20:58

@ryou0703

第2話

小説


20:58、渋谷は人が溢れていた。

それに今日は金曜日。いつもに増して多い気がした。特にあの有名な犬の銅像がたたずむ広場は騒がしく、辺りの音をかき消した。都営田園都市線の入り口の前、広場にある緑の電車が見える位置で、私は彼を待つ。この時間の駅前広場は同世代だろうか、若い男女の集団がよく見られる。皆オシャレでキリッとしたそのたたずまいに、自分が馴染めているか不安になる。


ーねぇお姉さん、どこ行くの?ー


声のする方に目を向けると、2人の女の子が男の子集団に絡まれていた。いわゆるナンパである。渋谷の女の子は皆可愛い。キラキラしていて、私とは違う楽しい人生を送っている気がする。一時的に取り繕っているだけの私は、渋谷の女の子に可愛さも自分のステータスも負けているのだ。その集団と同じ空間にいる以上、彼の中の私は、きっとなにもかも一番にはなれないだろう…と、いつも通りのネガティブ思考の中に彼の存在が出てくることに対して、やはり自分がそれなりに浮かれていることを自覚する。


ー頭を冷やそうー


そう思い、騒がしい喧騒の中に足を踏み入れる。ざわざわした若い集団の塊を抜け、スクランブル交差点の赤信号の前で足を止める。目の前には音が聞こえない大画面のテレビが連なり、辺りを明るく照らしていた。私はこの光が好きだ。渋谷も嫌いではない。さまざまなカルチャーが集うこの渋谷は、変人、奇人、いろいろな人が集まり、それが一体となっている気がする。そんな一体感がこんな私も受け入れてくれるようで、この大画面の光を感じるたび、私は私だ。と安心した気分にさせてくれる。スマホを確認すると、彼からメッセージが来ていた。


「今終わった。21時半くらいに着きそう。」


今の時間は21:10分、まだもう少しかかる。


ーその辺プラプラしてるか…ー


信号が青に変わり、大勢が一斉に歩き出し、中央で重なる。彼に「わかった。」と返事を返してから、私も歩き出した。ここは渋谷、全てを包み込んでくれる場所。たとえこの再会が間違っていたとしても、きっと大丈夫。




「着いたよ。」


彼からのメッセージに気づいたのは、渋谷センター街を散歩して、ちょうど駅前に戻ってくる頃だった。来ていたのは5分前、21:26。急いで返事をした。


「今気づいた。ごめん、今行く。」

「どこいるの?」

「ちょっとその辺ウロウロしてて。わかるところにいて。」


渋谷駅前はまだ人がごった返していた。この大勢の人の中から彼を探す。1年振りに。近くに彼がいると思うと、早く会いたいような、会いたくないようななんとも言えない気持ちになる。ここまで来て、やはり来るべきではなかったかもしれない。彼は私に気づいてくれるだろうか。そんな気持ちを抱えながら彼を探す。が、一向に見つからない。スマホを取り出し、電話をすることにした。


ーいたー


声がした。久々に聞いた、知っている声だった。声の方を振り向くと、


緑の電車の前で彼が手を振っていた。

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