02




 外で響く銃声。


 断続的に聞こえてくる叫び声。






 『おいおい、マジなら下手したら〈サイキックドリーム〉は倫理会に潰されるぞ』


 『誰かふざけてるだけだろ?』


 『嘘じゃねえって!!悲鳴が聞こえるだろ!?』


 『誰か迫真の演技してんじゃねえの?』






 チャット欄は混乱を極めていた。


 確証のない情報と推測が絡み合い、今更解けるとは思えないほど滅茶苦茶だ。






 『ともかく異常事態には違いないから一旦みんなで集まろうぜ。一人より二人、二人より三人だ』


 『おっ、そうだな』


 『集合場所は赤い屋根の大きな屋敷にしましょう』


 『おっけー』






 どうやらプレイヤーたちは集合場所を決めて合流するようだ。


 鉄球男のナリはしてるが、画像も見せてあるし俺も合流しよう。






 さて外に行く前に装備の確認だ。


 おそらく獣人間が待ち構えているだろう。


 戦いは準備の時点で始まっているのだ。




 まず服装という名の防具。


 手にはステンレスメッシュと思われる手袋が嵌められている。これなら鋭い一撃を防ぐのにも役立ちそうだ。


 靴は長靴のようで、水に浸かっても平気そうである。


 服は下の黒いズボンは普通なのだが、上着が異様であった。


 二枚のエプロンを繋ぎ合わせたような物を着ている。


 吊紐は首に掛ける物ではなく、両肩に掛ける物。腰から上の腕の出る部分以外は繋ぎ合わされている。


 改造エプロンの下の上半身は裸で逞しい両腕はむき出しだ。




 と見た目は事前情報の鉄球頭と変わらないが、手袋の材質などが改めて分かった。


 ……しかし自分がこの恰好になってみると、男の上半身裸エプロンなんて誰得だよなんて思ってしまう。




 次に武器。


 処刑人を思わせる大斧だ。


 試しにソファを斬ってみると――








 何の抵抗もなく綺麗に二つに斬れた。


 見た目は錆びついているが、切れ味はそうではないらしい。




 防具に一抹の不安は残るが、武器は最強レベルだろうし、本来敵クリーチャーであるはずのデータと考えれば敵をサクサク倒せるだろう。




 「よっしゃ、行くかー」




 運営からの音沙汰が敵開放なだけの以上、ジッとしていても事態は良くならない。


 俺は決意と共に部屋のドアを開け放った。








 ホテルと思われる屋内を進む。


 耳(どこにあるのか分からないが、音は聞こえてくる)を澄ませながら一階まで降りてみると、何やらぐちゃぐちゃという嫌な音が聞こえてくる。




 静かに音の発生源へと向かう。


 場所は厨房であった。






 冷蔵庫の前にガリマッチョな肌色の異形が、四つん這いで食料を食い荒らしていた。


 ――獣人間。


 テストプレイで幾度となく相手した雑魚敵だ。


 雑魚の癖に動きは俊敏。


 ホラゲーおける犬系の敵が強い伝統を踏んでいると、昔のゲームに造詣が深い奴が言っていた。




 狂犬病感染者なのか超常的な異形なのか分からないが、ともかく獣人間は食料を漁るのに夢中だ。


 俺は大斧を大きく振りかぶり、おろした。






 「グエッ!!」




 獣人間は苦しそうな呻きを漏らして真っ二つになり、俺は勢い余って大斧を床に叩きつける。


 ゴン、と鈍い音と共に床にヒビが入る。




 「……力のセーブが難しいなぁ。――げっ!?」




 半分になった獣人間の方を見て俺はギョッとした。


 テストプレイでは真っ二つにしたことがないとはいえ、常識的に考えて断面はただ赤いだけなどしないと倫理会に間違いなく怒られる。




 それなのに断面はとんでもなくグロテスクだった。




 骨が。


 肉が。


 内蔵が。




 現実リアルかと見紛うほどの光景が目の前に広がっていたのだ。






 「チャットでの情報は間違いじゃねえってことか」






 凄惨な光景から目を逸らす。


 不快な匂いは規制されているはずなのに、血生臭い香りが漂っている。


 本当に〈サイキックドリーム〉はどうしてしまったんだ?








