6.CQC(Close Quarters Combat-クロスクオーターコンバット)

「やっぱりかよ。にしても、あいつらなんでうちの女子寮なんて襲うんだ?」

 スターライトスコープ(暗視望遠鏡)をのぞき込んだままの長谷川が傍らの湖池屋ポテトチップス(のりしお)から数枚取り出すと口に放り込み、片手探りでマウンテンビューをつかんでグビグビと流し込む。

「だめだ、この暗さだと双眼鏡ではみえん」

 長島が双眼鏡をソファーに放り投げ、部屋の一角を占めているアマチュア無線機の前に座った。

「こちらHQ状況は?」

 少しして、無線機のオンオフを利用したモールスが返ってくる。

「あと40秒で接敵するってさ。人数と状況は伝えたけど、変化があったらすぐ言ってくれ」

「状況変化無し。校門前に1、女子寮敷地南に1、寮内東非常口1、同正面2、寮内に突入3。」

 スコープを覗き込んだままの長谷川が応える。

「寮母と警備員はガスくらって寝てるらしい」

「普通、全館に流さないか?楽しんでんのかね」

「接敵開始」

 スターライトスコープから見えていた人影が崩れ落ちる。

「沖の奴、ナイフ一本で始めてスペツナズ6人抜きって話は伊達でないねー」

「相手がなめてんだよ。平和ボケしたイエローモンキーだと思ってんのさ」

「今、吉川、小坂、沖田が寮内に突入した」

「武器は?」

「サブマシンガン2、ハンドガン2を奪取。しかし、あいつら寮内で撃つかね」

「必要なら撃つんじゃない?」

 目を離した長谷川が微妙な顔で長島と目を合わせる。

「なんならここからスナイピングで援護したいくらいだね」

 長谷川がまたスターライトスコープをのぞき込んだ。

「一人ぐらい捕まえて、背後関係はかせねーとな。いつまでもこの体制続けるわけにもいかないしね」

 無線機のヘッドフォンを耳に当て、長島が小さくあくびをした。


「二、三人拉致って、セーフハウスで楽しもうぜ。アジア人のティーンと親交を深めないとな」

 カーラの前を行くズミェイがロシア語で言い振り返る。

 ズミェイの横を行く大男、メドヴェーチもスーツの下からはち切れそうな肉体を揺すって笑っている。

 二人ともスペツナズ(特殊部隊)出身。スペツナズとはソビエトでの特殊部隊全体を意味する。素手で一般人なら数名を数秒の間に殺害できる腕を持つ殺人マシーン達。各々がそれぞれの分野で博士号を持ち、複数言語を操る。戦況把握、理解、戦術立案に優れ、あらゆる銃器、火器に精通し、戦闘ヘリ、戦闘機、高速艇等々を操ることができるエリート中のエリート。

 カーラに表情を変えず冷たい視線で見返され、ズミェイは両手をあげておどけて見せた。

「日本政府との約束は被害を最小限に対象の確保だ。それ以外の事は認められない。ブリーフィングを聞いてなかったのか?」

「弱腰の日本政府なんてどうでもいいのさ。楽しめればな」

 1Fロビーにある階段の上から女生徒達が心配そうにこちらをのぞき込んでいる。

 いきなりズミェイが上に向けMP-443を三発発砲した。

 悲鳴を上げて生徒達が階段を駆け上がっていく。一人躓いて転んだ生徒の足下に更に一発。

 震え上がってこちらを見つめる女生徒の足の間に更に数発弾丸を撃ち込む。

「多少の演出は必要だろ?」

 甲高い笑い声を上げて、ズミェイとメドヴェーチが近づいていく。

「待て!」

 カーラの制止の声を無視して進むと、女性との髪をつかんで引きずり上げる。

「腹に一発食らうのと、顔を潰されるの?どちらがいい?」

 ロシア語で怒鳴られ、悲鳴すら上げられず、ズミェイの手を必死につかむ。

「ああ?!それとも足の間から撃ち込んでやろうか?」

 泣きながら身をこわばらせる女生徒をさも楽しそうに見下ろしていたズミェイの顔が能面のように凍り付いた。

 ゆっくりとカーラを振り返る。

「これ以上騒ぎを起こすな。そのまま二階級特進させてやってもいいんだぞ」

 ズミェイがっくりと膝をついた瞬間、引きつったような呼吸音が聞こえはじめる。顔から汗がしたたり落ちた。

 カーラが恐怖で震える女生徒の前にくると頭に軽く手を触れる。

 半ば狂乱気味の女生徒から全身の力が抜け、そのまま気絶したように倒れ込んだ。

「記憶を消してやることもないだろうに」

 息も絶え絶えにズミェイがカーラを見上げる。

「ターゲットをさがす。気配を消しているらしい」

 カーラが階段下から上を慎重に見上げ、ゆっくりと登っていった。

「相手は最強の魔女の一人かもしれん。気を抜くなよ」

 

