第13話 ハイエルフ

「命の恩人に対して襲い掛かって本当にごめんなさい」


 乾かした衣服を身に纏うと、エルフは見事な土下座を披露してみせた。


 この世界にも土下座をする文化があったのか。


「こっちも誤解を与えるような真似をして悪かったんだ。頭を上げてくれ」


「でも……」


「互いに無事だったんだからそれでいいじゃないか」


「ありがとう。えーっと……」


 エルフが礼を言ってようやく頭を上げるが、そこで口ごもる。


 そういえば、俺たちはまだ互いの名前について知らない。


「樹木柱だ。気楽に柱って呼んでくれ」


「じゃあ、ハシラと呼ばせてもらうわね。私の名前はリーディア。ちなみによくエルフと間違われるけどハイエルフよ」


「うん? エルフとは違うのか?」


 ゲームではそういった種族も耳にしたことがあるが、ここでの特徴はどのようなものなのだろうか。


「基本的に同じだけど、普通のエルフよりも寿命が長く、魔力が高いの。まあ、それでも死の樹海にいるアーマードベアやガイアノートには手も足も出なかったわけだけど……」


 どこか自慢げに胸を張るリーディアであるが、すぐに弱々しくなってしまった。


 戦闘能力に自信のあった彼女を慰めてあげたいところであるが、気になるキーワードがいくつかある。


「ちょっと待ってくれ。死の樹海というのはここの事か?」


「ええ、魔国ベルギオスの四分の一の広さを誇る大樹海。そこに棲息する魔物はどいつもこいつも強さが化け物クラスで、命知らずじゃなければ誰も近付こうとしない場所。その分、人の手が入っていないので素材は豊富なんだけどね」


 ええ? ちょっと待って。確かに自然豊かな場所とお願いしたけど、ここまで物騒なところにしなくてもよかったんじゃないか? 


 リーディアの説明を聞くと、ここってかなりヤバイ場所みたいだし。


 というか、よくそんな場所で一か月以上も過ごすことができているな。余程、運がいいのだろうか。


「こんな場所に住んでいる俺が聞くのもなんだけど、リーディアはどうしてここに?」


 ひょっとして何かしらの使命を帯びていたり、この樹海で採れる稀少な素材を求めてやってきたのだろうか。


 こんな危険な場所にやってきたのだ。何かしらの事情があるのだろう。


「いや、豊富な大自然があると言われると、ハイエルフとしてどんな場所か気になるじゃない?」


 違った。想像していたよりも大分軽かった。


「つまり、リーディアは命知らずってわけか」


 それで魔物に襲われて死にそうになっていただなんて、もっと命を大切にしてほしい。


「し、仕方がないじゃない! 長い間生きていると退屈なのよ!」


 どこか呆れたように言うと、リーディアは抗議するように叫んだ。


 エルフィーラから聞いた情報によると、エルフは三百年くらい生きると聞いた。


 そのエルフよりもさらに寿命が長いハイエルフは大変なのだろう。


 若くて綺麗な見た目をしているけど、こう見えてかなりの年月を過ごしているのだろうな。


「ねえ。今、私の年齢がかなり上だと思ったでしょ?」


 リーディアからジットリとした視線が突き刺さる。


「その通りです。よくぞおわかりになられましたね」


「時間について話すと皆、同じようなことを考えるからね」


「それよりアーマードベアが熊の魔物らしいのはわかるけど、ガイアノートっていうのは?」


 片方は名前からしてイメージできるが、もう片方が全くイメージできない。


 この樹海は狂暴な魔物がうじゃうじゃいるらしいので、魔物については把握しておきたい。


「いや、ハシラの後ろにいるじゃない」


 えっ、俺のすぐ後ろにそんなヤバイ生き物がっ!? 


