04




 「俺は……ノゾムという名前だ。で、このゲーム――〈パンドラガーデン〉はどうなってやがるんだ?お前はNPCだから分かるだろ?」




 口を空けたままのアリシアに駄目元で聞いてみる。


 もしかしたら緊急事態でヘルプ機能が働いているかもしれないし。




 俺の言葉を聞いた彼女はキョトンとした表情をして、危険物を見るような目で見てくる。


 まあどう見ても危険人物だからな、今の俺は。


 ちょっと距離とられてるし。






 「現実と空想を区別できない人――いえ怪物っているのね。……あれ、でもあなたも理性を失った人達も空想の怪物みたいなものよね?」




 アリシアは何やらぶつぶつ言い始めだした。




 「……おい聞け。


 俺はゲームにログインしたらこんな姿になるわ、ゲームなのにやけにリアルだわ、現実の世界に戻れないんだけどよ」




 彼女は危ない人みたいに独り言を呟くのを止めると、俺に向き直り話し出す。




 「私はこの世界が現実だと断言するわ、だって私はここで産まれて育ってきたもの。


 ちゃんとその記憶だってあるし、決してキャラクターなんていう仮想の存在じゃない」




 ……頭痛くなってきた。


 思わず鉄球頭に手を当てる――金属だから冷てえ。






 「キャラクターのお前にとってはこの世界は現実かもしれねえけど、俺にとってはゲームだ。


 ……しかし妙だな、胸の感触はリアルすぎだし人生もちゃんと送ってきたとかまるで生きてる人間みたいだ」


 「失礼ね! 生きてる人間よ! あと変態! 変態変態変態!!! 」




 彼女は腕を組み、歯を食いしばり、睨んでくる。


 NPCだと思ってとはいえさすがに自分のやったことに罪悪感が芽生えた。


 めっちゃ怒らせちゃったなあ。


 じいちゃんの頃に流行ったげきおこぷんぷん丸という奴か。


 思えば社会現象起こしたあのアニメだって、じいちゃんから教えてもらって初めて知ったわ。




 横道に逸れたな、それは置いといて。


 うーん、余り考えたくないのだが――






 「やっぱりゲームの世界が現実になっちまったって訳か?


 でもそれじゃあメニュー画面は何なんだ?」






 ――〈パンドラガーデン〉の世界が現実になった。


 信じられないし、メニュー画面というゲーム機能を残しているがやけにしっくりと来る物がある。






 「メニュー画面って何? やはり見た目だけじゃなくて頭の中もおかしいのね?」


 「……おかしいのはこの世界だと思うぞ」


 「……まあそれは否定できないわ」




 ようやくお互いが理解できる結論に辿り着く。


 この世界がゲームにしろ現実にしろおかしい。


 ゲームだとしたら何故ここまでリアルなのか。


 現実だとしたらどうしてアリシアが俺の姿を非現実的だと思うのか。






 「で、理性を失った人って言ってたが獣人間のことか?」




 ようやくお互い落ち着いて話し合える関係になったので、俺はさっきから引っかかっていた点について訊ねる。


 俺の指し示す方向には俺に蹂躙された獣人間の死体が大量にある。


 アリシアは俺の問いに対してゆっくりと縦に頷いた。




 「ええ。みんな急に狂い始めて正常な人たちを襲い始めたわ。


 よくあるゾンビ映画みたいに」






 ふむ……。


 設定なのか本当にそうなったかは分からないが、ともかく獣人間がどのように生まれたかは分かった。






 「もしかしたら俺の言うゲームの世界とお前の生きる現実世界が交わった……とか?」


 「……あり得ないとは言えないわね」




 ここはゲームの世界か?ここは現実の世界か?


