第11話 エルドおじさんの正体

 乗合馬車のつもりでいた私の覚悟を、返してほしい。

 街中を巡回している馬車の板張りを経験していたから、おそらく乗合馬車もそのようなモノだと思ってた。だからこそ、小さなクッションを荷物の中に無理やり詰め込んでいたのに。

 ……なんだ、この上等な座席は。


『レイ様、お飲み物はいかがなさいますか』


 なぜだか、とーても立派な馬車の中にいる私。そして、目の前にはサージェント様が仏頂面のままだ。

 そんなサージェント様をよそに、私の隣に座る女性……メイドさん、なんだろうか。彼女がにこやかに話しかけてくる。さすがに、一応、成人前とはいえ、私も女性の一人。男女が馬車の中に二人きり、というわけにもいかないから、ということなんだろう。

 そして、向かい側に座るサージェント様の機嫌の悪そうな顔を見たら、飲み物を勧められたって、素直に受け取る気になるわけがない。


『け、結構です』


 私は顔を引きつらせながら断ると、窓の外へと目を向ける。まだ街の中を走っているようで、建物の景色がゆっくりと流れていく。


 最初、馬車に乗り込んで早々、向かい側に座ったサージェント様。ジロジロと私の顔を眺めたかと思ったら、いきなり私の前髪をかきあげた。


「!?」


 私が驚くと同時に、彼もびっくりした顔をした。


「な、なにするんですかっ!」

『す、すまない』


 冷ややかな瞳の印象が強かったのに、今、目の前にいる人は、戸惑いを隠せないでいる。


『その瞳は……』

『父の瞳と同じだそうです』

『……まさか君が、レオンの娘だったとは』

『父を知ってるんですか!?』


 サージェント様が、懐かしそうに父の名を呼ぶので、思わず聞いてしまった。


『……ああ。しかし、そんなに交流があったわけではない』

 

 残念そうな顔をチラリと見せて、その先は何も話してはくれなかった。



 いつの間にかに街を抜けると、馬車は大きな街道を走っていく。

 いくつもの馬車を追い越していくスピードに、驚きが隠せない。全然、ペースが違うのだ。目を瞠りながら、流れていく景色に息をのむ。


『……これから、どういう経路で向かわれるのですか』


 乗合馬車であれば、アストリア王国までの直通がないから、何度か乗り継ぎがあったはずだ。何せ、隣国は山越えをしなくてはならず、それが厳しいので、普通は山を越えずに、迂回ルートを選ぶのだ。


『うむ? 経路も何も、直通の街道を向かうだけだが』

『え?』

『王族専用の街道があるから、それを使うだけだ』


 その言葉に、私ははてなマークがいくつも浮かぶ。王族? 直通の街道?


『カイル王太子から、何も聞いていないのか?』


 ……?


『すみません?』

『ん?』

『カイル王太子?』

『ああ?』

『あの人が?』

『そうだが』

『……』


 ……知らなかったよ。

 

 今頃になって、血の気が引いてきている。私、失礼なことしなかったかしら。


『知らなかったのか?』

『……はい。おじさんも、普通に接してたし』

『サカエラ氏?』

『はい。』

『彼は国王の親友だからな』

『……え?』

『エルド六世。君が「エルドおじさん」と呼ぶ人のことだ』


 えっ!?


 な・ん・だ・っ・て!?


『……本当に、君は何も知らないんだな』


 そう言って、呆れたような顔をする、サージェント様。


『だ、だって、おじさんたちは、何も言わなかったから……』


 そうだ。おじさんたちは、何一つ、教えてくれなかった。

 でも、それでも、私は何も知らなくても問題なかったし、十分に幸せだったのだ。

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