第11話 怪我人の発見

自作した弓の弦を指でビンビンと弾いて感触を確かめる。


 畑で育てていた作物が収穫できるようになった俺は、毎日採取に向かう必要がなくなり生活に少しのゆとりができていた。


 そんなわけで余った時間を有意義に過ごそうと思って作り出したのが弓矢だ。


 いざという時にこういう武器が使えても損はないし、これはこれでいい運動になるからな。


 高校の時はバイト漬けであったが、もし部活に入れるとしたら弓道部に入ってみたいと思っていたのだ。


 袴を身に纏って静粛な空気の中、矢を射かける姿は鮮明な記憶として残っている。


 生活にゆとりのある今だからこそ、俺は自力で弓矢を作って再現したのだ。


 弦の調子が問題ないことを確認した俺は、これまた自作した矢を番える。


 十メートル先にある木の的に狙いを定め、そして矢を放った。


 俺の放った矢は空を切り裂き、狙った的の中央に当たる―ーことなく、五メートル左に逸れて地面に突き刺さった。


「おかしい? 弓の設計をミスったのか? それとも矢のバランスが悪い?」


 しなりのある柔らかい木を作り出し、動物の腱を張り合わせて作った自作の弓。


 きちんと矢を飛ばすことはできるのだが、一向に的に当たる気配がない。というか真っすぐ飛んでくれない。


 的の傍には墓標を立てるかのごとく、矢が地面に刺さっている。


 ここまで外れているとすると弓矢のどちらかに欠陥があるとしか思えないな。


 やはり、初心者がおぼろげな知識で作ったせいだろうか?


「レント、やってみてくれ」


 実験データは多い方が好ましいので、俺は戯れにレントにやらせてみる。


 俺の身体に合わせたサイズなので、大柄なレントが持つと子供の玩具のようだ。


 まあ、弓矢が欠陥品なので当たるはずはないだろうな。と思いながら見守っているとレントは一発で矢を的に当てた。


「は?」


 しかも、的の中心部に。


 あっけにとられる中、レントは静かに次の矢を番えて放つ。


 シュパッと放たれた矢はまたしても的の中心部に当たった。


 三本目も四本目も同じように的の中心に刺さる。


「そんなバカな。ちょっと弓を貸してくれ!」


 おかしい。欠陥品なのにあんな風に飛ぶわけがない。


 もしかして、レントの馬鹿力で弓の調子がよくなったとか?


