第15話 守れなかった約束
ー2年前ー
「だから、せめて俺だけは連れて行けと何度も」
「却下・・お前は目立つからな」
即答で返る返事。
今日は、既にこの問答が3度目となると彼もはぐらかす事もしないらしい。
どうせなら王妃様に似た自身の容姿を鏡で見てから口にしてほしい。
「いい加減諦めてくれよ、ジェイン」
「・・・できない・・ヴァンは、ハークライト様について行かせるんだよ。」
旅装束として用意させたマントは、平民がよく使う羊の皮で誂えてある、その裏には、俺が用意した人の認識を鈍らせる魔法円が縫い込まれた特別製だ。
よく使い込まれた古着を加工したがことのほか王子はそれが気に入っているらしい。
彼は、満足そうにそれを見て息を吐いた。
「そうか、なら安心だ。・・・で、それでお前は今回は、しつこい訳か」
次期ギルベット侯爵家の跡取りは俺だが、もう一つの役目は、弟のヴァン、あいつが後継に選ばれている。
昨夜、影と護衛としてルクスにつけていた俺の弟は、既にハークライト様たちにつけることが決まってしまった。なら、俺がこいつを守らなければならない。
「しつこいだと?お前がフォースへの留学名目で城を出るなんて言うから」
先日行われた会談で、フォース国に取り付けた物資支援。
その合間に彼は、もう一つ思いもよらない事を取り付けて来たのだ。
「ルーン侯爵が話を合わせてくれるんだ、ありがたいだろう?」
「それは・・・」
「この機会に俺をあちらに取り込もうとは考えてないとまで言われて、俺があちらに行けると思うか?」
それに返す言葉を俺は持っていない。ただ留学という名目を持ってこの人を守りたかった。
なによりもこいつは俺の親友だ、瘴気の蔓延するこの国を一人で巡回などさせられない。
「そのルーン侯爵がいつまで口裏合わせに付き合ってくれるかもわからない。それにもしお前まで瘴気に影響を受ければこの国はどうなる?」
「その時は、ハークライトがいるさ。あとバーミリオンの縁者が約束を違えるわけがない。」
どうして、いつもこいつの基準は、バーミリオン伯爵と弟なんだ。
先日ついに陛下がついに奇病を発症されてしまったというのに。
感染源もわからなかったそれが、瘴気という汚染された空気が原因でその空気を吸うことで免疫が弱い子供や老人に悪影響を及ぼすのだとわかった。
現在魔法師と治療師を総動員して浄化魔法を国中で展開するため計画を立てているのだ。
「お前を守ろうとしているんだぞ、バーミリオン伯は」
既に国内だけでも数千人以上の犠牲者が出てしまい、罹患者数も増えるばかり、もしもの時のためにバーミリオン伯は、この人をフォースに避難させようとしているのだ。
「あぁ、わかっているさ」
「言っておくが、お前が倒れれば国は傾くぞ」
不敬になるとわかっていても言わずには居れなかった。お前が思う程、お前の弟は王には向かない。15年以上一緒に居る俺が言うんだから、確かだ。
頼む、届いてくれ。お前を守る許しを俺にくれ。
「・・・そうだな。」
「っなら」
「だが、彼女がいる。・・シルヴィがいるから大丈夫さ」
またなのか。
そうやって羨望と悲哀の残る瞳をして・・・たった一人の女性を思い、語る。
そんな顔をするくらいならっ奪えよ。そう言ってやりたかった。
だがそれは決して言ってはいけない言葉でもある。
「それにあまりハークライトを甘く見るなよ?今あいつが何をしてるか知ってるか?」
それは嬉しそうに笑う。無邪気とも取れる笑み、こいつにとって弟とは将来支えるべき相手で、自身は国の礎となると心に決めているのだ。それもまた俺にとってとても承服しがたい事だった。
「・・・古代魔術による救世主召喚計画か?」