 急いで振り返ってみるも、そこにはレントが待機して突っ立っているだけだった。


「うん? レントしかいないぞ?」


「ええ、紛れもなくその子よ」


「レントは俺が作り出した木造ゴーレムだ」


 間違ってもリーディアが危険視するような魔物の類ではない。


「どう見てもガイアノートじゃない! 大体、ゴーレムがあんな風に機敏に動けるわけないでしょ!」


 一瞬で無力化された時のことを思い出したのか、リーディアがそう叫ぶ。


 どうやらガイアノートというのは大森林や樹海などに現れる精霊の一種のようなもので、自然地帯の番人のような役割をしているらしい。


 と、レントの凄さを語られたが、この世界の常識について疎いので実感が湧かない。


 でも、今回もエルフィーラの加護の補正が原因である気はしてる。というか、それ以外に考えられない。そうだとしたら、レントの不思議性能が色々の腑に落ちるのだ。


「……道理で弓のセンスが俺よりいいわけだ」


「何を言っているかよくわからないけど、その納得の仕方は違うと思うわ」


 まあ、レントがすごい精霊だろうと何だろうと特に変わりはない。レントはレントだ。


 いつも通り、俺の家族として一緒に暮らしてもらうだけだ。


「ねえ、ハシラはどうしてこんなところに住んでいるの?」


 ここがとんでもない場所だと知っていてリーディアはやってきたのだ。そんな場所に住んでる人がいたら当然気になるよな。


 でも、前世があったことやら、神様に転移してもらったなんて言っても信じてもらえないだろうし。


「色々あって人の少ないところでのんびり自給自足したくてね」


「……それで死の樹海で暮らそうなんてあなたも命知らずね」


 先程、俺が呆れの視線を向けたからだろうか。リーディアが皮肉っぽい視線を返してくる。


 それに関しては俺も望んできたわけではないので言い返しづらかった。


「そうは言うけど、今のところ狂暴な魔物には出会っていないんだよな」


「でも、ここにあるの緑鹿の毛皮でしょ? この魔物、角を自在に伸ばして攻撃してくるから、かなり戦い難い相手だと思うんだけど」


 そう言って、リーディアは布団代わりにしてある毛皮を拾い上げる。


 えっ? あいつって魔物だったの? 樹海に擬態する鹿の仲間かと思っていた。


 いつもレントが物理で殴るか、俺が木を生やして拘束してしまうのでまともに戦ったことがなかったからな。


「そうなのか? 俺とレントはいつも狩っているんだが……」


「……そうよね。こんなところに住んでいるし、ガイアノートまでいるんだもの。それくらい問題にもならないわよね。私と違って」


 樹海の魔物に殺されかけたからだろうか、先程からリーディアが若干卑屈になっている。


 ハイエルフだけあってか自分の実力に自信があったのだろう。


 特に問題なく暮らしている俺が、それを慰めることはできない。徐々に回復してくれるといいのだが。


 気まずくなった空気を振り払うように俺は話題を転換する。


「ところで、リーディアはこれからどうするんだ?」


 傷口は治っているけど、血は増えるわけじゃないからしばらく滞在していた方がいいと思うけど、彼女にも都合があるだろうし無理強いはできない。


 リーディアの意思を尊重することにする。


「申し訳ないけど、しばらくの間ここにいていい? あなた達と一緒なら樹海の中を見ることができるから。その代わり手伝えることなら何でもするわ」


 両手を合わせてどこか不安そうに頼み込んでくるリーディア。


 女性が何でもすると口にするのはいかがなものなのだろうか。


 まあ、ここのところやることが増えて人手も欲しいと思っていたので手伝いを申し出てくるリーディアの提案はこちらとしても嬉しいものだ。


 それに初めてこちらの世界の人と会ったので色々と会話をしたい。


 俺はこの世界についてあまりにも知らなすぎるからな。


「わかった。部屋も余っているし滞在してもいいよ」


「ありがとう、ハシラ!」


 こうして俺の家にハイエルフが一人滞在することになった。

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