間章

第14話近衛ジェインの約束

半年前ーーー


「また・・ですか」


その忙しさで扉を開くことも省略するために開け放たれた第二執務室。

比較的にその忙しさが一度収まるのは午後の3時ごろ・・・開けっ放しのその第二執務室の前を通ると先ほどまで聞こえていた女性の声が途絶えていた。


もうそろそろ学習して欲しい、とそう思いながらも近くの侍女を呼び止めブランケットを持って来てもらう。

これも既に慣れてしまったやり取りで、お互いに目線だけで、わかってしまったらしく彼女は、俺の言葉を待たずに踵を返してブランケットを取りに行ってくれた。



数分と待たずに俺の元に届けられたそれを手に、俺はそっと第二執務室へと入った。

声を掛けても応えはない。

次期王太子妃であられるので侍女を4人つけ、護衛の騎士も2人つけていたのに彼女だけが此処に居る。

なぜなら彼女の手足となり城中を走り、内務を動かしているからだ。

ふわりと柔らかなブランケットを広げ、そっとその華奢な体を包む。


午後の柔らかな日が照らす金糸は変わらず美しいがそれでもその下の病的なまでの白い肌とそれに浮かぶ酷い隈がその美貌をくすませた。

昨夜もほぼ眠られていないのだろう。


「・・・本当に、どうしてあなただったんですかね」


問いに応える言葉はない、その相手は今ひと時の安らぎを得るために深い眠りについているからだ。


申し訳ないと思う事もある。


たった一人でこの国を任せてしまった。城に残る僅かな人間を必死につなぎ、まとめあげここまで頑張ってくださったあなたに、もうなにも求めてはいけない。


分かってる。

あなたは立派な王妃になられるだろう。





ーーーー


苦し気な息の合間、わずかに喘鳴が聞こえる。

いつこのか細い息が途切れてしまうか、その不安で思考が動かない。

医師からは、今夜が山だと言われ、俺が施した応急処置以外にはやることはないとまで言われてしまった。

この国で毒に対する解毒は、ほぼ治療師が行う。

だがバーミリオン伯爵のために治療師を呼ぶことが出来ない。


秘密裏に動かせないかとそう考えては見たが現在治療師の管理は全て国が行っているためそれが難しいのだ。


バーミリオン領に伝令を走らせたが、届くのは明日だろう。


苦しげな咳をする彼女を介抱する侍女が、“血が”と俺に助けを求めた。

口元が赤く染まったバーミリオン伯につい駆け寄り脈と呼吸を確認する。

なんでこんな事になったのかという後悔の念が募った。

俺に出来る事は、無意味な焦燥によって、間違った判断を下さないように・・ただ冷静を装う事だけだった。


「頼む・・・死なないでくれ」


俺の祈りが届いたのは、その3日後の事だった。


彼女はどんな風に思って、牢獄へ投獄されることをよしとしたのか・・今でもわからない。


ただ、俺にとって彼女は、約束の証であったのに。


まさかこんな風に失いかける事になろうとは思わなかった。




シルヴィア・バーミリオン。

ジュヴェール国の第二王子、ハークライト・ジュヴェール様の婚約者である彼女を知らぬ人間はいない。


外交の要とされたバーミリオン伯爵家の娘であり、隣国フォース国の宰相ルーン侯爵の姪でもある彼女が今、その命をなんとかつなぎとめてくれた事に俺は安堵した。


一歩間違えば、フォースとの開戦までも危ぶまれる事態に変わりはなくとも・・なんとか最後の首の皮一枚つながった状態だ。


これからどうなるか、俺には分からなかった。




前バーミリオン伯が己の宝と公言していた。

デビュスタントしたばかりの13歳の少女は、次期王太子妃に相応しい女性だと他国からの評価はうなぎのぼりであり、社交の場には彼女を呼ぶのが上流貴族の間ではステータスとなっていた。


