第10話 お嬢様の別荘のワケアリ勉強会

 最近になって特にひどい音が鳴っていた。案の定、塾のエアコンが壊れた。当分の間、塾は臨時休業となるらしい。まあ、エアコンがないと暑すぎる。もう夏で夏休みだ。当分の間は自由に個人で勉強する事になるようだ。しかし、家で勉強する気になれずそのこ事を高子に伝えると、

「いいじゃない。ちょうど誘おうか迷っていたのだけど、皆で私の別荘で勉強会をしようと思ってたのよ。もちろんエアコンもあるわ。来るでしょ?」

 特に勉強する場のあてもなくYESと答えた。というか別荘あるんだ。さすが本物のお嬢様。雰囲気だけじゃないなぁ。

「何か?」

「別に」

 僕はこうして高子の別荘へ行った。


 高子の別荘について水を飲むなり、なぜか熱い。体が熱い。エアコンは効いているはずなのに。しかし、この感覚は知っている。体験した事がある。性転換薬だ。高子。何かあった時ってこういう事かよ。

 僕の意識はそこで途切れた。


 目を覚ますとベッドの上だった。

「目を覚ましたようですね」

 隣には椅子に座った黒子がいた。声がいつもよりワントーン高いような気がする。

「大丈夫ですよ。体を起こしてもらっても。異常はなさそうでした」

「見たのか?」

「ええ。でも、それも大丈夫ですよ。今も同性ですから」

 何とも微妙な気持ちの中、体を起こす。そこで初めて視界に入った自分の衣服は気絶する前に着ていた物とは違っていた。黒子と同じデザインのメイド服のように見える。

 今も同性という黒子を見てみる。彼、今は彼女の変化は小さいように見える。メイド服はいつも着ているため見た目の変化は本当に分からない。服の胸元がほのかに膨らんでいるような気はする。

 視線に気づいたのか黒子は腕で胸を隠した。

「わ、悪い」

「ふふふ、大丈夫ですよ。やってみたかっただけです」

 黒子はからかうように笑った。

「不調はありませんか?」

「ああ、大丈夫だよ。それよりもどうして僕よりも早く起きてるんだ? そもそもどうして飲んだ?」

「それは簡単な話ですよ。肉体の強さとお嬢様に頼まれたからです」

「そーですか」

 高子の頼みなら仕方ない。のか?

 しかし、肉体の強さか。それは、僕は貧弱ですよ。これでも前よりは動いてるんだが、陰気な期間が長かったからな。これも仕方ないだろう。

「大丈夫そうなのでお嬢様の所に行きましょう」

 ベッドから立ち上がると僕が身に着けている衣服が明らかに黒子と同じデザインの服だと分かった。

 性転換薬を作った時は両親には女装の練習とか言ってごまかしたが今はそうはいかない。

 その時とは違う服。

 まあ、いいだろう。作った時のように解毒剤を飲んで寝込むわけにもいかない。そもそも解毒剤は家じゃないか。期待すべきは高子だが、持っていても使わせてくれないだろう。


「お。いいわね」

「えー!? これがあの理比斗くん? 信じられない」

「そーかな」

 部屋に入るなり言われ、僕は照れたように頭をかいてそっぽを向いた。ついでに周りを見たが勉強を始めている様子はなかった。

「いや、違う。どうして性転換薬なんて使ったんだ? 何かあった時って今の事か?」

「それはそうよ。パパが男子と一緒なら別荘は使わせんって言ったからに決まってるじゃない」

 決まってないし、本当にそんな父親はいるのか。

「という事で、今度はこっちを着なさい」

「いやいや、今の理比斗くんならこっちよ」

「いや、着ないから。どこから用意したのか知らないけど着ないからな。そんなもの。ここに何のために来たのか忘れたのか? それにしても服が多いな。何でこんなに服があるんだ?」

 何故こんなに服があるのかと口にしたが、よく見てみれば僕が頼まれて作った物ばかりじゃないか。一応上司の高子に先輩の春美だ。頼まれて無視するのも断るのもできないなら作るしかなかった。しかし、一つ一つ正確には覚えていなかった。

 そう言えば黒子のメイド服も頼まれていた。やたらサイズ違いを作らされたがこういう事か。

「大理。理比斗を抑えて」

「なんで!」

「すみません。お嬢様の頼みなので」

「いや、それよりもその声」

「はい。それもお嬢様の頼みだったので」

「そうか。こんなに効くとは、効果は抜群じゃないか。やってくれたなおい!」

 それから僕含め元男三人衆は女二人組に着せかえ人形にされた。

「高子さん。そろそろ終わりにしませんかね?」

「言葉遣いを変えたなら許してあげる。と言いたいところだけど、私たちには効かなかったからまだつきあってもらうわよ」

「え? 嘘」

 効果は抜群じゃなかったのか。

「本当よ。私が保証するわ。リ・ヒ・トちゃん」

「く」

 そんな。男に効いて女に効かないなんて、何でだ。自分でしか試せなかったからなぁ。

「うん。イメージガールもバッチリだわ」

「やらないからな」

 諦めてなかったのか。

「大理」

「ひ!」

 結局まともに勉強した記憶よりも女体化の方が色濃く残った勉強会だった。

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