 そればかりを彼女と言い争っていたが、もしかしたら両方間違ってなくて合ってもいないのかもしれない。


 更にお互いの意見が擦り寄り始めたところで俺は目的と頼みごとを口にする。






 「俺としてはこの世界から出たいから、協力して欲しいんだけどよ」




 バグの挙句、ゲームオーバーになったらどうなるか分からないのだ。


 もしかしたらあの死体の山になってるプレイヤー達は本当に死んでしまっているのかもしれない。


 ならば味方は多いほうがいい。




 「いきなり人の胸を揉むセクハラモンスターを信じろって言うの?」




 ……第一印象ってやっぱ大事だよな。


 やらない方が良かったのだろうけど、やっぱり手に残るあの感触を思い出すと――


 無意識にニギニギしてたら余計睨まれてしまった。






 「俺が悪かったよお、生きてる人間だとは思わなくてさあ」




 まだ俺は彼女をキャラクターだと思っているが、プログラムに従うのではなく魂が宿った人形だとも思う。


 これまたじいちゃんが見せてくれた昔のアニメに似たような展開があったな。


 俺の謝罪を聞いた彼女は疲れたように目を閉じ、ため息をつく。






 「許さないけどいいわ、手を組みましょう。


 不本意だけどあなたの力が無ければ生き残れそうに無いわ」


 「お、マジか」




 なんとか協力を取り付けることが出来た。


 ちなみにリリーちゃんかアリシアどちらがいいかと聞かれたら俺はアリシア派だ。




 やったぜ、ナイスバディの美人が隣にいて何時でも見られ――






 「ただし、また変な事したら今度は撃ち抜くわよ」


 「……はい」




 拳銃を取り出し、くるくる回す彼女に恐縮するしかなかった。


 しかも銃口を何気に股間に向けてきてるし。


 玉を弾に撃ち抜かれるとか洒落にならない。














 教会から出る。


 アリシアはレッドレイクシティの構造をほぼ把握しているので闇雲に進まずに済みそうだ。


 さすが女刑事といったところか。






 「で、どうする?


 どこかにひきこもるか? それとも何が起きてるか調べるか?」




 獣人間をふっ飛ばしながらアリシアに訊ねる。


 アリシアが案内役なら俺は露払い役だ。


 無論アリシアも拳銃を所持しているので自衛は出来るのだが、強靭な肉体と強力な武器を持つ俺がなるべく戦った方がいい。


 それに初対面の乳揉みで下がった株を上げられそうだし。


 女を守る望さんカッコいい!!抱いて!!とかなるかもしれない。






 「寒気がしたんだけど気のせいかしら」


 「ああ、気のせい気のせい」




 女の勘怖い。






 「どこかに隠れて軍を待つのも手だけど……あなたが言う亡くなってるプレイヤー達の服って軍の特殊部隊の物よね。


 となると既に派遣されてるってことかしら……」


 「俺たちはお前の世界の軍の特殊部隊としてログインした……ゲームで遊ぶために」




 つまりゲームだと思ってログインしたら違う世界に来てしまったということか?


 ……んな非現実的なことが起きてしまっていても不思議は無いなあ。


 だってVRゲームがいくら進化したからって〈サイキックドリーム〉がここまでリアルなゲームを作れるのだろうか?