 返してもらった弓をいそいそと構えて、さっきと同じように矢を撃ってみる。


 しかし、俺の放った矢は的に掠りもせず、見当違いな方向に飛んでいた。


 またひとつ墓標が増えた。


 俺がやったら外れ、レントがやったら当たる。


「……もしかして、俺には弓の才能がない?」


 突きつけられた残酷な事実に俺は打ち震える。


 弓矢に欠陥があるのではない。欠陥があるのは俺のセンスだった。


 まさか自分にここまでセンスがないと驚きだ。


 弓矢を作ったのは自分なのに。あれだけ弓を射ることに憧れていたのにこのていらく。


 レントは余裕で当てられるのに主である自分が当てられないなんて悔しいな。


 でも、冷静に考えれば俺は弓道部員でもないし、大会に出るわけでもないのだ。


 人生を彩るための趣味の一つとしてやっているに過ぎない。気負うことなく自分のペースで練習して上手くなればいい。別に最初から上手くなくたっていいんだ。


 俺はそう自分に言い聞かせることで心を守ることにした。


 とはいえ、競う相手がいないのも面白みがないので、レント用に弓矢をもう一セット作ることにした。




 ◆




 レントの弓矢を作り終えた翌日。


 俺とレントは石材を確保するために湖の方に足を運ぶことにした。


 加護の力で道具を作れるとはいえ、それらはあくまで木製品だ。


 鍋のように木製品では困る道具なんかもあるので、暇な時間を見つけては石製品の道具を作っているのである。


 最近は薬の調合に必要な道具をたくさん作ったので、石材が足りなくなっていたのだ。


 石材の加工は夜の暇つぶしであり、ちょっとした趣味になりつつあるのである程度の数は確保しておきたい。


 そんなわけで俺とレントは大きな石のある南に歩く。


 十五分ほど歩くと大きな石が鎮座しているのを見つけた。


 最初に見つけた時は三メートルほどの大きさがあったが、俺がちょくちょくと切り出したせいですっかりと半分以下になっている。


「そろそろ他の石材を見つけないとな」


 このまま切り出していけばいずれはなくなってしまう。その前に次に切り出せる場所を見つけたいものだ。


 そんなことを考えながら神具をナイフにして、石材をブロック状に切り出す。


 ちなみにこの石材、レントが殴っても割れない硬度があった。


 地面が陥没するほどの威力があったので、この石の耐久度はかなりのものだろうな。


 それを豆腐のように切り出してしまえるナイフは相変わらず凄まじい。


 切り出したブロックはレントが持ち上げて、自身の背負子に乗せていく。


 ブロックのひとつひとつは中々の重さなのだが、ゴーレムであるレントからすればこの程度は何でもない。ドンドンと背中に積み上げていく。


「せっかくだから小川に行って魚でも獲ってみるか」


 十分な量の石材が採れたが、このまま家に戻るのは勿体ない。


 ここまできたのだから川魚の一匹くらい捕まえておきたい。


 川であれば底も浅いので木を生やして囲んでしまえば、追い込み漁で手掴みで捕まえることができるのだ。


 そんなわけで俺とレントはそのままさらに南下して川に移動。


「さてさて、魚はいっぱいいるかなー」


 涼やかな水の音が聞こえる中、俺は川魚を求めて歩いていく。


「んん? なんだあれ?」


 川沿いを歩いていると何やらこんもりとした影が岸辺で見えた。


 もしかして、魔物か? それとも獣の類が水でも飲みにきたのだろうか?


 警戒しながら近づいてみると魔物ではなく人影だった。具体的には川にある倒木にもたれかかっている。


 腰までありそうな長い金髪、緑色の麻のような服。背中には弓が背負われており、腰の辺りにはベルトに巻かれたナイフが収まっていた。


 現代日本で暮らしていた俺からすると古っぽく民族っぽい印象を抱かせるが、そんなことがどうでもよくなるくらいの美貌を彼女は持っていた。


 そして、何より気になるのは似ているようで違う身体の一部分。


「……耳が長い」


 目の前にいる美しい女性の耳は、俺のものとは違って長く斜めに生えていた。


「これってもしかしてエルフか?」


 美しい容姿に長い耳といえば、ゲームの世界なんかでも登場していたエルフだ。


 エルフィーラはこの世界に来る前に様々な異種族がいると教えてくれた。


 この女性は説明されたエルフの特徴と見事に一致している。


 エルフの女性を眺めていると不意に苦しそうなうめき声が漏れた。


 よくみると腹部の辺りから赤い血が流れている。


「って、怪我をしてるじゃないか!」


 浅くではあるが呼吸もしており生きている。


 ひとまず川から引き揚げるが、意識を失って衣服が水分を吸っているからか想像よりも重かった。


 軽い傷薬程度なら持っているが、この怪我を見る限り家にある薬を使った方がよさそうだ。


 女性にこういうことを言うのは失礼だが、俺一人で家まで運ぶのはちょっとキツい。


「レント、この人を運んでくれ。怪我人だから丁寧にな」


 そう頼むと、レントはエルフを丁寧に持ち上げる。いわゆるお姫様だっこというやつだ。


 本当は俺ができればかっこいいのだが、人命には代えられない。


 早急な治療を優先だ。当然川魚獲りも中止。


 俺とレントは生やした木の上に乗る。


 そして、そのまま木を延ばして猛スピードで家に戻ることにした。

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