Cyber Ancient World Games ~役人稼業のジミメンが仮想世界を大構築!~

kanemitsu

第1話 ものごとに好きこのむ事なし

【物語のあらすじ】

 2021年東京ー

 ここではいま、度重なるウイルス禍と頻発地震のW危機に見舞われ、社会の大変革を迎えようとしていた。

 その片鱗は……

 前年夏に開催予定だった【エインシェント・ワールド・ゲームス(AWG)トウキョウ】のサイバー化にあった。自然の脅威に抗うかのように急速に積み上がった知識の【バベルタワー】は、あっさりと伝統という名の岩盤を撃ち破り、確固たる基礎杭を地殻奥深くまで撃ち込んだのだ。

 この大事業をぶっつけ本番で成功させた官民連携組織【Tokyo2020s(トーキョー・トゥエニーズ)】。

 わずか入省1年目で発案し仕切ったジミメン調整官【ヒジリ・ユキトシ】は、【ネオ・ツキジ】支所で残務にいそしんでいた。

 そこへふたたび彼に危機が訪れた。

 こんどは東京が唐突に立候補を表明した【統合リゾート(IR)】の担当だ。

 いっぽう【サイバーAWG】後の仮想世界の東京に社会問題が発生する。その解決を図りつつ【世界に類を見ないIR】の可能性を「調査」するべく、予定地【AOMI】へと向かった。

 そこへ自称【抗ウイルス装甲車】で登場したのは【弁当売りの少女・トーチカ】。謎のハデハデ装甲車が物議をかもしてか、口コミでファンも多く顔が広い彼女は、フォロワーにも【2020s】関係者が多く、表向きはただのフードエンジニアだが、謎の【忍務】をおびていた。

 あれよあれよという間に、彼女の忍術によってまんまと巻き込まれたユキトシは、気が付けばタッグを組むことに。彼女が言うには、てっとり早く組織を作るなら、【東京eスポーツゲームス】で披露した【サイバー剣術】で「釣る」のがよいと言う。

 そうして何とか【武芸者】【退職警察官】【俳優】【カリスマプロゲーマー】などで構成された玉石混交のトーナメントが行われたが、またしてもトラブルの連続、決勝の実施すら危機にさらされてしまう。

こんな調子で日本初の「最新の統合リゾート」は実現できるのだろうか? 

ジミメン調整官ヒジリ・ユキトシによる社会大改造が、今始まろうとしていた!

【あらすじおわり!】


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


【本編】

「安いよ安いよーぅ!! トーチカのケバブライスだよー!」

 何やら長い棒っきれを背中に差し、独特な都市迷彩の衣装を着た少女が大音量で音楽を流しながら変わった乗り物で【ネオ・ハルミ通り】を通過する。残暑が続くなか、あんな格好をしてよく動けるものだ。


「お~うい!」

 ユキトシは呼び止めるのだがまたしても通り過ぎてしまった。

『くそっ……これで三度目かw スピードもさることながらあのモーター音とBGM。呼び止める客の声が聞こえないのか?』

 彼女は【和風ドラムンベース】をスピーカーから轟かせながら、立ったまま風変わりな乗り物を、猛スピードで運転している。

 さらに観察をすると、角を曲がるときに独特なバンクの姿勢を取るようだ……。


 アレはいわゆる【ターレ】と呼ばれる貨物用電動カートで、ここ【ネオ・ツキジ】ではエインシェント・ワールド・ゲームス・イン・トウキョウ(AWGトウキョウ)2021以降、一部で許可を受けた道路と時間帯に限り食品の運搬と販売が許可されている。

 まだ特定エリアに限られているため、現時点ではネオ・ツキジの名物なのだ。


『うぅ……わしはケバブライスを食いたいんじゃ。トーチカってなんぞ????

 店の名前? この魔界よりいずる暴食の王【バールゼバブ様】より賜った、食欲という名の大罪に刺激されし我が胃袋を……どうしてくれようホトトギスよ……!』

 中二病を若干ぶり返してか、心の声と共に盛大な空腹の虫の唸り声が、じつは周囲にもれてしまっていたことも気がつかないほどに、彼はがっかりして事務所に戻る。

『トーチカ・ケバブっと……』

 早速検索してみるも、該当する飲食店はなし。

 ちなみに前回見かけたときは【ウニノセ・ホタテ】を売っていた。しかしやっと声をかけることができた頃にはちょうど完売した後であった。そういえばそのときもドラムンベースの壮大な音楽をズンシャリと鳴らしていた。エンタメ免疫不足の彼が、

『なんだ? この曲は……』

 と聴き慣れない音楽にのまれてしまっているうちに、いつの間にか通り過ぎてしまうのである。


 全世界的大事業だったAWGトウキョウ2021で大仕事を終えたヒジリ・ユキトシは、実家に帰らず、本庁にも復帰せず、流れでここ【ネオ・ツキジ】に引き続き住み現場仕事を続けていた。

 【カスミ・ガセキ】所在の本庁からは地下鉄一本でわずか四つめだ。もし本庁庁舎で残業になってもタクシー十分で帰れるうえ、AWGトウキョウ従事者向けワン・ルームを【ネオ・ツキジ】に安く借りれるようになっていた。