 ――考えるだけでは仕方が無いか。






 「ほとんどプレイヤーは――特殊部隊員はやられている、連絡が途絶えてるしな。


だから――」








 「「異常を調査するしかない」」








 ハモった。


 俺は鉄球頭の口をガチャガチャ開け閉めして笑い、彼女は不愉快そうに俺を睨む。






 「……そうね、まずは犯罪の溜まり場になってそうな路地裏を徹底的に調べましょう」


 「危なくないか?」


 「女が春を売ってたりして危ないわね」


 「行こう!! 今すぐ行こう!!」






 アリシアに白い目で見られながら俺はスキップで先へ向かう。


 盛大なため息が遅れて聞こえてきた。














 結論、路地裏はムキムキ獣人間で埋まっていた。


 先に進むのに大斧をよっこらせよっこらせ、と畑を耕す桑のように振り上げ振り下ろしを繰り返す。


 耕されるのは土ではなく肉だが。






 俺は良くも悪くも見慣れてしまったが、アリシアは残虐な光景に青い顔をしている。


 尤も彼女も元人間相手とはいえ、怪物と化した奴らが飛びかかろうものなら拳銃で撃ち落しているが。


 胸がデカいだけじゃない、たくましい女だ。








 「私の胸見てないで手を動かす!!」


 「バレたか」


 「……ほんっと最低」




 俺は飛び掛ってきた獣人間を見ないで大斧ストライクを決め、前を向き攻撃に専念することにする。








 「美人がいねえ……」


 「……クソ男」




 大量の獣人間を倒し終えて無数のドアを開き中を調べるが、バールとか火かき棒、鉄パイプぐらいしかない。


 綺麗なお姉さんがいなくて嘆いているとアリシアに罵られる。


 人によってはご褒美かもしれないが、俺にはそういう趣味は無い。






 「路地裏は何もなさそうね」


 「ああ、綺麗な女が一人しかいねえ」


 「…………」




 俺の口説きジョークを完全にスルーしてアリシアは行ってしまった。


 俺も本気で言ったわけじゃないからいいけど、無視はちょっと傷つくぞ。












 大通りに出て獣人間を倒していくと、初めて見る敵らしき奴に遭遇。


 何かと言うと、ホラゲお馴染みのマネキン――というか球体関節人形か。


 精巧な作り物の眼球が光り、全体的にのっぺりとした肌色一色の綺麗な八頭身だ。






 「えいやっ」




 カチャカチャ音を鳴らしながら接近してきた人形を大斧で吹っ飛ばす。


 獣人間みたくグロテスクなことにならないし、関節がバラバラになって爽快感があるな。




 ころころと尻の部分が俺の足元に転がってくる。


 人形というだけあって形は綺麗だ。




 「……変なことに使うつもり?」


 「いや、そこまで上級者じゃないからな?」




 じっと見てたせいで誤解されたので代わりにアリシアの尻を見ようと、後ろに回ろうとしたらものすごい怒り顔をされたので断念。






 「第一俺、人形苦手なんだよ。


 瞳に意思が篭ってなくて怖いっていうかさ」


 「良いことを聞かせてもらったわ」




 しまった、弱点を知られてしまった。

 

 と言ってもマジビビりするほどじゃないんだけどさ、なんかおっかないんだよね。






 「ゲーム的に考えれば新しい敵が出てくるのは進んでる証拠だな」




 新しいステージに進めば新しい敵が出てくる。


 ゲームの鉄則だ。






 「大した手がかりもないし、博打のつもりであなたの案に乗ってみるわ」


 「おう。ついでに俺の上に――」


 「撃ち殺すわよ」


 「分かった、分かったから。銃を向けないでくれ」




 鉄球頭の身体が拳銃の銃弾で倒れることはないと思うけど。


 そういえばダメージ食らってないから痛みがあるか分からないんだよな。




 VRゲームだとダメージを食らうと当ててんのよ的な感触がする。


 本当に痛みを感じたらドMしかやらなくなるからな。


 ちょうどいい機会だし試してみるか。






 「おいアリシア、ちょっと俺を思いっきりはたいてくれ」


 「……そういう趣味の変態だったのね」


 「ちげーよ! ゲームだとしても現実だとしても痛みを感じるか確かめたいんだよ!」


 「ああ、なるほどね。じゃあ思いっきりはたかせてもらうわ」




 アリシアは俺の頼みを理解すると悪い笑顔になって、思いっきり俺の背中にビンタした。




 「……ピリピリはする」


 「身体が屈強すぎるのね……」




 ダメージによる痛みは感じるようだが鉄球頭の防御力が高すぎるみたいだ。




 「でも結局痛みを感じたところで、何が起きてるかは分からないんだよなあ」


 「生き残って事態の収拾に奔走するしかないわ」




 まあ全く前に進んでない訳ではないからな。


 少しずつでも情報を集めていこう。








 点在する人形を道標に進んでいく。


 ヘンゼルとグレーテルのパン屑みたいだ。






 やがて大きなショッピングモールの前に辿り着く。


 自動ドアの前にはフリルのついた可愛い服を着たお嬢さんがいた。






 「お、リリーちゃん」


 「……やっぱアンタ牢にぶち込むべきね。


 ともかくあの子を保護しなきゃ」


 「俺は子供に興味ないからな?


 あとよく考えろ、獣人間だらけなのに何故彼女が無事なんだ? 多分ただの子供じゃない」




 彼女の冷たい視線を否定しながら俺は自分が間違ってなかったことを再認識する。


 ゲームを進めていくかのように、この世界を歩いていけばいいのだ。




 「〈パンドラガーデン〉の説明では彼女は鍵を握る人物キーパーソンだ。


 彼女が行く先に何かあるはずだ」


 「分かったわ、例え何もなくとも構わない。


 虱潰しに探していきましょう」




 いわゆるローラー作戦だ。


 可能性があるなら確認し、何もなくても可能性を潰していける。






 ショッピングモールの自動ドアが開き、リリーが入っていった。


 俺とアリシアは走って彼女の後を追っていく。






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