予言者なのに予言ができなくなったんで、自分たちで実現させてみることにした

みやびなり

第一章「的中率100%の予言者でしょう!」

第一話

「──視えました]



 鈴のように澄んだ声が静謐な空間に響く。


 集約する視線の先には、水晶玉に手をかざして蠱惑的な笑みを浮かべる少女の姿。仄暗い場景で怪しく光るのは、紫水晶にも似た綺麗な瞳だ。

 淡い桜色の唇から発せられる言葉に、俺たちは耳を傾ける。


 夜の帳が下りて、窓から覗く景色は薄暗さを増していく。

 少女は話し終わると、とびきりの笑顔を湛え、いつもの謳い文句を一つ。


「わたしの予言は──100%ですから」


 ※ ※ ※


 明け方までの大雨が嘘だったかのように、抜けるような青空が俺達を見下ろしていた。


 今日は高校に入学してから初めての球技大会。校庭や校舎周りは、体操着を着た男女の姿と喧騒で埋め尽くされている。


「……無事に晴れたか」


 照りつける太陽に目を眩ませ、休憩がてら校庭側のベンチに腰を掛ける。

 木のベンチは熱を帯びていて、接する箇所の温度がじりじりと上がっていく。俺はズボンからスマホを取り出して、横浜市の天気を確認した。

 4月29日。晴れ。気温31度。


 乾いたのどを潤そうとペットボトルのお茶に口をつけるも、数滴舌の上を伝うだけ。

 そうだ、バスケの試合後に飲みきったんだった。


「……買ってくるかな」


 溜息混じりで腰を浮かした時、首筋にひんやりとした何かを当てられ面食らう。


「うぉっ!」


 首筋を触った手には、冷たい水滴がいくつもついていた。


「ふふっ、驚き過ぎでしょ」


 耳元から、鈴を転がすような声が聞こえた。


 振り返ると、眼前には端麗な顔立ちの少女の姿。

 背中の中ほどまで伸びている、日本人形を彷彿とさせる美しい黒髪。整った鼻筋に大きな瞳。誰の目にも美少女として映るに違いない。


 試合後なのだろう。日焼けとは無縁の透き通った肌には、幾筋の汗が伝っている。

 半袖の体操着からすらっと伸びた手には、結露だらけのペットボトルが握られていた。


「……なんだ未来みらいみらいか」


「もー、なんだとは何さ」


 未来は不貞腐れるような表情で、俺の横に腰掛ける。


 首に巻いていたタオルで汗を拭きながら、暑そうに胸元をパタパタと動かし、中に風を送り込む。そのせいで、チラチラと見える谷間に目線がいってしまう。へぇ……未来って結構大きいんだ。


「せっかく……昨日のお礼しに来てあげたっていうのにさ」

「お礼、だと?」


 汗を掻き火照った身体、上目遣いのコンボを喰らい、自然と体が強張る。

 お礼ってなんだ? わたしをプレゼント、みたいなのを期待してもいいのか?


 抱き締めたら折れてしまいそうなほど華奢だが、出るとこは出ていて柔らかそうな体。

 このままでも充分すぎるほど魅力的だが、個人的にはもうちょい太ももがむっちりとしているほうが好みです。


「はい。好きでしょ、これ?」


 未来は持っていたお茶のペットボトルを俺に手渡してきた。

 黄緑色のラベルが陽光に照らされ、いつもより明るい色に見える。あっ、お礼ってこれかい。


「……さんきゅ」


 勢いよくお茶を流し込と、体中に冷たい液体が浸透していくのを感じた。


「おー! いい飲みっぷりだね、クマ」


 クマとは俺のあだ名。本名は吉田よしだ阿熊あぐま


 両親がマタニティ旅行で、埼玉の阿熊渓谷を観光しているときに産気づいたことから、この名前がつけられた。旅行でどこ行ってんだよ、絶対もっと他にあったろ。

「アグマってどうやって書くの?」と聞かれて、毎回「埼玉県秩父市の吉田阿熊と同じ字だよ」と答えるが、それで通じた人は誰一人としていない。


「まさか一気に飲んじゃうとは」


 空のペットボトルを見て、未来は感心したように頷き、拍手するそぶりをみせる。


「丁度買いに行こうと思ってたからな」

「ほんと? じゃあ、タイミングばっちりだったねっ」


 そう言って未来はあどけない笑顔を向けてくる。

 可愛いな……思わず抱きしめてしまいそうになったぞ。


「あ、未来ちゃんだー!」

 俺が必死に衝動を抑えていると、甲高い声に鼓膜が震わされた。

 前方から小走りでやって来る二人組の女子。

 まだ入学してから一ヶ月程度とはいえ、クラスメートの顔は大体覚えている。どちらも見覚えがないということは、別クラスなのだろう。

 二人は横にいる俺には目もくれず、未来と楽しそうに話し始めた。


「聞いたよ。今回もピタリと当てたんだって?」

「相変わらず凄いねー! 流石、未来ちゃん!」


 未来は顔を赤くして、はにかみながら答える。


「うっ、うん……まぁね」


 俺はその様子をただ呆然と横目で伺っていた。二人のうちショートボブの方……小林っぽい顔しているから小林でいいか。小林(仮)がふと俺の方を向き、笑みを浮かべて話しかけてくる。


