<カイル>(6)

 ノックもせずに勢いよくドアが開く。


『カイル!』

『サカエラさん、お久しぶりです』


 懐かしい顔に笑みが浮かぶ。けして身長は高くはないものの、年齢の割に鍛えられた身体のサカエラ氏が、立ち上がった私の身体を抱きしめた。

 そんなサカエラ氏を見て、レイは驚いたようだった。


『君がうちに来ていると聞いてね。仕事を放り投げて来てしまったよ』


 ワハハハ! と、豪快に笑いながら、私の背中を思い切り叩く。

 相変わらず、手加減を知らないこの人は、義父エルド六世と同様に、身分を気にせず接して、助言をくれる、私にとっては大切な人だ。


「レイ、カイルとはちゃんと話はできたかい?」


 サカエラ氏が、優しい顔でレイに話しかけると、レイのほうは少し不機嫌そうに言った。


「……私がエルドおじさんの子供ではない、という話ならしましたよ」

「何っ!?」


 サカエラ氏は、レイの言葉に驚いた。


『カイル、君までレイをエルドの子供だと思ったのかい?』

『……義母が不安がってたのです……私も今回初めて、レイの存在を知ったので、念のために』

『なんだって? エルドは君たちに話してなかったのかい?』

『はい。だから、義母は、てっきり、レイを義父の隠し子かと……』


 ワハハハ! と、再び笑い出すと、目に浮かんだ涙をぬぐった。


『まったく、エルドにとっては、親友の子供は宝物みたいなものなんだろうなぁ』

『親友?』

『イレーナに聞いてみればいい。レイは、イレーナの従弟のレオンの娘だ』

『……やっぱり』


 金色の瞳の理由が、自分の中で確定した瞬間だった。


『イレーナのほうこそ、聞いてなかったのかい? レオンがこちらの女性と結婚したことを?』

『知ってたら、こんなことにはなっていないでしょうっ!』


 そうだ。義母が知らないなんて!?


『……まぁ、そうだな。当時はレオンも忙しくしていたし、この国にいる時間は、けして多くはなかったしなぁ』


 少し懐かしそうな、寂しそうな顔で、遠くを見るサカエラ氏。


『私は、あまり父の記憶はありません』


 同じように寂しそうな顔のレイ。


『父よりも、エルドおじさんや、サカエラのおじさんとの時間の方が多かったくらいだし』

『……エルドは、レオンに大きな借りがあるからね』

『借り、ですか?』

『君は覚えていないかい? もう十三年前か。エルドが暴漢に襲われそうになったのを』

『覚えています。私が帝国の全寮制の学校に行ってた頃のことですね。』


 当時、義父は前国王の側近たちを何人も罷免していっていた。彼らのせいで、国の財政がひっ迫していっていたからだ。そのための罷免を、国民は評価していたが、側近たちの関係者はそうは思っていなかった。


『ああ、その時、エルドをかばって亡くなった近衛騎士が、レイの父親なんだよ』

『!?』


 あの時は、かなりのニュースになった。

 義父も軽いケガを負ったけれど、それはあの近衛騎士がかばったおかげでその程度で済んだのだ。だから、私は帰国することなく、そのまま学校にいるように言われた記憶がある。その近衛騎士が、レイの父親だったとは。


 沈痛な面持ちで、それを語るサカエラ氏は、悲しそうな眼差しでレイを見つめた。しかし、一方のレイには、それほどの感情は見受けられず、ただ静かにたたずんでいる。


『まぁ、メリンダさんも、大げさに結婚式をあげるタイプでもなかったから、ひっそりと仲間内だけで祝ったんだよ。レオンも、もともと口数の多いヤツでもなかったし、イレーナにまでは話していなかったのかもしれない』

『……そうだったんですか』


 ……となると、レイは、私とは血のつながりはないものの、義母にとっては親戚にはなるわけだ。ふと、私は思いついてしまった。


『サカエラさん、もしよければなんですが』

『なんだい?』

『彼女を、我が国に連れて行ってもいいでしょうか』

『なんだって!?』


 私の提案に驚いたのはサカエラ氏だけではなく、レイもびっくりしたようだった。

 その驚いた顔も、とても可愛らしいと思ったのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る