52.人としての境界線

 スコープを通して見えるのは十代の少年だった。

 その日本の高校生は、グルカナイフとその手には大き過ぎるマシンピストル、ベレッタF93Rを武器に、エメトリア革命軍の精鋭達をゲームのように駆逐した上、異形の物に変体してからは人外の炎と高温の能力を駆使して、研究所自体をそれこそ溶解させていった。

 目に映るその光景は、この世の物とは思えない映画さながらの一方的な虐殺シーン。

「少佐、どうします?」

 研究所に突入した沖田達レジスタンスをモニター越しに監視していた観測員がマクレガーに振り返った。

 研究所内部に侵入した隊員達に取り付けられたカメラから送信されてくる映像は荒れていたが、それでも、沖田の異常な変容の様子は、冷酷な殺人マシーンと称される彼らを動揺させるのに十分だった。

「人…なんですかね?」

 額に汗を浮かべた別の隊員が呻いた。

「それは我々には関係ない。対象を生存したまま確保、それが難しい場合は死体での確保だ」

 応えたマクレガーも表情が厳しい。

 ブリーフィングで確認したターゲット対象の写真には、日本人の少年達、沖田、吉川、小坂の武蔵野大学附属高校の三人と、同年齢で同じ高校に転校してきたエメトリア王女エリサの姿が写っていた。

 どんなに過酷な訓練を受け、精神矯正を受けていたとしても、やはり、女性や子どもを殺傷するのは、感情の奥底に閉じ込めてある人としての道徳心が首をもたげてくる。

 それでも隊員全員が顔色を変えず、それぞれのターゲットを確認した。

 アメリカ陸軍と共同で行われる、CIA(アメリカ中央情報局)が主体となった作戦。

 マクレガー配下の隊員は、軍またはそれに付随する国家機関の各所から、特に優秀な者が抜擢され、TFT(タスクフォースチーム)を組む形で訓練を受け、活動を行っている。

 どこにも所属しない形で部隊を成立させるのは、ともすれば自分たちも抹消の対象となるということだった。

 それでも、祖国のそして家族の平和と安寧のため、非道な行為に手を染めるのは忠誠心以上の何かがあるからだ。

 そんな彼らが今回参加した作戦は、現在の科学では解明できていない異能力者、エリサの確保が目的だ。

 一方で、エリサの転校先に在学していた少年達の存在。

 昨年、イラク軍を蹴散らして脱出してきた人外の能力を持つ少年達の存在が知られると、そちらも確保して本国へ輸送せよとの命令が追加された。

 その後、補足として生きたままが難しい場合は、死体で搬送と追加があった。

 方針が急変した要因は、その能力の異常性が判明したこともあるが、マクレガーの上に立つ者の人格も大きく影響しているようだった。

 ブリーフィングに現れたその姿を見て、隊員達は表情一つ変えなかったが、内心はうんざりしていたはずだ。

 キャサリン・キャンベル軍事主席顧問。

 アメリカの名門、キャンベル家出身の上院議員リチャード・キャンベルの娘で、今回の作戦の最高指揮権者だ。

 イェール大学の医学部を主席で卒業後、軍の研究施設でこの手の研究を、人体実験との批判を受けながら、中心となって進めているキャサリンにとって、エリサや沖田達は是非とも手に入れなければならない研究対象だった。

「この際、生死は問わないわ。彼らは確保されたら、人権なんて認められないしね。日本政府ともそういう約束になっているから安心して」

 強い白人、アングロサクソンを象徴するかのような挑戦的なその態度。

 ブロンド、薄い水色の眼、グラマラスな肢体を赤をベースとしたタイトスーツで包み込み、細いピンヒールでスラリと立って、隊員達を睥睨する。

「損傷の程度はどこまで許されるのか?」

 隊員の一人が努めて無表情のまま聞いた。

 四肢外傷程度で抑えるのか、それとも内臓や頭部といった重要器官にも損傷があっていいのか。

「できれば生物としての反応が残っている状態良いわ。この姫に関しては、脳と脊髄には傷を与えないで。他の子達は殺すのは難しいと思うの。だから、拘束バッグに詰め込んで搬送すればいいわ」

 その拘束バッグは生命活動を極限まで抑える機能を持つ。その中でどんな苦しみを味わうのかは、バッグに詰められた者でしかわからない。

 以前、国外に逃亡した麻薬王をそのバッグに詰めて運んだところ、そのバッグに二度と入らないことを条件に法廷での証言に及んだのは彼らの記憶に新しい。

 湾岸戦争当時も、イラク兵の捕虜達の中にも戦闘で死亡したことにされ、キャサリンの研究にまわされていた。

 彼らの運命を想像しそうになって、マクレガーはその思考を首を振って停止する。

「今回は、これを使ってもらうわ」

 シルバーの小型ブリーフケースに収められていたそれは、およそ人に対して使用する兵器ではなかったが、現在の国際条約では禁止されていない。しかし、知られれば、世界中から避難を浴びることは確実だった。

 眉一つ動かさずにその兵器を確認したマクレガーの様子を見て、キャサリンが満足そうに頷いた。

「マクレガー少佐。今度は失敗しないでね」

 プロジェクターの光を背景に腕を組み、壇上からこちらを見下ろすキャサリンを思い出しマクレガーが顔を顰めた。

「どちらがバケモノなんだろうな」

 小さく自問するマクレガー。

「エクソシストでも呼びますか?」

「それかローマ法王にでもお越し願いたいところだな。あの状態では確保を難しいだろう。姫も移送されたとなると、一旦、エメトリア城に移動するぞ」

 マクレガーが立ち上がると隊員達が一斉に動き出した。

「もっとも俺たちだって世間から見れば異常者と変わらないんだろうがな」


To be continued.

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