「アク……阿熊君も凄いと思うよねー?」


 おい。悪魔って言いそうになったろいま。

 知ってんだからな? 周りの女子が俺のことを裏で悪魔って呼んでること。


「あぁ、すごいすごい」

 とりあえず空返事で受け流しておこう。


「そういえば、未来ちゃんとアク……阿熊君って確か、同じオカルト部活なんだよね?」


 いいよ言い直さなくて! 悪魔って呼べよもう!

 変に気を使われる方が、なんか悲しいわ!


「確かに似合いそう。やっぱり悪魔の召喚とかするの?」


 チラッと視線を向けてきたポニテ女子……うん、コイツは佐藤っぽいな。

 佐藤(仮)は上半身を揺らすように、声に出して笑う。


「あ。でも吉田君がいれば、そんなことする必要ないね。あはは!」


 遠回しに俺のこと悪魔って言ってんじゃねぇか。そのポニテ引きちぎってやろうか?


 俺は小さなため息を吐き、会話に耳を傾けながら空を見上げた。

 ……俺が悪魔と呼ばれるのには理由がある。それは他でもない、俺の見た目にあった。

 やや乱れた無造作な黒髪、尖った鼻と顎。何より、切れ長の鋭い目つきのせいで、阿熊とかけて悪魔と呼ばれている。


「ってヤバ! 早く行かないと試合始まっちゃうよ!」


 佐藤は校舎の時計を見るなり、慌てて立ち上がった。

「未来ちゃんばいばい!」と走り出し、追うように小林も走り去っていく。未来は笑顔を振りまきながら、二人に向かって手を振る。


「ばいばい。林さんと加藤さんっ」


 まさかのニアピン。結構惜しいところまでいってたな俺。

 二人の姿が見えなくなるまで手を振っていたが、目視出来ない距離になると、未来は手足を脱力させて思い切りベンチへと寄りかかった。


「あー……疲れたぁ」

「有名人も大変そうだな」

「もぉ~。クマったら他人事だと思ってぇ~」


 眉を八の字にして、不満そうな顔の未来。

 少しずつ地球の引力に引っ張られるように、ズルズルと下半身がベンチから落ちそうになっていく。


「あっ、あっー! 助けてクマ! 落ちる落ちるっ!」

「何やってんだお前は……」


 腰の辺りまで落ちていた体を、腕の辺りを持って「よいしょ」と元の場所に戻してやる。密着したおかげで、未来の甘い香りに鼻をくすぐられた。

 無事落ちずに済んだ未来だが、口を尖らせて俺を睨みつけている。あれ、こっそり二の腕触ったのバレたかな。


「なっ、なんだよ」


 ぷにぷにで気持ちよかった、とは口が裂けても言えない。

 虚勢を張って誤魔化すことしか出来なかった。人ってなんて弱い生き物なんだろう。

 未来はジト目で口をつぐみ、あからさまに不機嫌な様子。暫しの沈黙の後、柔らかそうな淡い桃色の唇が開き、


「よいしょって何さ。そんなにわたし重かった?」

「……は?」


 掛け声なんかで怒ってたのか? 重いと言ったわけじゃないのに。


「別に重くねえよ」

「ふ〜ん、どうだかね~。口ではなんとでも言えるし」


 未来はぷいっとそっぽを向く。仕草はかわいいのに、ご立腹である。


「違うっていうなら証拠見せてよ。しょーうーこー」

「証拠って言われてもな……」


 なんだよ体重計でも持って来ればいいのか? 絶対もっと怒るだろ?

 言い淀んでいる俺を一瞥して、未来は大きな溜息を吐いた。


「クマにデリカシーを求めるだけ無駄かぁ。昔から女心わかってなかったもんね」

「聞き捨てならないな。俺が女心をわかってないだと? それこそ証拠が欲しいな」

「クマに彼女いないことが全てを物語ってるじゃん」


 うっ!

 未来の吐いた言葉が胸に突き刺さる。


「そっそれは……いまはいないだけで」

「もー、わたしに見栄を張ってもバレるに決まってるでしょ? クマが年齢=彼女いないこと知ってるんだからさ」


 うっ! ううっ!

 二本目、三本目、と言葉の矢が俺の皮膚を貫き刺さっていく。

 幼気な男子高校生をイジメて楽しいか? これ以上は俺のメンタルが耐えられないぞ?


「いいか未来? 俺は彼女が出来ないんじゃない。作らないだけなんだよ」


 俺の精一杯の言い訳を、表情一つ変えないで、感情のこもっていない声で返してくる。


「そうなんだぁー」

「……せめて棒読みはやめてくれよ」

「ははっ」

「鼻で笑うな!」


 未来は「ごめんごめん」と上っ面で謝り、楽しそうな表情を浮かべながら「よいしょ」とベンチから立ち上がる。

 よかった。機嫌が直ったみた……ん? おい待て。いまよいしょって言ったよな?