「なんだ、知ってるんじゃないか。あいつはあいつなりに考え、国を救うための行動を起こした。なら俺も、やるべきことがある。・・・もしもの時にはレムソンへの救援申請を頼む。僕との婚約を全て白紙にするとでも言えばそれなりに反応がある筈だ、あの国にはどうしても我が国とつながりを持ちたい理由がある。」
「・・・ルクス様」
「治療師と魔法師の罹患率は他と比べたら格段に少ないだろう?」
「だが、0とは言えない。」
「浄化魔法だけなら俺は国一だぞ?」
「それでも常に浄化魔法を発動させていられるわけじゃないだろうが」
たとえ浄化魔法が得意で治療師としての力を持っていても、可能性が0でない限りは、とても安心できない。
「まぁな、だがもしハークライトの計画が上手くいかなくてもこの国を救う手立てを見つけなくてはならない。これは絶対だ」
「そうだが・・なにもお前がそれを探しにいかなくても」
俺の意見に王子はただ首を振る。
「・・・俺には、あのメルビンという男がどうしても信用できない。ならもう一人の古代魔術師を探す事が一番だろう?」
もう一人の古代魔術師。
メルビンは、その魔術師は・・デレフルードという自身の師だと言った。
「そんな・・・本当に存在するかもわからないのに」
「だからだ。」
そう、ある日突然に現れた魔術師。
あの魔術師は、自身をメルビンと名乗った。
盲目らしく目元を薄布で覆っていたが、そのせいか表情が読めなかった。
昨夜僅かな時間だけしか顔を合わせなかったが、あの男、一度として俺の問いには応えなかった。
直答は許されていたが、俺の言葉に応えたのは全てハークライトだった。
4年以上掛けてもわからなかった奇病の原因を突き留め、それを封じるのには異世界から救世主を召喚する事だと我々に示した男。
怪しまない方がおかしい。
「それをお前がする必要がない。」
「頼む。・・・僕は、この国を外から見たい、でも王位継承者である限りその機会を得る事がどれだけ難しいかも知ってる。だが今、僕は、その機会を得た。こんな時なのに・・・本当にすまないと思う」
僕と一人称を変えて頭を下げる。
なら自嘲してくれとそう言えたらよかった。ただ俺には分かっていた、もうこいつを止める事は出来ないと。伊達に15年一緒に居る訳じゃないんだ。
「はぁ・・・わかった。だがな、必ず連絡をくれ。」
「遠話魔法は、疲れるんだ。伝令用の鷹は連れて行く」
“遠話”なんて高位魔法も扱える、俺の自慢の主。
「必ず国を・・父上を救う術を見つける・・約束だ」
「そうだな・・・」
声に不満がこぼれてしまう。それでも・・なんとか納得しなければならない。
「・・・不満そうだな」
「あぁ・・なんのための近衛だと思う?」
分かってるくせにそうやって茶化す。嫌な奴だ。
「じゃあ、一つ頼みたい事がある」
「・・なんだ?」
「シルヴィアを頼む」
思いも掛けない事を言われた。驚きで思考が一度停止する。
「はっ?」
「・・・あの子を守ってくれ。」
「どういう意味だ?」
彼女が第二王子の婚約者であり、フォース国の宰相ルーン侯爵の姪であることは知っていた。
彼女にもしも事が在れば、国同士の争いになる可能性を秘めた重要人物だというのも。
だからこそ彼女の傍には常に数名の護衛を付けている。
「身の安全もだけどさ、・・・たまにでいい。休めるような時間を作ってあげてくれ」
「・・・それでいいのか?」
「まぁ・・頼んだ。大事な妹なんだ」
「わかった・・・だがな、」
「?」
「そんな顔で妹と呼ぶなよ」
「・・・」
黙り込んだ後に、一度大きく息を吐くこいつは、ずっとその妹・に恋をしている。
「わかった。次に帰るまでには・・・どうにかするよ。だから」
「あぁ、約束する・・お前が戻るまで」
互いの約束を守る事ができなかったと後悔するのは2年後の事になる。
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