『それにしても朝昼晩の食事がうまいっ!』

 立場としては【アフターAWG態勢】にある職員なので、衣食住はゆるやかに配給される。ときにはさっきのように呼び込みに反応して買ってしまうこともあり、週食の回数は五日分と申請してある。

 引き続き【ケバブ・ライス】を検索していると、画面上に上司である永田課長からメールが届いた。


《題名:IRに向けた調査の着手について・常》


 調査、常、とは非常時ではない【緊急以外の事前の指示】に該当する。

 ヒジリ・ユキトシは一瞬緊張した。

『IRう? 去年のAWGが延期された頃ニュースで見たことがあったけど……え〜っとなんだったっけ?』


 ウイルス騒動で混乱に陥った2020年。

 その翌年の正月直後、悲しいことに全国でまた大きなパンデミックが起こった。

 それは年末年始の買い出しとカウントダウン、そして初詣が主な原因だと言われている。

 その大被害がもとで各国との往来が再度中断し、開催の危機に陥ってしまったAWGトウキョウ2021。だがしかし、中止するには世界的影響が計り知れない。そこでとられた苦肉の策が大会全体の【サイバー化】というわけだ。

 唐突に飛び出した珍案にもかかわらず、意外と急ピッチで進み、官民連携協力のもとにわずかたったの半年で実現してしまったのだ。この件を嗅ぎつけた海外のマスコミは、ミステリアスな話題のトップとして連日報道しているが、そんなのはユキトシの知るところではない。

 そしてこのイベント運営をサポートした自主組織【Tokyo2020s(トウキョウ・トゥエニーズ)】はというと、AWGトウキョウ組織委員会とも別、というかもともとAWGのために作られたものですらなく、当然その実態を正確に把握できる者も存在しない。そういった実情も海外のマスコミが飛びつく要因でもあった。


 さかのぼること1年前。

 2020年1月に【第一回東京eスポーツゲームス】というイベントが東京都主催で開催された。そのわずか3か月後にウイルス禍第一波は全世界を覆い、緊急事態宣言が出されてイベントは軒並み中止、【AWGトウキョウ】は1年延期となってしまう。

 【第二回東京eスポーツゲームス】はといえば、翌年2021年1月に開催されるはずだったのだが、有志企業がボランティアで2020年夏ごろサイバー化に取り組むことになったようだ。

 さすがにサーバを借りる段になってとある企業が行政に陳情し、【大規模eスポーツ大会の予算化】という名目で各省に仕事が回ってきた。

 ヒジリ・ユキトシは新人の身でありながらこの陳情をきっかけに前線へとひっぱりだされたというわけだ。

『あのときは確か……どこかの省庁が内閣府に無理矢理押し上げたんだよな?

 ついでに1年後のAWGトウキョウ2021もサイバー化もよろしくね……ってさw

 そんな軽いもんじゃないからね…… 思わず飲んでいたコーラ鼻から吹いたからね』

 当時のことはついなんども回想してしまう。まさに万年トラウマだ。まだ報告書すらもまとまっていない。


『突然お上からの超難解な要請が? まるでエンジェルダストのようにフワフワと、めっちゃ軽いノリで降ってきたんだよね。

 でもよ? そんな難題言われてもあの超国家的プロジェクトの競技会が? そんな簡単にぜーんぶ仮想空間に移動しろだぁ? ちょっと考えたら無理ってわかるでしょ? そりゃやれって言われりゃやりますよ? ただし全身から大量の魔界製オリーブオイルを精製しながらねw そんなこんなでどーにかこうにか間に合わせのリハ、……じゃなかった開会式が? 天界から訪れし天使の微笑みで全世界に配信された事故がはじまりなのだよwwwwww』

 どうやら彼は現実逃避を行う際、たびたび中二病がぶり返してしまうようだ。


 当初駆り出されてしまったヒジリ・ユキトシは、上司永田に対して、『確かに私がアイデアを出しましたけど、いっさい責任なんて持てませんよ』と弁解したが、時すでに遅し。それからの毎日はというと、メモ帳へログを残せなくなるほど忙しくなった。あまり記憶はないが、対面キックオフすらも前触れもなくWebで仮のプロジェクト会議が複数同時に立ち上がり、さらに民間にお願いして帳尻を合わせる始末だ。今でも思い出すと吐き気をもよおす。『うぇっ……ぷ』

 誰もがあっと驚く有名サーカス団【猿とイヴァンコフ】の綱渡りのごとき試行錯誤を経て、本大会・閉会式と大成功を収めたからよかったものの、そもそもは本庁からの【調査】へのレポート提出がすべての発端だった。

『だいたい俺らはスポーツに関する省庁でもなければIT関係ですらないし、あのレポートだってほんの軽いノリで出しただけだよ?????』


 詳細は親にも誰にも話したことはない。彼にとってはこうして思い出すのもトラウマだ。

『実をいうとAWGトウキョウのサイバー化っつっても当時ハマっていた流行アニメに影響されたたんなる思い付きだったんだよねw 精神やられるのはもう嫌だ! 最初から知ってたらレポートなんて絶対出さないわwwww 非常メールの日常処理を十件抱えて徹夜した方がまだ何億倍もマシだからね……』


