第12話 転生後でもブラック
ここ数ヶ月本当に大変でした。
本当に・・・。既に数年分は年をくった気がする。いや中身は、数年ではすまないほどなのだけど。
チートって関係ない。
治療師の治療を受けても私の完全回復には1ヶ月掛かった。
その間に王妃付の侍女だったマリーが私の元へと帰ってきてくれたことが救いだろうか。
そして久しぶりの職場復帰。
いつの間にか、前世並みにブラック企業に再就任です。
でもね・・・コレが私の出来る事。
シルヴィア・バーミリオンはもう次期王太子妃ではない。
まして悪役令嬢でもなく、本日、国の財務を司る財務庁の内務官となりました。
ーーーー
大混乱の謁見の後、取り乱す王と王妃様・・・傍観者になろうとする第一王子様。
なんで二次元ってこんなにパワフルなのかしら?そう現実逃避をしたかったが、とにかく場を収めるために私は奮闘した。
「落ち着いて下さいませっ!!」
そう叫んだのはシルヴィアになってから、初めてだろうか・・・遠い目になりそうだ。治療師の方から喉だけは安静にしてと言われたのに。
「陛下っ、臣下である私に土下座など何を考えていらっしゃるのです。」
「あっあぁ、すまない」
やっとのことで頭を上げて、立ち上がって下さった王様に私は、そっと臣下の礼を尽くした。
今日のドレスは、回復したばかりという事でコルセットはやわらかい布製だ、ゆったりとしたデザインのドレスの裾を掴み完璧な所作でその場に一礼する。
淑女らしく、誰もがそれに魅了されるように・・細心の注意を払う。
「陛下、王妃様・・・ルクス王太子殿下、遅くなりましたがご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。」
「あぁ、久しいな、バーミリオン伯」
「シルヴィアちゃん」
さて一度場を戻そうじゃないか。
これからですよ王様、王妃さま。やっと玉座に戻った二人は、やはりまだ本調子とは言えないのだろう。
後ろに数名の治療師を控えさせていた。よく見ると私と同じように化粧でごまかされているがやつれてしまっているのが分かる。
これではまだ、公の場に立ってもらうことは難しい。
「私がフォースへ亡命を願った事はルクス様からお聞きに?」
「あぁ、その・・・ハークライトのそなたへの仕打ちを我が王家の名において謝」
「それはいいのです。」
普通、臣下が王の言葉を遮る事など不敬だが、もうそんなことを言っていられない。
謝罪など、あってはならないのだから。
それに先ずは、互いが冷静に話せる場所と空気を作り上げなければならない。
「そのことですが、亡命については私がこれから申し上げる事を両陛下、そしてルクス様がどのように判断されるかで私もいろいろと考えを改めなければならないので、お時間を少々いただけますか?」
そう私が告げれば、まるで人形のように王と王妃が首を縦に振った。
これで大丈夫なのか、この国は。
心配が増した気がしたがそれを表に出す事はせず、私はここ2ヶ月で得た全ての情報と記憶それらから予測されることを彼等に話した。
ジュヴェール国を守るために、無事にフォースへ亡命するためにも。
全ての話を終えた後、茫然とする両陛下とそして、どこか楽しそうに笑うルクス様に私は静かに告げた。
数分間の弁論の後、私は、話しをこう括った。
「お約束はできません、ですが今お伝えしたことを実現できるなら、私はジュヴェールに残りましょう。」
謁見の間に響く声は、少し枯れてしまったが、それでいい。
私は、私の出来ることをやって、それでダメならフォースに行けばいい。
そして私は職場復帰をこの日宣言することになった。
ーーーー
久方ぶりに戻ってきたそこには、相も変わらず重厚な扉がどっしりと構えていて、私を迎えてくれた。
私にとっては、それがいい事なのかというとそうとも限らない状況なのだが、あんな国王様をもう2度と見たくない。
伯爵位しか持たない臣下に頭を下げる王などあってならないのだから。
執務室という戦場を前に私は大きくため息を吐く事で覚悟を決めたのだ。
侍女ではなく、私自身でドアを開く。
ガチャリと思ったよりも簡単にその扉は開かれた。
