不器用すぎる安仁屋の恋愛

@asai-nagisa

第1話 出会い



安仁屋は、子供の頃から頑固+偏屈だ。

群れることを好まず、子供らしからぬ態度で同年代だけでなく、大人達を惹かせてきた。


たとえば家庭科の調理実習。


安仁屋のグループはカレーライスを作ることになったが、彼の好みは激辛。

同じグループの女の子が、辛いのは苦手だと告白したにもかかわらず、甘口は邪道だと言い放ち、唐辛子をスパイスに入れまくった。   


結局その子のみならず、安仁屋以外のメンバーは全員完食することができなかった。


国語の小説の問題では、主人公の気持ちを述べなさいという設問に対し、一貫して「僕は主人公ではない。よって答えるつもりはない」という不毛な解答を記し続けた。



彼の偏屈と頑固さに周りは辟易としていたが、それでも彼がいじめの対象になることはなかった。187センチという長駆もいじめに対する防波堤となったことは間違いないが、それ以上にこの変わり者に、好き好んで関わろうとする人間がいなかったためである。


そんな安仁屋は今年から大学に入学する。

あすなろ荘、201号室。そこが彼の新居である。


トントントントントンと律動的な音を立てて、錆びついたアパートの階段を上る。既に引越しは済ませ、荷物や家具も全て部屋の中に配置できた。これからディケンズのクリスマスキャロルの続きでも読もう。

安仁屋は気分良く、家の中に入った。

すぐにベッドに寝転がり、サイドボードに置いていた本を手に取る。

 

鼻歌混じりにしばらく読んでいると、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。


当然彼は出ない。郵便配達員でもない限り、彼はチャイムにすら反応しない。


ピンポン


再び鳴る。


ピンポンピンポン

今度は二回連続で鳴り響いた。


だが相変わらずシカトを決め込む安仁屋。目線は本から離れず、体勢もピクリとすら動かない。


「すみませーん」

今度はチャイムではなく、若い女の声が聞こえた。


安仁屋は立ち上がった。玄関へと大股で近づき、のぞき穴から外の様子を窺う。安仁屋と同い年ぐらいの女の子がこちらを見ていた。


小柄な女の子だ。身長は150センチちょっと。髪は短く、目はクリっとして可愛らしい。


安仁屋はチェーンロックを付けたまま、ドアを少し開いた。


「なんでしょうか」


「突然ごめんなさい。今友達に車で冷蔵庫を下まで運んでもらったんですけど、ちょっと2階まで運びきれなくて..。」


「なるほど、ではがんばってください」


ガチャ。


再び安仁屋はベッドに戻り、本を開いた。

彼はおおむねこういう奴だ。


ピンポン


再びチャイムが鳴った。


安仁屋はまたチェーンロックを付けたままで、顔を半分出す。


「何か?」


「もし良かったらなんですけど、手伝っていただけませんか?」

意識的にか、少しモジモジしながら女の子はそう言った。


「逆にもし良くなかったら、僕に断る権利はあるのでしょうか?」


「......いえ、あのぉ、できれば手伝っていただきたいです」


「なるほど。つまり最初からこちらに拒否権はないということですね」


「ごめんなさい」


安仁屋は一度ドアを閉じ、チェーンロックを外した。そして幾らか緩慢な動きで、ドアから出てきた。


「ありがとうございます。こっちです」

女の子はそう言いながら、階段を下りた。


下に降りると、もう一人の女の子がいた。

こちらは身長160センチ前後で、長い黒髪はウエスト付近まで伸びる。キューティクルの光沢が丁寧に手入れされていることを物語っている。彼女もまた美人の造形をもつ。


「こんにちは。この子の友達の鷺坂と言います」


安仁屋は鷺坂より、冷蔵庫に目を向けている。


「なるほどぉ。これは観音開きタイプですねぇ。省エネとか気にされて購入したんでしょうか?」


安仁屋は熱い視線を、最初の女の子へと向ける。


「いえ、特にそういう訳では..…。姉のお下がりなので」


「どこの社の何年式でしょうか」


「ちょっと、そこまでは……」


「ほかにどういった機能がついてますか?」

安仁屋は冷蔵庫の扉をパタンパタン閉じたり開いたりと忙しない。


そこに鷺坂が割り込む。


「冷蔵庫の機能はもういいので!」そう言うと、冷めた目で安仁屋を見た。「運ぶのを手伝ってもらえますか」


安仁屋はヤレヤレといった感じで

「仕方ない。いいでしょう」と言った。


安仁屋は腰を屈めると、冷蔵庫の周りにぐるりと腕を回した。そしてそのまま一気に冷蔵庫を持ち上げた。


その瞬間だった。


「ハァン!!!」


二人の視線が安仁屋に釘付けとなる。

無理もない。安仁屋は冷蔵庫を抱えたままの体勢で、動けなくなっていたからだ。


想定以上の重さであったこと、持ち上げる姿勢が整っていなかったことの二つが災いし、完全に腰をやってしまっていた。


鷺坂は動けない安仁屋に容赦ない。先程までの安仁屋の尊大な態度を知ってのことだ。

「さぁ、さっさと運んでもらえる?」


「はぅ」


「なに?」


「腰が」


「なに?」


「腰を」


「なに?」


「腰を治療させてください」


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