40.工作員の最後

 身体の機能停止が起こる前の痙攣が起きないことを訝しんだズミェイがエリサの体を乱暴に起こした。

 金髪のカツラが落ち、シーツの中から出てきのは、医学部などで使用する検体用の人形だった。

 失望と怒りが二人の目に一瞬宿り、次いで全身に警戒が走る。目を見交わすと二人はすばやく行動を開始した。

 音も無く疾走して階下に降りると、入ってきた入り口へと向かう。

 念のため、建物内からミラーを使って周囲を確認する。

 大丈夫だと自分言い聞かせる。こんなことを言い聞かせたのは何年ぶりか。新兵だった頃を思い出す。

 緊張をはらんで、するりと二人がドアから出たときだった。 

 目映い光が一斉に彼らに襲いかかった。

 空間が真っ白な光に覆われ視界を奪われる。

 待ち伏せとわかり、すばやく逃走に入ろうとして、周囲を取り囲まれていることに気がついた。

 素早く銃を構え茂みに姿を隠すズミェイとメドヴェージェフだったが、強大なサーチライトは容赦なく彼らを照らした。

「武器を捨ててその場に伏せてなさい!」

 巨大なサーチライトをこちらに向けている警察車両から、日本語と次いでロシア語の大音量が辺りに響いた。


 十重二十重に取り巻く警官隊のすぐ後で巨大な脚立の上から撮影を続ける映像研究部の中村の隣で、こちらもどこからか引っ張ってきたテニス用の審判台に仁王立ちになった大江が、長玉(超望遠)を付けたカメラで写真を撮り続けている。

「やけに警察の動きが速くない?」

 後に停めてあるAチーム風ハイエースの中で中継用の機材と格闘している長島達に声をかける。

「公安と西側の工作員に踊らされたんじゃない?」

 長島が答え、

「あとは、いらなくなったから本国から切られたとかね」

 こちらは長谷川。

「CBTではもう放送してるみたいだね」

 社内の電源にポータブルテレビを繋げた高梨が言った。

「取ってきたよ!」

 女子寮の表玄関から堂々と出てきたマユミと智子がこちらに駆け寄ってきた。

「よく入れたわね」

「違うって。元々、中に隠れてたんだよ」

「だ、大丈夫だったの?!」

「今回はやり返せると思ってたのに!」

 武道館倉庫奥に保管されたいた鉄条の入った木刀をひっさげた智子が悔しそうにに二人の工作員を見た。

「やめといたほうがいいよ。やつら銃とか持ってるし」

 とこれは高梨。

 マユミからハンディカムのテープを受け取った長谷川が、

「これも生中継の間に流すからこちらから送信してくれってさ」

「なんなのそれ?」

「あの工作員が女子寮に潜入した全シーンを撮影したテープ」

 長谷川がデッキにテープを入れ送信作業を開始する。

「よし。編集部に非常呼集かけるわ」

 審判台から飛び降りた大江がハンドトーキーを腰から引き抜いて主要な部員に指示を開始する。

「活動停止喰らってんのに大丈夫かいな?」

「明日のニュースとワイドショーが放送されだしたらそんなこと吹っ飛んでるさ」

 藤木がハイエースから顔を出し、くわえタバコでニヤリと笑って、大江にはたかれた。


 武蔵野大学附属中高学内に潜入した、ソビエトの工作員と思われる二人の映像は、ムサノ生達のゲリラ撮影をCBTが生放送で全世界のネットワークに配信した。

 これによりに日本政府による国内の報道規制も意味が無くなり、次の日の電波系メディアを始め、各紙でも取り上げられ、大スクープとなった。

 この状況を待ってましたとばかりに、これまでの政府からの圧力やらなんやらを一方的に書きまくったムサノ中高新聞が、都内を始め関東近県の主要ターミナルでばらまかれ、新聞、週刊誌、ワイドショーも加わって一大どんちゃん騒ぎとなる。

 政府高官の発言と称される、アメリカ、ロシア、そして日本の参加国を巻き込んだ巨大な陰謀説なども登場し、工作員による学内跳梁やら、警察からの脅迫等々で、活動自粛にまで追い込まれた高校生達には世間からの同情と賞賛が集まった。

 この機会を逃すかとばかりに、各メディアの取材対応を学校側に代わって一気に取り仕切っている、新聞部と放送部、そしてマチュア無線部とエレクトロニクス研究部は、メディアでも一躍有名となり、公国の姫、エリサを救出に向かった三名の高校生の話は、同世代の高校生達にもブームとなって、エメトリア王女救出作戦なる社会運動まで起こり始める。

 一方、ソビエトの工作員二人はその場で死亡したため、事情聴取も行えず、ソビエト大使館への問い合わせも関係を完全否定され、真相は闇の中のままだ。

 ズミェイ、メドヴェージェフの最後は、使い捨ての工作員の末路とは言え、多少の同情を集めることとなった。

 周囲を取り囲んだ機動隊員達がゆっくりと包囲の輪を狭めてきたその時、二人の工作員は立ち上がって自分たちの首筋に何かを打ち込んだ。

 巨大な体が糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち、慌てた警官隊達が駆け寄って救命措置を施したが、既に息絶えていた。

 司法解剖の結果、生物兵器による自殺とみられ、この点については暫く隠されていたものの、ソビエト政府からの正式な関与否定があってから、米筋で報道へと情報が流れ、更に騒ぎを大きくした。

 生物兵器が使われたにもかかわらず、情報を秘匿した政府に対する批判は強く、現政権の支持率大きく低下させることとなった。

 暫くの間、二人が死んだ場所は現在立入禁止となっており、防護服を着た政府の科学チームが検査と安全確認を行っていた。

 

To be continued.

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