VRホラゲを始めたら何故か敵キャラになった件について
墨沼かげと
01
コンピュータ技術と脳科学は著しい進化を遂げた。
機器と神経を繋げることで、映像や音をまるで実際に見聞きしてるかのように脳に情報を伝えられるようになり、今ではもはや直接繋がずとも電波で接続できるまでに至った。
この技術は医療はもちろん、娯楽にも影響を与えた。
VRゲームの進化である。
目や耳、鼻、肌から情報を感じることでゲームの世界に存在しているかのように錯覚し、自分の疑似的な肉体であるアバターを自由自在に動かせるまで進化したそれは、既存のテレビゲームを絶滅に追いやった。
ちょっとした待ち時間の暇つぶしを目的にする人や、ライトユーザー層に人気のあるスマホゲームが生き残ってるぐらいだ。
とはいえ新生VRゲームがすんなり世の中に出た訳ではない。
ただでさえゲームは悪い影響があると批判されていたが、表現規制やセーフティ機能をつけることで倫理会からお墨付きをもらったことで遂にSFの世界であったゲーマーの夢が実現したのだ。
そんな中、更にゲームの歴史が変わろうとしていた。
年齢規制はあるが、脳に害を及ばしかねないとして厳しかった表現規制が緩くなるのである。
……とは言っても血が飛び出るぐらいなのだが。
十八歳以上のアカウントでなければ遊べない初めての新生VRゲームとして、ゲーム会社〈サイキックドリーム〉から世に放たれるのが〈パンドラガーデン〉だ。
過去登場した数々の作品をオマージュしたホラーゲームである。
異変が起きた町で異様な敵を拳銃や散弾銃で倒していくという、人気のある要素を踏襲している。
ホラゲ好きな俺こと、
脳に深刻な影響を与えないためのセーフティ開発が主なようで、脳派の記録の同意を求められた。
慎重にプロジェクトが進められている為、最初敵はポリゴンという旧時代のCGなのがシュールで笑いを誘った。
このゲームは発売前のストーリー情報が少なめで謎が多いのも話題で、分かっている主な点は次のようなものだ。
・舞台はレッドレイクシティという、湖畔の街で何らかの災害があったかのように廃墟群となっている。
・プレイヤーは異変の調査に来た特殊部隊の隊員。ゲーム開始時に銃火器は落としてしまうので現地調達する。
・今の時点で分かっている敵は理性を感じられない、四つん這いの獣のような人間たち。そして斧を片手にプレイヤーを追いかけてくる鉄球頭の大男。
・登場人物はヒロインである女刑事アリシアと、物語の鍵を握るという神出鬼没の謎の少女リリー。
数少ない情報とスクリーンショットから考察班は獣人間は狂犬病患者っぽいからきっと感染モノだの、いやそれなら鉄球男は何なんだよと議論が絶えない。前情報でこれなのだから、ゲームが発売して3日もすればクリアした者たちの考察でネットが溢れかえるだろう。
ゲーマーやストーリー重視派が期待を膨らませる一方で、アリシアの形のいい胸と尻を褒める紳士諸君とリリーちゃんぺろぺろし隊なんていう危ない奴ら、鉄球男を○様付けして崇める連中、と色んな奴が大勢いて賑わっている。
そして今日は遂に皆が待ちに待った〈パンドラガーデン〉の発売日だ。
VR装置のシステムアップデートを済ませ、ソフトの購入ダウンロードも終わった。
俺は新しいゲームを始めるときの高揚感に包まれながら、電波を発し脳波を読み取るヘルメット型装置を被り〈パンドラガーデン〉を起動した。
VR装置の製作会社や〈サイキックドリーム〉のロゴが表示された後、〈パンドラガーデン〉のタイトル画面に映る。
ゲームモードはソロのストーリーモードとマルチのサバイバルがあるが、サバイバルモードはストーリークリア後に開放されるので、ストーリーモードのニューゲームを選択した。
VRゲーム開始時の独特の眠気がして俺の意識は微睡み、眠りにおちていった。
目が覚める。
どうやらホテルの部屋らしき場所に突っ立っているようだ。
確かαテストではゲーム開始時は街中に出現するはずであった。
それにオープニングもない。
通常のゲームであればゲームを開始するとNPCの会話やら文書やらで世界観の説明があるはずなのだが。
そして何だか目線が高い気がする。
俺が使っているアバターの体格は現実の俺とは異なるが、数年使い続けている為慣れている。
アバターの身長よりも大体30㎝以上高いだろうか、となると2m超えということになる。
「おいおい、早速バグかよ」
期待がくじかれ、思わず独り言を呟く。
あれほど入念なαテストに付き合ったというのに、それがバグという仕打ちとは。
昔のテレビゲームなんかはデバックが充分にされずバグがあったが、それはそれで面白いと評価されていた。だが脳に電波送るVRゲームでのバグは非常に厳しい批判を喰らう。
もし意識が戻らなかったら賠償問題にもなるからだ。
〈パンドラガーデン〉を作った会社〈サイキックドリーム〉だってそれは重々承知なはずだし、俺も参加したαテストに途方も無い時間を費やしたはずなのにコレである。
一先ずメニュー画面から24時間待機してるはずの技術相談に問い合わせよう。
メニュー画面が開き、問い合わせをしようと思い目に飛び込んできたのは――