 改めて異常事態を確認してからホテルらしき建物から外に出る。


 するとお出迎えが待ち構えていた。




 「わぉ」




 獣人間の大群である。


 舌がだらしなく垂れ下がっており、知性が見られない目が一斉にこちらを向く。






 数の暴力が俺に襲いかかってきた。




 「よっこい、しょっと!」




 大斧を大きく振り回し、ふっ飛ばす。


 獣人間たちは一撃でバラバラになる。


 残りの奴らを相手してやる。




 鉄球頭はよっぽどの強敵だったらしく、難なく獣人間の群れを駆逐できた。


 そして分かったことがひとつ。


 外見や能力は敵キャラだが、俺はプレイヤーという扱いらしい。


 ゲーム内で獣人間と鉄球頭が敵対してる可能性も捨てきれないが、こいつらが襲いかかってきたということはプレイヤーと認識されていると考えておく。








 獣人間を蹴散らしながら進んでいるとチャット欄に気になる書き込みがあった。




 『何者かに銃撃された、気を付けろ』


 『誰かの誤射じゃなくて?』


 『明らかに害意を持っていた』


 『なら敵MOBか、それとも』






 『PK《プレイヤーキラー》か』






 俺はそう書きこんだ。


 プレイヤーキラー。


 つまり、俺らプレイヤーを殺しに来るプレイヤー。


 一応、マルチのサバイバルでは別のプレイヤーを害することが出来る。


 だけどこんな異常事態下なのに協力しないで、PKを楽しむヤツがいたとしたらとんでもないことだ。






 銃撃に気を付けながら、何体目か分からない獣人間を屠る。


 ゴキブリの如く沸いてくる。


 血の臭いとグロテスクな光景に多少慣れてしまった。


 しかし不快感は一向に薄まらず、倒したあとは胸糞悪い。




 そんなことを内でぐつぐつと考え込んでいると、集合場所である赤い屋根の屋敷が見えてきた。


 すると、ぱったりと獣人間も出てこなくなった。


 今、謎の事態にまきこまれたプレイヤーたちにとっては好都合なのかもしれないが、俺にはどうも嫌な予感がする。




 脳内に警鐘を鳴らしながらも屋敷の敷地内に入る。


 目に飛び込んで来たのは






    死体

   死体死体

  死体死体死体

 死体死体死体死体

死体死体死体死体死体




 死体の山だ。




 どれもが特殊部隊の装備をしており、日本人顔が多い。


つまりは




 「これプレイヤーの成れの果てか」




 なぜキルされたのに死体が消えないのだろうか?


 処理が重くなるのにおかしい。




 そしてチャット欄の新規書き込みがしばらくない。


 彼らはここに集まり殺られてしまったというのか。




 「じゃあ集合場所の書き込みは罠か?」




 誰の仕業かは分からないがその可能性が――






 「書き込みはともかく、お前がプレイヤーをゲームオーバーさせた犯人か」




 俺の目の前に突如としてデカい獣人間が現れた。


 身長は三メートルに届きそうで、これでもかっていうぐらいのマッチョ。


 太い手首には鉄の輪が嵌っている、手錠だろうか。




 「ガアアアアアアアア!!!」




 吠え声をあげるマッチョ。


 こちらに襲い掛かる気満々だ。






 「ハッ、来いよ筋肉達磨ァ!」




 鉄球頭のパラメータ補正を受けているおかげか、不思議と恐怖はない。


 筋肉の塊が四つん這いで巨体に見合わないスピードで迫ってくる。




 「ふんぬっ!!」




 だが俺は大斧で奴を受けとめる。


 このキャラの能力でなら造作もないことだ。




 マッチョは突進を止められるや否や、両腕をメチャクチャに振り下ろす。


 それに合わせて俺も大斧を振り回し、時に鋼鉄の頭で拳を受け止める。


 頭に微塵もダメージが入らない以前に、逆にマッチョの拳から血が出ていた。


 さすが石頭ならぬ鉄頭だ。




 マッチョは不利と悟ったのか一旦距離をとる。


 だが喧嘩を売られた以上、見逃す俺ではない!!






 「おらよっ!!」




 跳躍し一気に距離を詰め、大斧を振り下ろす。




 「グギャアアアアアア」




 マッチョのぶっとい腕が切り離される。


 まずは一本!




 必死に逃げるマッチョ。


 それを追いかける俺。




 追いつき、もう片腕を切り落とす。


 マッチョは四足歩行できなくなった、機動力を落とすことに成功だ。




 ヨタつきながらも両足で立ち上がり懸命に逃れようとするマッチョ。


 どうやら両腕がないと肉体を支えるのが厳しいようだ。




 ふらふらになったマッチョにこれでもかという程、脚に大斧を叩きつける。


 分厚く、銃弾すら跳ね返しそうな筋肉だがこちらも鋭利な鉄の塊をぶつけてやっているので問題ない。




 脚をばたつかせながら血を流すマッチョ。


 丸太のような両足も切り落とすことが出来た。


 本当の意味で筋肉達磨になったな。






 最早まな板の上の鯉状態のマッチョにまるで畑をくわで耕すように斧を何度も振り下ろす俺。




 傍から見ればボスキャラ同士の戦いだろうけど、これはプレイヤーがボスを嬲っているのだ。


 ハメ技ではなく、圧倒的な力で。






 やがてマッチョは抵抗するのを止め、呼吸もこひゅーこひゅーと掠れ始めた。




 「俺に喧嘩を売ったのが間違いだったな、あばよ」




 本来のアバターであったらなぶられていただろうに、ノリノリになっていた俺はそう言い放って斧をマッチョの首に振り下ろした。






 やはり敵であっても死体が残る。


 ていうか普通にこれ邪魔だろう。


 ホントにこのゲームの処理はどうなっているんだ?




 「俺がやったとはいえ、グロいなあ……」




 俺に大斧を何度も叩きつけられたマッチョの身体は最早ぐちゃぐちゃであった。


 B級映画もビックリなグロテスクな表現である。


 こってり絞られるんだろうなあ、〈サイキックドリーム〉。






 さてボスっぽいのを倒したはいいが疑問が残る。

 

 俺がこのマッチョに攻撃した限り、攻撃はかなりリアルに相手に傷をつけた。




 じゃあ死体の山はというと、このマッチョがやったにしては損害は小さい。


 筋肉の塊で殴られれば骨が折れるどころか捻じ曲がり、場合によってはトマトのように潰されてしまうだろう。




 死体の山をじっくり観察し直す。


 決して面白い訳ではなく、むしろ不快なのだがプレイヤーを殺した奴とは今後関わってくるだろう。






 「銃痕があるな……書き込みにあったPKか?」




 死体から小さな穴を見つけた。


 銃を持っている敵NPCがいる可能性もあるが、直感はプレイヤーの仕業だと訴えかけてくる。






 「考えていても仕方ねえな、ひとまず探索してみるか」




 罠が張られていただろう集合場所を、結局独りのまま後にした。




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