「モテない男子のテンプレ的言い訳も頂いたことだし、そろそろ行きますかぁー」


 体操着に付いた砂埃を払い、「ん〜」と気持ちよさそうに伸びをする未来。なぁ、いまよいしょって言ったよな?

 伸びをすると、反り返る背中に押し出されるように、未来の胸が強調されていた。

 揺れる柔らかそうな双丘から目を逸らすことなんて、健全な男子に出来るはずがない。

 やっぱり大きい方だよな……どんくらいあるんだろ。

 横目でしっかりと堪能して、人より鋭いと自負するこの観察眼で、カップ数を導き出していたのだが──


「Eだな」

「……へっ?」

「……おぅ?」


 素っ頓狂な声に、俺も随分とマヌケな声を上げてしまう。どうやら声に出ていたみたいだ。


「なっ……なっななななな!」


 未来は声にならない声を発し、顔一面を赤くさせながら、ぷるぷると体を震わせている。


「ばっ、バッカじゃないの⁉ な、なにさ! む、むむむ胸の大きさ急に当ててさ! う、うぅ……クマの変態っ!」


 両手で自分の胸を隠すようにして、後ずさりする。胸を押しつぶすように手を当てているため、谷間が強調されて余計に目で追ってしまう。未来はもっと自分の胸部の破壊力を知ったほうがいいな……というか、当たったの自分でも少し凄いと思うわ。

 赤面した表情も相まって、いまのエロさとかわいさを持ち合わせた未来は魅力的過ぎてヤバい。高鳴る心臓を抑えるので精一杯だ。


「悪いっちゃ悪いと思ってるよ」

「うぅーっ! なにその煮え切らない感じ!」


 未来は「もぅ……」と背中を向けてしまった。

 立ち尽くしている俺たちを風が撫でるが、気温のせいで生暖かく感じる。


 目前でそよぐ綺麗な黒髪からは、紅潮した耳が覗いて見えた。

 軽く自分の顔も触ってみるが、全体的に熱を帯びていてやたらと熱い。

 照れ隠しのように、頭を掻いてグラウンドを見つめると、隅の一画では女子バレー、中央ではサッカーの決勝戦がそれぞれ行われていた。


「そろそろ戻らないか? 俺らのクラスもう試合無いんだし」

「……そうだね」


 照れたように笑いながら、こちらへ振り返る未来。なお、胸は手で押さえたままだ。


「放課後には片付けがたっぷり残ってるし、体力は温存しておかないとねっ」

「たく、どの口が言ってるんだか」

「この口ですぅー」


 茶目っ気のある言葉遣いで、俺の横を通り過ぎて昇降口へと向かう。

 石階段を登りきると、後ろに手を回して前かがみとなり、


「今日もありがとね、クマ」


 昨日からの疲れが一瞬で吹き飛ぶような、とびきりの笑顔だった。

 その姿が可愛すぎて、自然と口角が上がってしまう。勢いで告白してしまいそうなくらいはキュンとしてしまった。口元を手で軽く隠して、クールを装う。


「……あいよ。後で二人にも礼を言うんだぞ」

「わかってるってー」


 未来は軽やかな足取りで下駄箱へと向かう。運動靴から上履きに履き替えると、一階のホールにある掲示板の前で足を止めた。

 視線の先には、B4サイズの色画用紙が縦向きに貼ってある。

 紫色をした画用紙の上に重なるように、何枚もの半紙が貼られている。遠目で見ると日めくりカレンダーにしか見えないが、俺たちからすると、そんな生易しい物なんかじゃない。


 紫の下地に黒い文字で、デカデカと書かれている「予言」の文字。


 一番上の半紙には「的中」というハンコが押してあり、同時に筆でこう綴られていた。


『球技大会は30度を超える真夏日になるでしょう』と。


 今日の温度は31度。つまり、この予言は見事に的中したことになる。


「すげぇな。これで三回目。よく頑張ってるよ俺たち」

「四回目はどんな内容にしようかねー」


 悪戯っぽい笑顔を向けてくる未来。


「おいおい、今回のは奇跡みたいなもんだぞ? 次うまくいくとは限らない。ったく、あれだけ現実的なものにしろと口を酸っぱくしたのに」

「ごめんごめん。でもさ、球技大会についてって直接頼まれちゃったんだもん。何年何組が優勝するでしょう、とかより全然よかったでしょー?」

「そんな予言にしてたら、未来とはおさらばだったな」

「ひっどーい! 薄情者ぉ! もぉ、次はクマが腰を抜かすくらい簡単な予言にしてやるんだからっ!」


 予言の内容は未来のさじ加減で決まる。

 理由は簡単、未来こそがこれらの予言をしている張本人だからだ。


 百瀬ももせ未来みらい──的中率100%の女子高生予言者だ。


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