17.官憲横暴

 校門に張られた立入禁止の黄色テープの前に、数人の警察官と刑事と思われる背広集団がたむろしている。

 校内から出入りできる全ての校門や裏口にまで、パトカーや警察車両が張り付き、校門から出入りする生徒や教師をチェックしていた。

「おう。どうだった?」

 銀シャリ名物、ニンニクの風味が程よくきいた鶏から弁当片手に、双眼鏡をのぞき込んでいた長谷川が、部室に入ってきた長島に声をかけた。

「やりたい放題だぞあいつら。警察じゃなさそうな連中もけっこういるみたいだね」

 今朝早く、成城警察署から武蔵野大学付属中高等部に、国際的に重要な人物の通学する貴校へテロリストの襲撃があるとの連絡が入り、1時間後には数百名の規模の警察と機動隊、そして政府関係者によって校内はすべて占拠されてしまっていた。

 もっとも、その重要人物である当人は昨日の内に、休学届を出して行方をくらませてしまっていた。

 そこで、エリサと親しかった関係者、寮の同室だったマユミ、智子をはじめ、同じクラスの生徒や、男子部の学生にも事情聴取が行われていた。

「沖田達からの連絡はなしか」

 無線機をチェックしていた長島が、部室のテーブルに置いてあった銀シャリ弁当を開ける。

 沖田達三人が寮の机に休学届を置いて失踪したのがわかったのは、ローザが来た次の日の朝だった。

 監視担当の交代で沖田達三人に連絡したところで発覚している。

 監視体制に一切気が付かれない鮮やかな手口から、ローザの仕業だとすぐにわかり、長谷川、長島、マユミの三人で沖田達の親類のふりをして休学届をなんとか提出していた。

 無線にコールが入り慌てて長島が無線機を操作した。

「こちら新聞部、高梨。おまえらそろそろ呼ばれるぞ」

 呼ばれるとは、警察の事情聴取のことだ。

「それと、こちらの部室もガサ入れがあった。クラブハウスの部室の方にもそろそろ行くぞ」

 新聞部は部室がクラブハウスの他に、教員室横の印刷室の近くにあるため、先にそちらに警察が入ったらしい。

 大学部と合同で運営されている新聞部は、大学部版、高等部版、中等部版の三紙が毎週1回配布されており、学生が運営するメディアとしてはかなり大きな規模になっている。周辺地域の情報も掲載しているため、一部の近隣住人にも愛読されており、成城近辺での配布のため著名人の愛読者も多いいらしい。かなり本格的な活動もおこなっており、卒業後はマスコミ関連への就職者も多い。

「むかついたんで、マスコミに勤めてる先輩達に情報リークしてやったぜ。そのうちマスコミもどっと押しかけるぞ」

 意気込む高梨の話に、ケラケラと笑って応じた長島が、

「築地と品川と有楽町、神保町あたりか?」

「それと、曙橋と渋谷と六本木、赤坂も。部室と職員室のファックスと、ここら一帯の公衆電話から部員総出で連絡してやったわ」

 新聞部副部長の高梨はその持てる権限を最大限に使用したらしい。

「官憲横暴だと訴えてやろうぜ」

 60年代、70年代の学生運動家みたいなことを言う。

「ところで、品川の新聞社の先輩から、エメトリアの情勢について聞いてみたんだ」

 90年代初頭はまだインターネットは存在せず、海外の情報等は、雑誌や新聞、TVなどで報道されなければ、情報が入ってくることはまったくなかった。

 90年代後半でも世界各国の通信社から新聞社に入ってくると情報はチッカーと呼ばれる、大きなロール紙にひたすら印字を続ける機械を使用していた。作者は当時、品川にあった某新聞社の外報部で学生時代にアルバイトをしていたことがある。

 AFP、ロイター、時事、共同等々からひたすら印字されるチッカー用紙を定規ピリリと切ってまとめ、外報部デスクに渡すのも仕事だったりした。

 海外で大きなニュースが起きると、チッカーが狂ったように印字した用紙を吐き出し続け、その長い黄色や白のロール紙のうねりが床の上に散乱していたのを覚えている。

 一部、パソコンを使用した限定されたネット通信、VANと呼ばれるサービスも存在したが、それも一部のマニアなユーザーや、大学や企業の研究などに限定されて使用されていた程度だ。確か、外報部にいち早く入ったマッキントッシュでモデムを使用したインターネットができるようになったのは、97年くらいだったはずだ。

 閑話休題。話を部室に戻そう。

 高梨がメモをめくる音をさせながら、

「元々は民主的な公国制をとっていた国だったんだけど、ソ連崩壊後の東欧の政情不安を機に、軍部がクーデターを起こして政権を奪ったみたいだな。現女王やその側近達は行方不明らしい。そうとう虐殺が行われたみたいだよ」

 と無線の向こうから一気に話す。

「難民化した人達が近隣諸国に大分流れているみたいだね。これ来週の記事にするわ。エリサちゃんファンも多いし、エメトリア支援のNPO作って外務省に訴えてやろう」

 高梨が話し終わるのと同時に部室のドアを叩く音と、教師と警察らしき声が聞こえる。

「来たみたいだな。無線切るよ」

 やばい物だらけのマチュア無線部兼パソコン部の部室だが、先だって長谷川と長島、他部員数人で、体育教官室の倉庫、通称”魔窟”に、やばい物だけダンボールに厳重に封をして放り込んできてある。体育教官室の倉庫というところがミソだ。

 部室からはタバコ一本でてこないはずだ。

「はいはい、今開けますよ-」

 わざとらしく愛想の良い返事をして長島がドアを開けた。


To be continued.

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