<カイル>(8)
カイルはその日、朝から落ち着かなかった。
事前にユージン・サージェントから、到着予定の連絡をもらっていたものの、当日になってみれば本当に彼女が来るのか、不安になったのだ。
そんなカイルの気持ちが伝わってきたのか、朝食のテーブルについていた彼の一人息子のテオドア・アストールが、不安そうな顔で見つめてくる。
今年三歳になったテオドアは、クリクリとした黒髪の小麦色の肌。エメラルドグリーンの瞳。カイルの子供の頃そっくりの様子に、周囲の者に愛されている。母親は隣国の第三王女だったが、二年前、隣国に住んでいた愛人である伯爵家の次男といっしょに駆け落ちをする途中、馬車が落石による事故で亡くなっている。
「パパ?」
大きな瞳を潤ませるテオドアに、カイルは安心するようにと、笑みを浮かべる。
「今日は、お客様が来るから、大人しくしているように」
「おきゃくさま?」
頷くカイルに、テオドアは頬を染めて、嬉しそうに微笑み返す。周囲の使用人たちは、その姿にほっこりする。それは、カイルも同様で、そんな息子に笑みを浮かべた。
カイルが執務室で書類を読んでいると、事務官の一人から、サージェントたちの馬車が王都についたとの連絡が入った、と伝えられた。その言葉に、カイルの顔は引き締まり、一気に書類仕事が進む。その様子に、周りが唖然とするが、カイルは周りなど気にしていられない。
「……よし、これで最後だな」
サラサラとサインを書き入れると、ホッとため息をつく。
「サージェント卿は着いたか」
「いえ、まだ……しかし、そろそろかと思われます」
事務官の言葉にカイルは頷くと、すぐに執務室から出ていく。その後を二人の護衛がついていく。
長い廊下を進んでいくカイルに、多くの使用人や貴族たちが、頭を下げていく。
「カイル様、何も貴方様自ら出迎えに行かれるなど……」
そう小声で諫めるのは、近衛騎士団に所属する護衛の一人、リシャール・コンラッド 。コンラッド伯爵家の次男で、二十代後半のかなり厳つい様子に多くのメイドたちから怖がられている。
「まぁ、いいじゃないですか。よっぽど気になっているのだろう? ……レイだっけ?」
気安くそう聞いてくるのは、同じく護衛であり、乳兄弟でもあるチャールズ・ローガン。ローガン侯爵家の次男であり、双子の姉が同じく女性王族に付く護衛になっている。
「……気安く彼女の名を呼ぶな」
「へーい」
じろりと睨んだところで、ペロリと舌を出して、まったく気にしない。チャールズはいつものことなので、カイルはそれ以上注意はしないのだが、少し頭の固いリシャールはそういう訳にもいかない。
「チャールズ、場所を考えろ」
「……はいはい」
「はいは一回だ」
「は~い」
そんなやりとりをしている二人に呆れながらも、久しぶりにレイに会えることに、カイルの心は逸っていた。
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