57.悲しい中ボス

 ー エメトリア国境付近で、ソビエト軍残党とKGBが侵攻準備を開始。

 目標を確保次第、速やかに撤退を開始せよ ー

 衛星を介して地中海沖に停泊している原子力潜水艦からの指令がマクレガーに届いたのは、エメトリア城外の地下水道から潜入を開始する5分前だった。

 エメトリア革命軍自体はロシアの寄りの姿勢をとっており、革命前から親密な関係を作り上げてきている。

 反革命勢力が城内へと侵攻を開始したことを契機に、援軍を要請したか?

 しかし、崩壊しつつあるとはいえ、圧倒的な国力の差があるソビエトに介入を許せば、革命軍自体が傀儡となるため、トラディッチはそれを良しとしないはずだ。

 となると、ソビエト自体が独自の判断で侵攻を開始したのかもしれない。

 指令を聞いて押し黙ったマクレガー、通信機を背負った部下が見つめた。

「作戦に変更はない。内藤からの連絡によれば、対象は城内を予定通り移動中だそうだ。見つかるなよ」

 マクレガーが水路に入るため、自身もアクアラングを背負ってレギュレーターを咥える。

 それぞれが、防水仕様のMAカービン銃を構えると静かに潜行を開始した。

 

「すげーな、さすが東欧でも有名なお城だこと」

 城内にあるオペラ用の巨大コンサートホールを眺めて沖田が感嘆した。

 エリサを移送するという情報が、革命軍の兵士から奪った無線機から入り、経路である城内のホールをへとやってきた沖田、吉川、小坂の三人と自称フリーの報道カメラマン、竹藤。

「ここから戦闘はなるべく避けていこう」

 という吉川の一言で、メタルギアよろしくスニーキングミッションを開始した沖田達一行は、城内に攻め込んだ反革命派の騒動もあってか、城内に配備されている戦闘員が手薄となっていたため、さしたる抵抗に遭うこともなくここまで来ることができていた。

「なぁーんか、嫌な感じなんだけど。気のせいか?」

 そう言って、吉川が辺りを見回した。

「さすが、斥候スナイパーとしてマルコのクソじじいに鍛えられただけあるな」

 と沖田。

「そうか?」

「ああ、神経質に拍車がかかってるぜ」

「・・・」

 先行する吉川が沖田に振り返った瞬間だった。

 ホール上から空き缶状の何かが投げ込まれる。

「フラッシュバン!」

 小坂が叫ぶより早く、鼓膜を潰すような大音響と炸裂する光がホール全体を一瞬で白一色に埋める。

 閃光音響手榴弾、フラッシュグレネードの衝撃を物ともせず、三人が一斉に散会して、座席などをバリケードに身を隠す。

 沖田は竹藤の襟首を掴んでその場に引きずり倒した。

 ホールの上から強いサーチライトが照らし、取り囲むように設置されている2階席、3階席と壇上に一斉に革命軍の重装甲兵が配置につく。

 一瞬間を置いて、

「大人しく投降しろ。我々に協力すれば身の安全は保証してやる」

 スピーカーを通してフォークのあの耳につく甲高い声が響いた。

「やれやれ、こりない連中だな。自分達では勝てないとまだわからんらしい」

 沖田がベレッタの弾倉を確認する。

「お前らの方こそ兵を引け!これ以上の戦闘は無意味だ!俺たちは例え核攻撃でも倒すことはできないぞ!」

 それでも一応、大声に交渉を試みてみる。

「さっさと、エリサと人質を解放して、そっちが撤退しろ!」

 スピーカーからヒッヒッとひくついた笑いが辺りに響き、沖田達だけでなく革命軍の兵も顔をしかめる。

「では、貴様らの相手はこの方にしていただこう!」

 フォークの声が響くと、壇上の一箇所をスポットライトが集中し、そこには、ジーンズに白いシャツ姿のエリサが照らし出された。

「!」

 沖田が素早く動こうとして動きを止めた。

 血の気の引いた青白い顔でその手をまっすぐに沖田に向ける。

 エリサの大気変換魔法によって沖田の周辺から一瞬にして酸素がなくなった。

「かわいそうに、薬を飲まされたね」

 平気な顔をした沖田が、エリサの方へとゆっくりと歩きだす。

「違うと思うぞ」

 小坂が一応突っ込みを入れた。

「どちらにしろ姫君は我々の指示に従って最後まで戦うことになっている!

お互いに殺し合ってくれても良し、投降するも良し、好きにしたまえ」

 フォークの勝ち誇った声がホールに響いた。

「汚ねぇぞてめぇ!ここに来て素手で勝負しろコラァ!この引きこもりヒステリー中二病が!」

 握りこぶしを突き上げて沖田がフォークに向かって怒鳴り散らす。

「モンチッチと家で大人しくママのおっぱいでも吸ってろボケ!」

 一瞬フォークが鼻白む気配が伝わるも、気を取り直したのか、

「女王と人質達の運命はあなたにかかっていますよ。エリサ姫」

 かすかに頷いたエリサが今度は、三人に向かって両手を突き出した。

「ちくしょう。やり方が汚ぇな」

 沖田、吉川、小坂にかかる重力が次第にその重みを増していく。

 通常の人間なら耐えられないGがかかっているにもかかわらず、三人は平気だった。

「どうするよ」

 沖田が、余裕顔で二人を見た。

「セオリーに従うならこの場は一時撤退なんだけどね。昨年習ったでしょ?」

 とこれは小坂。

「ラスボス手前の中ボスがエリサちゃんとはねぇ」

 吉川がポケットから出したスキットルに口をつけ一口煽ると、

「ありがちなパターンな」

 スキットルを小坂に放った。

「エリサはあいかわらずかわいいなぁもう。殴った奴はこの世に痛覚をもって生まれたことを後悔させてやるぜ」

 沖田がエリサの方を見て微笑んでみせた。

 三人のその余裕な態度を見てフォークが金切り声を上げる。

「わかった、わかった。そう怒鳴りなさんな」

 二人に目配せした沖田が両手を挙げた。

「降伏する!」

 革命軍の兵達全員から安堵のため息がもれたようだった。

 しかしそれも一瞬のことで、兵達はアサルトライフルを構え直すとゆっくりと包囲の輪を狭めてきた。

「命は助けてやる。もっとも、殺してくれた方が良かったとあとで後悔することになるがな」

 フォークの嬉しそうな声が響き、三人をうんざりとさせたが、

「そういうのはな、相手を完全殲滅してから言うんだな」

 沖田が口の端をつり上げてすごい笑みを浮かべた。


To be continued.

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