 そんな回想からの判断が働き、この度の上司永田による【調査依頼・常】に対し、少し様子を見て周囲の反応を待つことにしたようだ。

 上司がチャットワーク派ではなかったのが彼にとってはせめてもの救いだった。

 

 ユキトシの現在の主業務はというと、AWGトウキョウ後に押し寄せた各国からの視察団の応対である。さまざまな要人や、政府や、行政機関、シンクタンクが次々に調査に来ている。もちろんメディアの取材もひっきりなしだ。

 諸国は日本的なきわめてゆるいあの機構がなぜ機能するのかを入念に調べているとのことらしい。

 いつしかある特派員によってこの官民連携の機構は【トウキョウ・2020sトゥエニーズ】プロジェクトと名付けられたようだ。


 このプロジェクトの大きな特徴は【リーダーがいない】というもの。

 似たような多くの計画ユニットが互いを真似しあって進んでいる。公的なものもそうでないものもあり、どこかが立て替えているのかお金の流れはあるはずで、意思決定は早く、先をあらそう競争すらない。国や行政の政策に準拠したやり方というよりも、手分けして窓口をぐるぐる回り、やりたいことを根回していくスタイルだ。

『そういや誰かが言っていたな……

「経過はどうであれ、周りはよくなっているのだからこのひな型をとりあえず外国は採用しようとするだろう。だがしかし、全体像も詳細もいっこうにわからんな」……と』

 

 まずは走らせながら考え、失敗はうやむやにするという日本の悪い面もあるのだが、いつのまにか始末がついてたりもする良い面もある。

 しかし彼は最近『やっぱり影の指導者が動かしていたりしてw』と思うようになってきた。

「ヒドゥン・リーダーは誰だい? 彼こそが【救世主】なんじゃないかと噂だぜ?」

 と海外の記者にかつて聞かれたこともある。

『隠れた救世主が日本に? オカルトじゃないんだから……』

 思わず苦笑いしたユキトシであった。


 胃袋に沸き上がった欲望を鎮めるため、彼は以前ウエノから配給されたチルドパックのケバブサンドを冷凍から出してオーブンレンジで温めることにした。どうやらケバブライスから妥協したようだ。

 レンジに入れたのは11時45分。12時ちょうどにできあがる計算だ。

 レンジのベルが鳴り、タイミングを見計らったかのようにピッタリと内線の呼び出し音も鳴った。内線はアシスタントからなので緊張はしないのだが、せっかく温め終わったのに、とテンションが下がる。

 話は長くはない。規則に従いただ何かを読み上げているだけのもので、いつも要件が済んだらすぐ切れてしまう。正直、人がわざわざやるような仕事でもないのだが。


「お疲れさまです。永田課長のアシスタントの紀尾井カスミです。

 以下、永田さんからの伝言お伝えいたします。では言いますね。

『リモートワークは    引き続き    日報は    きちんと読んでいる    問題があったら    返信する    詳細を    先ほどメールした    』以上です」

 いつも通り『あっはい、わかりました、どうもありがとうございます』みたいな応答で事足りる。これなら互いにbotでも同じかと思うようなルーチンだ。録音やメモするまでもなく受話器を置いた。カスミはこの春に配属されたばかりの新人で、リモート会議でしか姿を見たことがないが、人真似がとても上手い不思議っ子だ。実はアンドロイド疑惑すらある。


 上司の永田は厳しいのだが、そのくせ指示はあいまいなのでさらに困っている。どうしてふんわりとした表現しかできないのだろうか?

 そういえば永田が今まで直に注意してくれたことをはっきり覚えている。

「おいヒジリ君。   君は    ね。ものごとにすき好み言うもんじゃあないんです。それを省いていったら    格段に進むから    ね? 良いですか?」

 彼は仕事で受けた初めての注意がものすごく抽象的でショックを受けた。指摘をされたのに超敬語だったこともあり、自分のどの言動が該当したのかを聞き返す余地もないほどに動揺した。ぺーぺーの自分はメールや会議でも自分の本音は一切発言していなかったにもかかわらずだ。


「永田さんは怖い。あと謎の【間】があるwwww」

 同期のコジロウもこう言っていた。

『手掛かりや質問窓口はアシスタントのカスミちゃんだけ。だから頼むから仕事の指示は超ミニマムであることを祈っていたのにさ……』

 彼はそうボヤくとケバブサンドを食べ終わり、ケバブライスの検索に戻ることにした。

『よ~し! 昼休みは45分でまだ30分もある。どうせ午後イチでコジロウが探りの電話をかけてくるはず。音楽を昼飯用から作業用に戻して対策を練るか。

 どうやって時間稼ぎしてやるかねぇ。そうそう……ケバブライス売りのあの子はいつ来るかなあ?』


 なぜか仕事以上に【ケバブライス売りの少女】が気になるユキトシであった……。

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