53.ウルフェンシュタイン城かよ!

「まったく…俺は方向音痴だって言ってんだろ!」

 沖田がエメトリア城内を革命軍と激しい戦闘を行いながら、駆けずり回る。

「ウルフェンシュタイン城かよ!」

 インカムの向こうから戦闘音を背景に小坂が指示を出してくるが、行く先々で革命軍の精鋭やら装甲兵やら行き当たるので、その度に撃破を余儀なくされており、もはや自分が城のどのいるか分からなくなっていた。

 ようやくたどり着いた執務室のドアの前には更に多くの敵兵がいたため、殺戮に飽き飽きしていた沖田は、

「見逃してやる!さっさとそこから撤退しろ!」

 物陰から革命軍に向かって大声に呼びかける。

 と同時に、右手から紅蓮の炎を出して、壁の一部を溶解して見せた。

 一瞬攻撃がやみ、革命軍側のリーダーらしき男が、

「わかった!撤退する」

 と声をかけてよこしてきた。

 一応、フォーメーションを組みながら革命軍の兵士が別通路からその場を離れていく。

「ふぅ」

 ため息をついて撤退後のドア周辺の観察を開始した。

 ブービートラップや死体爆弾といった置き土産はないようだった。

 ドアの前にたどり着きインカムに向かって、

「こっちは終わったぜ」

 と声をかける。

 すると、日本刀の鍔なりの音がして、固い金属の打ち当たる音がした。

 鋼鉄製の執務室のドアが切り裂かれ、床に重い音を立てて落ちた。

「よぉ」

 血まみれの執務室を背景に、吉川と小坂が現れる。どちらも顔色がさえない。

 うんざりとした表情で吉川が、

「そっちにエリサちゃんいなかったんだ」

「いなかったわ。無事ならあとは城の中じゃない?」

「城の中、しらみつぶしに探すか」

 とこれは小坂。

「それか、あのモンチッチ大佐を捕まえて白状させるとかな」

 吉川がライフルの弾倉に入った弾丸を確認する。

「そのファンファン大佐とやらとは会えたのか?」

「会えた」

「で、逃したの?」

「面目ねぇ。生きたまま捕らえるとなると、な?」

 吉川と小坂が困った顔をする。

「そっちも派手にやったみたいじゃん。全部燃やしちゃった?」

「おう、全部燃やしてやったぜ」

 沖田が答えて、うんざりした顔をした。

「捕まってた連中やらなんやらは脱出した後でね。全力解放してみたわ」

 その結果、革命後の悪名高き脳化科学研究所はその広大な施設ごと、紅蓮の炎の中に溶けて消失し、以降数日間燃え続けたのだった。後日、エメトリア国民はその破壊の跡を後に「Diablo ’s Gate」と呼ぶことになる。

「イラクの戦車よりよく燃えたわ」

 沖田がひどく疲れた感じで首をひねった。


 沖田達の暴走と呼応するように、革命軍が実効支配する市内各所で半クーデーター派とレジスタンスが反撃を開始していた。

 市内からは銃撃と爆発音、そしてサイレンの音が深夜になってもやむことはなく、人々は暗い室内の奥で身を潜めてその動向を見守っていた。

 トラディッチ大佐率いる革命軍は、沖田達の襲撃で一時は混乱したものの城内の各所で部隊を集結再編、反クーデター派とレジスタンス、そして沖田達に対応すべく、フォークが中心となって体制を整えていた。

 しかし、如何に部隊を整えようと、沖田達三人の能力に対抗する術はなく、彼らの動きに呼応するようにして、反革命軍、レジスタンスの勢力は、その実効支配地域を市内に広げていった。

 その過程で囚われていた女王派をはじめとする魔女達と兵士達は増加していき、市民の多くも参加する形で、勢力を増していく。それと正比例するように軍人、民間人を問わず犠牲者が増加し、市内の混乱は増していった。

 トラディッチがそれでも冷静な判断と対応をとり続けていられるのは、まだ切り札の多くが革命軍にあったからだろう。

 城内の別室に移した司令室に、その切り札の一つが、装甲兵に両脇を抱えられて現れた。

 抵抗して殴られたのであろう。顔が青黒く腫れ上がり、血にまみれている。それでもその美貌と輝きを失わないのは、エメトリア王室の血統故か。

「トラディッチ大佐。今すぐ軍を引いて、正当な統治者にその地位を返還なさい」

 王室の一員として毅然とした態度で言い放つエリサを冷静に見つめる。

「すんでのところでしたよ。エリサ様。あのニコライの実験室に少しでも足を踏み入れていたら、こうして人の形をしてお会いすることもできませんでした」

 わざと恭しく礼をする。

「あなたが指示をしてやらせたことでしょう。あのジェノサイドの責任を必ず追及します」

「その前に、あなたにはやってもらうことがあります。国民と王女を救うためにね」

 何か言おうとしたエリサを無視して、トラディッチが目配せをすると、エリサは引きずられるようにして部屋から連れ去られた。

 そのすぐ後に、市内での戦闘を指揮していたフォークが現れた。

「女王達は例の教会地下に封じ込めてあります。LTWの準備も完了しています」

 市内の様子を聞くトラディッチに、

「一次的に押されましたが、今は持ちこたえています。これ以上の増援がなければ大丈夫かと、ただ…」

 フォークの顔が醜くゆがみ、怒りに赤く染まった。

「例の三人組が城内を暴れ回っています。一部の兵士は戦闘を放棄して道を譲る始末で…」

 そう言っている間にも、城内から遠く銃声と爆発音が聞こえてくる。

「やつらの目的はなんだ?」

「王女と例の魔女の娘の救出のようです」 

「位置は把握しているのか?」

「それがやっかいでして…」

「やっかい?」

「どうやら城内を片っ端から探し回って、潰しまわっているようです」

 怒りと困惑をない交ぜにしたような顔でフォークが顔をうつむけた。


To be continued. 

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