない。私は足音をたてないように静かにベッドのそばに近寄った。


『エルドおじさん?』


 そう声をかけてから、ゆっくりとカーテンを開ける。

 そこには、少し痩せて青白い顔のエルドおじさんが、眠っていた。

 思わず、おじさんの頬に手を当てる。それに気づいたのか、ピクリと身体を震わすと、ゆっくりと目を開けた。


「……誰だ?」


 最初、虚ろだった眼差しが、だんだんと生気のあるものへと変わっていく。


「……レイ? なぜ、ここに」


 最初はアストリア語だったのが、私を認識した途端、オルドン語に変わる。


『……ハッ、レイだと!? ど、どうして!』


 おじさんは驚いて、急に身体を起こそうとした。


『おじさん、ダメだよ、急に起きちゃ』


 私は、起き上がろうとしたおじさんの肩を優しく押すと、「ね、ダメ!」と真顔で注意した。


『あ、ああ……レイに言われたら、言うことを聞かなくちゃいけないね』


 嬉しそうに微笑むエルドおじさんに、私もつられて微笑んだ。そんな私たちを、驚いたような顔でカイル王太子が見ていた。


「義父上、そんな顔もされるんですね……私は初めて見ました……」

「……カイル、お前が、レイを連れてきたのか」

「……はい」


 複雑そうな表情のエルドおじさん。


「レイには、ただのエルドおじさんでいたかったんだがな……」

「……義母上が心配されていたので」

「イレーナが?」


 私の隣に立ったカイル王太子を、不審そうに見つめるおじさん。


「それにしても、義父上が、そんなにオルドン語がお上手だとは、知りませんでした」

「……ああ。ここでは使う機会はないからな」

「サカエラ氏が、よろしくとのことでした」

「そうか。あいつ、私には何も連絡してこないなんて」


 ちょっと拗ねたような顔をするおじさんに、思わず微笑んでしまう。

 私たちが静かに話をしていると、ドアが開く音がした。何気なく目をやると、一人の女性がひっそりと入ってきた。

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