明らかにおかしいライフゲージとスタミナゲージであった。
αテストで最終調整したデフォルトより、少なくとも20倍はあるんじゃないかこれ。
あと持ち物もおかしい。
鉄球頭の大男の武器である、物騒な斧がある。
「まさか」
俺はとある可能性に行き着く。
すぐさまトイレとバスタブと洗面台が一緒のユニットバスルームに入り、鏡を見る。
そこに映っていたのは錆びた鉄球頭であった。
「嘘だろ――っ!」
思わず言葉が口から出て再度驚愕する。
スクリーンショットで既に確認していたが、鉄球頭の顔面中央に横線の溝が入っていた。そこからまるでくす玉のように鉄球頭が開いたのである。
しかも中には鋭い牙がびっしりと生え、舌が鎮座していた。
鉄球頭は口があるという驚愕の事実が判明した。
「掴まれたら食われる即死攻撃を放つんですね、分かります」
と言っても何故か俺のアバターが鉄球頭の大男になってしまっているのだからやられることはないが。
……無論、もう一体鉄球頭がいなければの話だ。
とりあえず問い合わせしようと思ったが通信が繋がらない。
ログアウトもセーフティによる強制シャットアウトも受け付けない。
「あれ?俺やばくねえかこれ?」
VRゲームにおいてもっとも恐れられたログアウト不可の不具合。
まさか己の身に降りかかるとは思ってもいなかった。
「チクショー、どうすっか……あれ?フリーチャット欄?」
本来ストーリーモードにないはずの、サバイバルモードにおいて同じサーバールーム内の敵味方問わず送受信が出来るチャットが機能していた。
どんだけバグまみれなんだ。
ともかく他のプレイヤーが書き込んでいるのか気になって開いてみる。
チャット欄は阿鼻叫喚の一言につく有様だった。
どうやらストーリーモードを起動した者全員が何故かサバイバルモードのように同じサーバールームにおり、何人かはすでにゲーム内で邂逅を果たしているようだ。
自分だけでなく、他にもログアウトできないバグに見舞われている人たちがいることで少し安心を得る。
そして気になるアバターのバグなのだが、他の人はと言うと――
『何故かアバターが現実の自分のままなんだが……』
『服装は特殊部隊のスーツなんだけどな』
『やべえサバゲーオフみてえ』
と、どうやら俺とは違った不具合が起きてるらしい。
脳波から自分の現実の姿をアバターとして読み込むことは出来なくないが、大抵ゲームにのめり込むような外見に自信のない奴は滅多にやらず、美形にキャラメイクすることが殆どだ。
となれば接続し、読み取った脳波からアバターを書き換えているのだろうか。
俺は鏡に向かっていぇーいとピースサインをしてスクショを撮る。
そしてその画像を添付して次のように書き込む。
『何故か敵キャラになった件について』
するとすぐさま反応が返ってきた。
『え?合成?』
『いや、ゲーム内で外部から画像を持ってこれないバグも起きてる。全員がそうだとするとマジでこの人鉄球頭になってるんじゃないか?』
『ちょ、鉄球様って口開くのかよ。凄すぎィ!てかネタバレじゃねーか!』
『クソワロタwwww』
『後世に残るバグが生まれた瞬間を見た』
思いの他、かなりの数の反応が返ってきた。
そこから色々と議論が発生し、鉄球頭の武器も持っていることから本来敵NPCであるはずのデータと俺というプレイヤーのデータが入れ替わったのではないかという結論になった。
……それなら俺の現実の姿での敵NPCがいるはずだ。
俺以外のプレイヤーは全員外の道路やら路地に出現したらしい。
何人かが探っているが、敵NPC以前にアリシアやリリーといったNPCにすら遭遇していないという。
俺の姿をしたNPCは未だに見つかっていない。
そして不快なものは規制されているはずの嗅覚も、下水の臭いを感じ取ったりとどうやらバグとは言えない仕様が明らかになってきた。
そんなことをすれば倫理会によりタダでは済まないはずなのに、〈サイキックドリーム〉は何をやっているんだ?
色々と情報や不安のつぶやきが交差する中、突如としてフリーチャット欄に運営からの書き込みが舞い込んだ。
『unlash enemies』
『あんらっしゅえねみーず?』
『直訳されると敵が放たれた、ってか?』
『は?戦えってことかよ?それ以前にバグってるんだから何とかしろよ運営』
全くその通りだ。
ストーリーモードを選択させておいてサバイバルモードみたいだし、敵を出現させる前に全員のログアウトとメンテナンスをやるべきだろう。
チャット欄がプレイヤーの怒りで埋まっていく。
――ババババババン!!――
チャット欄を読み進めていたら外から銃声が聞こえてきた。
どうやら早くも戦闘になっているようだ。
と、俺含めたプレイヤーたちは呑気なことを書いていたのだが、次のチャットで全員困惑することとなった。
『おいこのゲームやべえぞ!!やられた奴は聞くに耐えない断末魔の叫びをあげたし、攻撃を受けた傷がリアルでめちゃくちゃグロい!!』
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