「身分のわかるもんはもってないな」

 金属バット片手の沖田が、二メートルは優に超える大男の体を裏返して、結束バンドで親指を縛って立ち上がった。

「こっちもだ。まあ、ロシア系だよな。装備から見ても元特殊部隊って感じだよなー」

 同じような作業をもう一人にしていた吉川も立ち上がる。

「防弾着はでかすぎて着れないね」

 小坂が奪ったMP-443の弾倉を確認する。

「まったく…サイレンサーもつけないで、俺らの学校の敷地内で好き勝手やってくれるよな」

「足の腱は切っとかなくて良いかな」

 と小坂。アフガニスタンなど、敵兵の拘束方法としてロシア等に利用されている方法だ。

「やめとこうぜ。夢見悪いし」

 吉川が気絶しているロシア人の二人をバッドの先でこづいた。

「俺達への怨恨の線ではなさそうだな」

「たぶんね。だとしたら直接来んだろ」

「寮内で銃は使うなよ。日本の鉄筋じゃ壁抜いて部屋の中に飛び込むぞ」

「アサルトじゃあるまいし。大丈夫じゃない?」

「まあ、できる限り発砲はひかえよう。フレンドリーファイヤとかしゃれにならんしな」

「BHCな」

「なんだそれ」

「Bat Hit Combat。バットで殴る戦闘」

「Battle with batでBWBじゃない?」

「もう、殺したくないだけだろ?」

「それを言うなよ。ようやく銃殺された死体の夢をみなくなったんだからさ」

 なんだかんだと三人で言いながら、奪った獲物を各々装備すると、背をかがめてスルスルと玄関脇に移動する。

 小坂が玄関ドアのガラス越しに鏡で写して中を確認した。

 沖田が喉元の無線機のスイッチを入れ、

「こっからはハンドサインでね。昨年の砂漠でクソジジイに教わったの覚えてる?」

「・・・」

「・・・」

 黙る二人。その時、館内から銃声が響き、女生徒達の悲鳴が上がった。

 顔を見合わせる三人。

「突入するぞ」

 ゆっくりとドアを開けると、その隙間から、沖田、吉川、小坂が低姿勢で滑るように寮内に入っていった。


「いいんですか?日本国内であんなもの撃たせちゃって」

 内閣調査部外事五課、内藤の横でノクトビジョン(赤外線スコープ)を構える男、同主査の佐藤大輔が内藤を非難するように言った。

「警察の方は抑えてある、通報があっても1時間程度は動かんさ」

 まだ若いなと思いつつ、的外れとわかっている答えを返す。

「なにもイワンどもに好き勝手させることはないでしょうに」

「かの国の大統領から総理へホットラインだあったそうだ。ある程度泳がせたら、停泊中の第七艦隊から特殊部隊がやつらのセーフハウスを急襲することになっている」

「ソビエトからも要求があったんでしょ?」

「だからこそだ。北方領土の件もあるしな。両方と仲良くしておきたいのが本音なんだろ」

 それにしてもと思う。半世紀近い平和を謳歌する日本。しかしその実態は、西側と東側の極東境界にある最前線だ。

 地続きであれば国民ももっと緊張感をもつだろうし、社会的な教育もそうなっただろう。

 しかし、島国故に容易に他国からのあらゆる侵入を阻む海の存在。

 陸上の国境を挟んだ隣の国で起こっていることなら意識せざるを得ない、略奪も殺し合いも、独裁も圧政も、飢餓も難民も、海があることで遠い国の出来事と思わせる錯覚。

 しかし、90年代の日本はスパイ天国と言っても過言ではない状況だった。

 特に、秋葉原を中心として、ハイテク産業に対する諜報戦は、一般人の知らないところでより苛烈にそして過激になっていた。

 令和の時代から考えると信じられない話だが当時、ハイテク機器の集まる秋葉原は歩けば必ずどこかの国の諜報員(スパイ)とすれ違っていたと言われている。

「あっ」

 佐藤が声を上げたのに吊られて、内藤も女子寮の入り口にノクトビジョンを向ける。

 寮の入り口にいた特殊部隊出身の工作員の二人を、学生と思われる三人が見事なストーキングで接敵、金属バットを巧みに使ったCQCであっという間に気絶させた。

「なんだ?!あいつら。素人の動きじゃないぞ」

 手早く二人の装備を奪い、縛り上げる。全員この学校のものと思われる濃紺のブレザーを着ていた。

 女子寮の入り口から中をミラーチェックすると、接近戦に備えたスタイルとそれぞれのポジションをキープして突入する。

「ここの、高校生ですよね?」

 佐藤が呆れ声で誰ともなしに問いかける。

「調べる必要があるな。諜報員を高校に入学させている可能性もある」

 なんでもあり、がこの業界の掟だ。

 まさか、そんなことあるはずがないが、実は真実だったなんて事は日常茶飯事だ。

「やつらもどこかで見てるんだろうな」

 今のところ気配を感じさせない第七艦隊所属の特殊部隊。

 すぐ後ろに視線を感じ、振り返って誰もいないことに気がつく。いるはずがないのだ。二キロメートル内の状況は配下のスタッフにより完全監視下におかれている。

 ただ、どうしようもない薄気味悪さに内藤は肩をすくめた。


To be continued.

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