俺が舞踏会の会場で彼女を見つける時、彼女は常に国の中枢を担う重鎮、言い方は悪いが狸やキツネと言われる一筋縄ではいかない相手を前に堂々と振る舞っていた。

他の令嬢とは一線を画すその姿を人々はジュヴェールのラピスと呼んだ。


この国を幸福に導く、ラピスラズリ。


3年で彼女はそう呼ばれる女性になった。


そんな彼女が2年程前、第一王子へ秘密裏の相談を持ちかけた。


亡くなった父親に代わりバーミリオン家の家督を自身が継ぐというのだ。婚約者であるハークライト様ではなくルクス様に後見となって欲しいとそう言い添えて。


その代わりに自身の叔父であるルーン侯爵との会談の場を設けるという切り札を持って。


この会談というのは、現在国を襲う原因不明の奇病に対する支援をフォースより取り付ける場だ。


数日後彼女の提案を受け入れることを決めたルクス様が、とても嬉しそうに笑った事を覚えてる。





ジュヴェール建国以来、初の女性が伯爵位を得るという偉業を成したシルヴィア様を表立って咎めようとする者は、居なかった。


何故なら彼女が爵位を得るという議題をあげた議会で、反対を唱える重鎮を黙らせたのは彼女自身で、実際に目に見える形でここ2年の間に積み上げた功績を議会で提示したからだ。


そんな彼女が国の内政に関わる事になったのは、第二王子がこの城を出て国中に広まった瘴気の根源を断つという旅に出ると決まった頃だった。


それに反発する者も居たが、既に貴族位を持つものが国内に少ない今、何とか国政を回す事が出来ると思われたのは彼女だけだったからだ。


全てを背負わせてしまったのに、彼女は文句一つ、弱音も吐かず

1年の間、この国を守ってもらった。



そんな彼女が投獄されたのは、一ヶ月程前の事。


神官庁とそれを利用する第二王子を支持していた有力貴族たちの謀略により、彼女は罪を犯した王族が捕らえられる地下牢へと囚われた。


彼女は一切の抵抗を示す事もなく、颯爽と牢へと入った。

連行する筈の兵たちを先導して。



近衛兵である俺が彼女の傍に居られなくなったその隙を突かれた。


毒が仕込まれたのは水だった。


信用のおけるものを見張りとしてつけていたが、水までは毒味をしなかったとそう報告を受けた時、感情のままに罵倒を浴びせてしまった兵士は未だ謹慎中だ。


既に王子が裁判さえ終えてしまっていて、治療師の治療を受ける事ができない彼女を救う手立てをなんとか探った。


そして俺は、約束を守れなかったと伝令を送る事になった。





ーーー


それからたった3日後。





俺の前には、俺が仕えるべき主が立っていた。





「ルクス様っ!!」





平民が着る荒い麻で出来た服を纏っていても彼の持つ高貴な血を隠しきれていない。


そう、たとえ土埃にまみれた旅装束でさえ、彼が彼であることを隠す事はできない。





「・・戻った。・・・バーミリオンの容態を言え」





生まれ持った資質だけで、あまりにも自然に他者を従える。


彼こそが俺の忠誠を捧げたジュヴェール国第一王子、ルクス・ジュヴェール様だ。





「なんとか、命を取り留めた所です」





「そうか・・・治療師には?」


「無理です、既に裁判も終えられた状況では」


「俺の権限でいい、動かせ・・・ヴァンを俺に寄越したのはお前だろう?」


「はい・・・」


「助かった」


「っ!」


「もう、やっと決めたよ・・・もう耐えられない。」


強い光が宿るそれ。

俺をも呑みこむ覇気を纏ったその瞳に俺はその場に跪ひざまずいた。


「お約束を違えてしまい、申し訳ありません。」


本来なら、真っ先に言うべき言葉をなんとか声にした。


「あぁ、・・だが俺も同じだ。・・見つけられなかったからな」


そう言って、踵を返し歩み出す彼の背を俺は追いかけた。


ただ後悔に苛まれながら。























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