41.チーズケーキファクトリー

「BC(化学)兵器とはね。ともちゃん、木刀でぶん殴らないでで良かったねぇ」

 茶化して言う藤木を、智子が睨みつけた。

「昨年のクエートでも生物兵器の対策がほんと大変だったよなぁ」

「対策ったって、ナイロン製のうっすい防護服着て、マスクかぶるだけだけどな」

「あれが暑いのなんのって。砂漠で装備するもんじゃないでしょ」

「座学で居眠りして、罰であれ着て5キロ走ったなー」

「おまえ、途中で四つん這いになって吐いてたよな」

「うるせぇ」

 土曜半ドンの昼下がり。

 時間が出来たメンバーで学校を抜け出し、玉堤通り沿いにあるチーズケーキファクトリーでさぼりを決め込んでいた。

「高梨はこんなとこいて、弘子ちゃん(編集長)に怒られないわけ?」

「カンベンしてよ。こちとらもう何日徹夜してると思ってんの」

 マユミに言われて、わざと疲れた顔をして高梨が言い返す。

 武蔵野大学附属中高へ侵入したソビエトの工作員と思われる二人の侵入者のニュースは、今や朝夕のニュースで特集的に取り上げられていた。

 母国を戦争で追われて尚、執拗に狙われているエメトリア公国の王女エリサは、その一見可憐な容姿の効果もあってか、民衆のヒロイズムをかき立て一大ブームとなっている。火付け役となった某週刊誌に情報を流したのは高梨と編集長の大江だった。日本の難民政策、移民政策におりまぜて対外的な諜報対策に対する貧弱さについてもご丁寧に調べ上げてある。

 エリサの父親が日系人であるにも関わらず、国外追放的な処置を取ろうとした上、海外の工作員に対してなんら手を打っていない政府に対しては厳しい追及が続いている。

 ニュースが放映されてすぐさま、新聞部と放送部が共同で、各メディアにテキスト情報や写真、映像資料を配付、主要ターミナルで手配りのムサノ新聞を配布したことも大きな影響を及ぼしたようだ。

 今や全国の高校新聞、委員会からの要望があって、記事原稿のコピーと輸送による配信なども行っており、インターネットのない頃では考えられない、学生版の一大ネットワークを築きつつあった。

 与野党の人権派議員からも接触があり、どうせ選挙に向けた人気集めだと知りつつも、大江達はその立場を巧みに利用して、情報戦へと活かしていた。

 多いに溜飲をおろした大江編集長をはじめとする新聞部は、今や学生メディアの伝説的な立ち位置にまで上り詰めていたが、本人達はどこ吹く風で、次号の特集へと取り組んでいた。

 しかし、政府や国会の動きは鈍く、政府寄りのメディアからは60年代70年代の過激な学生運動を取り上げて、彼ら学生のメディア活動を批判する内容も多かった。

「エメトリアへのPKF派遣どころか、エリサや沖田達のエメトリア入国すら証拠がないと言ってるからねぇ」

 取材メモをパラパラとめくりながら高梨が言った。

「学生が連名で陳情してるんだよね」

 大きめのチーズケーキをぱくつきながら智子が言った。

「まあ、無理だろう。なんでもあんまり聞こえの良くない政府のディビジョンが派遣されるみたいよ」

「公安か何か?」

 昨年、クエートでイラク軍に包囲されて依頼、日本の政府関係者が一切が敵になった長島が顔をしかめた。

「詳しくはわからないけどね。昨年の湾岸戦争時、俺達の救出作戦の一部を担っていたらしいよ。知らんけど」

「よくそんな事まで調べられたね」

「某メディアに就職した先輩方を始め、大学部のメンバーの出入りも多いからね。政府付の記者やってる先輩やらなんやらか情報が入る入る」

 藤木の質問に高梨が笑いながら答える。

「で、沖達はどうなんだよ?まだ生きてんのか?」

「そういう言い方しないで」

 冗談にならない質問に、マユミが怒り出す。

「暫く連絡がないんだよ。さっさと救出して帰ってくれば良いんだけど」

 こんなところにも大きめのトランシーバーを持ってきている長島が答えた。

「エメトリアから入ってくる情報も少なくなっているみたいだね」

「情報統制ってやつか」

「ソビエトの方からもかなり介入しているみたいだよ」

 いつになく高梨が真剣な顔をした。

「異能力者だからといって楽観視はできないか」

 彼らは、その人外の想像を絶する巨大な力を中東で見てきたとはいえ、巨大な力の行使には相応の犠牲を払う必要があることも嫌と言うほど知っていた。

「早いところ、日本でも米でも良いから平和維持軍を派遣できると良いんだけど」

 チーズケーキをきれいに平らげシュークリームに取りかかった長島が言った。

「そういえば、同行しているフリージャーナリストだっけ?素性はわかったの?」

「目下調査中」

 高梨がメモをペラペラやりながらマユミに答えた。

「なんでも現地で知り合ったらしいよ」

「日本人のジャーナリストも既に入国できてるのか」

「入国したんだか、革命軍に捕まったんだか…あっ」

 長島がしまったという顔をして、まゆみを見たが既に遅かった。

「ちょっと、どういうこと?」

 マユミに詰め寄られた長島が後ずさる。

「いや、なんでもないって」

「ちゃんと話してもらいましょうか」

 マユミの剣幕に周りに助けを求めるも、

「長島の責任って事で」

 マユミに詰め寄られる長島から、全員がそっぽを向く。

 仕方なく、長島が報告にあった沖田達が革命軍に捕まった話をしだした。


To be continued

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