第5話天災は人災に変化する

最初は天災だった。

それは私が13の歳の頃・・・原因不明の奇病がこの国に突如蔓延したのだ。


最初は、国の西国境近くに出た流行病だと思われたが、そのすぐ後に次は南のグラバ山脈の麓から流行病の報告が上がった。

同じ病なのか、それとも別の流行病かもわからない状況で1日で数百の死者が出た。現地の医師と治療師、王都から派遣された魔法士でさえその病の原因を突きとめることができなかった。


その原因を突きとめるために国中を巡回していたバーミリオン当主である父が倒れ、1年も経たずに亡くなった。

そしてそのたった1年で149万の民が命を落としたのだ。


後継者である弟はまだ数えで5歳の子供だった。


14歳の私が弟の後見には立てない。当たり前の事だ、たかだか伯爵家の娘である私に領地を治める力はない。そしてほとんどの伯爵家の縁者は、この1年で隣国に居を移してしまっていた。


その頃は、まだ奇病が流行しているのはこのジュヴェール国内だけだったからだ。


助かりたいと他国へと避難した王侯貴族たちは、数知れず。神の怒りに触れたのだと必死に神殿に祈る民達がかわいく思えるぐらいの逃げっぷりだった。


神官たちもまた、神の怒りを治めるために使用が禁忌とされた古代魔術を使用して、儀式を行いたいと進言してくる状況にまで追い込まれたのだ。


2年の月日が流れ、世界でも300万人以上の死者が出た頃、ジュヴェールは、国としての危機に追いこまれていた。

ついに、この国の根幹たる王もそして王妃もその奇病を患ったのだ。

もしもの為にと第一王子だけは留学の名目で他国へと送り出す事が決まったのは、王と王妃が奇病に罹ったとわかった2日後の事だった。


その2年何とかして母が存続させていたバーミリオン家は、このまま取り潰されるかもしれないとなった時、私はその第一王子と取引をしたのだ、隣国の私の叔父に頼んであなたを無事に隣国へ迎えさせますと。


16歳の小娘が、第一王子を後見人として伯爵の地位を得たのは、異例中の異例だった。


そして私が18歳になった時、後見者の必要性なしという事で正式に女伯爵となった。だけど私の前には光の巫女様がおられた。


2年の間に必死に領主としての役目を学び、領地を治めていた私は、2年の間一度も婚約者である第二王子と会う事も連絡を取り合う事もしなかった。


『あれ・・2年放置って・・・自然消滅狙い?』


自身の記憶とシルヴィアの記憶。


同情を禁じ得ない状況だが、婚約者を2年放置はまずいのではとも思う。第二王子が光の巫女様に惚れ込んだ理由がわかった気がした。


そしてなんでろう・・・私の知っているシルヴィア・バーミリオンとは180度違うような気がする。


私の知っている彼女を形作るはずのものがないのだ。


例えば傲慢で貴族主義の祖父、その祖父に言いなりの父、跡継ぎである一つ違いの弟。


優秀な弟ばかりかわいがる母親。劣等感に苛まれ、母にも父にも愛される事がなく・・ただ一人、第二王子だけが彼女をシルヴィアという一人の少女として接し愛してくれていた、なんて設定どこ行ったのっ!!


今現在、私の前に居るハークライト殿下にそんな様子が影も形もないんですが。


そう目の前に居ます。


体が思い通りに動かない今、私に出来る事は少なかった。


痺れが残る四肢と喉の焼けるような痛み。呼吸は少しずつしないとまた呼吸困難になってしまう。

飲まされた毒の解毒は上手くいったものの、完治するまでには少なくとも3か月以上は掛かるらしいと聞いたのは、昨夜の事だった。


しかもだ、このままもしかしたら後遺症は、一生残るかもしれないとまで言われているのだ。

シルヴィア・バーミリオンは、バーミリオン伯爵家現当主であり、元第二王子の婚約者で次期王太子妃だった罪人である。


投獄されていた私には、魔法士の治療は受けられない。

この世界には、確かに魔力が存在する。


古代魔術から現在の魔法学に学術的になった現在、魔力というのは、広く人々に浸透し今では生活の基盤を支える技術の一つになっている。

魔法は、万能ではないが、それでも治療師と医師に治せなくとも魔法士の治癒魔法は、体の状態を健常な状態に近づかせる。

その代わりかなりの魔力を消費する。

残念な話、魔力を持たない人には施すことが出来ないというのが治癒魔法の欠点である。だがシルヴィア・・私は魔力持ちだ。


毎日綺麗なメイドさんたちに看病してもらったり、お世話をして貰うのははっきり言って心苦しい限りなのだ、しかもこの歳で下の世話とか・・・心が痛すぎて、せめてトイレぐらい一人でと言いたいんだが声もまともに出せない今の状況ではそれも難しい。


「ひ・・・・久し振りだな、シル・・シルヴィ」


どこまでも挙動不審な第二王子がそう私に声をかけてきた。

叱られた子供そのものですね。王子。


何があったかわからないが、1ヶ月以上も地下牢へ幽閉してくれた相手が目の前に居て、平静で居られるかというとそうはいかないのが普通だ。


だが、幸か不幸か私は、シルヴィアの記憶を持っていても感情までは持っていない。

ただそれでもだ、それでも・・・コレがあの正当派王子様か?

CVが変わらないのはすっごく嬉しいが、違和感半端ない。

いや、主人公視点とシルヴィア視点じゃそりゃあね違うだろうけど、ここまで行くと・・・。


「げ・・元気だったか?」


バカがいる。目の前にベットから体を起こす事も出来ず、ぐったりとした相手にそんな言葉をかけるしかできないのか。


ベットの上で僅かに身じろぎそっと頭を振るが、それだけで体中が痛んだ。


「・・・・」



そして 無言の私に、眉を顰めてこちらを睨む。・・・彼は私が今どんな状態なのか知らないのが良くわかるだろう。


「この俺態々足を運んでやってるというのに・・・」


私と王子、護衛としている近衛兵、数名のメイドしか居ない広ーい部屋にその声は存外に大きく聞こえた。


それに反応したのはこの1週間私の世話をしてくれているメイドさんでその人が進言しようとしたのを私は目だけで制した。


『この人の真価を知りたいのだから、どんな理不尽であろうと享受する』


そう考えていたシルヴィアの為に私は今ここに居る。


たかだか19歳の女の子がそう決意していたのを私だけは知っていた。私はそれを尊重してあげると決めたのだ。アラサ―だった私が19歳の子の決意を曲げるわけにはいかなかったから。



さて始めようじゃないの。第二王子改め人災王子様。

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