扉の奥は、異世界でした・・・ではなく紙の山となっていた。
もう一度確認するために、バックしてもう一度そこを確認する。
《第二執務室》
扉の横にかかったレリーフにもそうある。
確かに確認して私は絶望的な状況を悟ったのだ。
後ろに控えるマリーが私を気遣うように背中を支えてくれたが、いまその優しさが、これを現実であると実感させてくれる。
「シルヴィア様」
「マリー、大臣や他の人たちは?」
今一番聞きたいが聞きたくない事を必死に聞く。この紙しかない空間に人が入る隙間がない事がおかしいと、気づいた瞬間に私は背筋を走る予感に振え上がった。
「残念ながら、既に職を辞するということでストライキを」
「す・・・・!ストライキ?」
考えていなかった事態が起きているらしい。とにかく目の前の惨状をどうにかしなければならないのは確かなのだがつい2ヶ月前は、まだ置いてあった机も見えていたこの部屋を思い出して、紙の壁をすり抜ける。
「ストライキって何時?いつからなの?」
「お嬢様が殺されかけた後からと記憶しておりますが」
マリーの言葉でたった2ヶ月で一つの執務室が紙の山で満杯になった事を理解した時、私は危機感を覚えた。
一番近くにあった一枚を恐る恐る手に取って内容を見る。
「・・・・無料遊園地建設計画?」
ダメだ、落ち着け私。
題名だけでは、わからないかもしれない。内容を読んでから判断しなければ、紙だってタダじゃないのだから・・・そう私は自身の忍耐を総動員した。
だけど数秒も経たず私が持っていた書類を破いた事を責める人間は居ないと思いたい。
「お嬢さま、裏にまだ書けますから破かないで下さい」
城に上がった大事な公的文書である筈のそれが、どこかのスーパーのチラシと同じ扱いだ。
嘆かわしい。
「ごめんなさい・・・でもね、無料遊園地って・・・」
「巫女様がご提案なされたのだと聞いております、・・・先ほど紙の山ですが、半数以上が」
「言わなくてもわかってる・・・神官庁からなのでしょう。」
国の神事を司る神官庁から、多種多様の申請書の数々。
資金援助申請がほとんどのそれらを頭から否定する事はできない、光の巫女様の思考は、時に毒にも薬にもなるので、それを利用させてもらったこともたくさんあったからだ。
「はい、ここにあるモノは一部ですが・・」
「い・・一部なの?」
部屋一つを埋め尽くしておいて、まさかの一部ですか。
「はい、私もたまに様子を見ていたのですが、事務官もそして大臣様もお嬢様が不届き者の毒により倒れたと聞いて・・・もう無理だと」
なにが無理なの?
そう言いたいのを何とか堪えて、目の前の書類たちを見上げる。
また目に入ってしまった・・・おい《巫女様生誕祭計画書》ってなんだろう。もうツッコミもしないからな・・だけどこの紙の山を燃やす権限を私にください。
現実逃避したいのを必死にこらえて、周囲を見ても紙しかなかった。
「私がいない2ヶ月でなにがあったの・・・、まだ2ヶ月よ?」
どうしてこんな風になってしまったのか。
ストライキってこの世界にもあるのねと冷静に考える転生前の自分。
「ガルン様には監視を付けていたのに・・・まさか人事異動なんて手を使ってくるとは思わなかった・・・」
そりゃあ、ある日突然に呼び出されたら、人事異動なんて嫌なのわかる。
「元第二執務室の人間は今どこなの?」
「・・・その者達は真っ先にストライキを起こして下さいました」
なんでそんなに嬉しそうに言うのかしら、マリーさん。
「・・・その、まだ辞職は・・・」
「受理はしてないとモーデル様がおっしゃってましたが」
「そう・・・・今すぐ5人を呼び戻してくれる?」
「それは、難しいのでは」
「まず、ストライキについては咎めない事、そして今までの給与の1割増し。その条件を伝えて頂戴。それで戻ってこなかったら次の打開案を出すから・・出来るだけ相手の望みを聞きださせて・・」
「了解いたしました。使者を送っておきます。」
「お願い」
ストライキなんてやってる場合じゃないって。
国の存亡を前にまさか執務室が滅亡していたって・・笑えないんだけど。
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