第3話はじまりは痛みと共に
熱い・・痛い・苦しい・・・息が出来ない・・助けて。
伸ばした手に誰も触れることはいない。救いを求めても無意味であると知っていてもそれでもと何度も何度も私は虚空に手を伸ばした。
何時までも続くそれが唐突におわりを告げたのは、周囲が白い空間に包まれたその瞬間だった。
そう終わったと思った。
「死”・・ん・・・だの・・・」
「シルヴィアっ!!」
聞き覚えの有り過ぎる声があまりにも近いから、そっと目蓋に力を込める。
まるでなにか接着剤がついてるみたいに重い目蓋を必死になってあげれば懐かしい感覚。そしてその香りを持つ女性が視界いっぱいに見えた。
「あ・・・・・」
声も出ない。綺麗だけど薄い色の金色の髪を緩く肩に流した人が誰なのか私は知っている。だけどなぜこんな事になったのかわからない。
ただ私は混乱の中にあった。
なんでこんな事になってんのーーーーーー!!
おはようございます。
私某〇〇会社で経理福祉部 副主任を務めておりましたアラサ―女性です。
そしてなんでこんな事になったのかよくわからないのですがこれは俗に言う転生というものでしょうか。
しかも遠い昔に嵌りに嵌ったゲームの悪役に。
思考を巡る様々なもう一つの記憶に私は混乱の中呑まれないようにするのが必死だった。
たくさんの記憶が走馬灯のように駆け回り、吐きそうですが、なによりも辛いのはこの体の痛み。
・・・アラサ―には厳し過ぎる。
とにかくなんとかたくさんの情報という名の記憶から広い上げた事実は、“わたし、テンセイしました。”
いや、最近の流行ですものね。
夢なの?いや夢であって欲しいのだけれども。
ただ痛みと呼吸、自分の身体からリアル過ぎる五感の感覚を得ている状況。
笑えない。
夢ならいいんだけど、現実なら言いたい事がたくさんある・・・まず最初に。
転生するならせめてもっと早く。
だってもうゲーム終わってますよ!!
先生っ!!まちがってまーすっ!!
中学時代に現代文のテストでちょっとお茶目な先生に問題文の間違いでとんでもない採点ミスをされた時と同じ感覚。
あぁ、手遅れ感が半端ない。
しかも現在、混乱の最中に私は美しい人に泣きつかれて謝り倒されている現状。
現実みがここだけないのだ。
そう美しい人だ。体中が痛み、自然に滲む視界いっぱいには泣きぬれる美女・・転生前の自身よりたった2歳しか変わらないのが信じられないぐらい。
リアルな美魔女を目にすると、妬むとかないよ。マジ。
絶世の美女とわかるからこそ泣きぬれる姿が絵になる。
世の中で不条理よね。
カオスだなぁ・・・・4月の人事で突如経理福祉部の副主任になってからゲームなんてできなかったからネット小説でこっそりストレス発散してた日常・・・帰ってきて。
「ごめんなさい、シルヴィ・・・ごめんなさい・・・・」
「奥さま・・・お時間です」
もう一人部屋に居るのかとそっと顔を動かすと痛ましそうに私を見つめてくれるイケメン。
近衛の確かジェイン君だったかな。第一王子の乳兄弟だった・・・私の中で3番目に好きだったよ。ゲームで。なんせ〇年前の記憶だから曖昧過ぎる。チートっていう枠ではない自身の身の上につい涙がでそうだ。
せめて今やってるとかさ・・そういうゲームならよかったよ。アラサ―だって乙女ゲームぐらいするよ、スマホでだけどね。
なぜ一番設定のヤバい乙女ゲームかなぁ。
とにかく今は、確認作業だ。痛みで滲む視界を駆使して周囲を見ていると
女性を慰める声が聞こえてくる。CVに変化なし。そこだけはもう神に感謝する。彼の声が素敵だったから・・あっちなみに私、声フェチ並びに声優オタクです。
ヤバい・・・こんな願望を持つほどに病んでいたのだろうか。しかも最後の記憶が残業続きで会社で寝泊まりするかと真剣に悩んだ末に駅のロータリーに向かうまでって・・・なにがあった自分。
いや多分なにかしら起きて死んだのだろうな。
私の死後、私の仕事を引き継ぐであろう後輩たちにエールを送りたいがそれも叶わないだろう。
そして私これからどうしよう。
ジェイン君に背を押されて出て行く女性にせめてと何とか微笑を浮かべるとよりひどく泣き出した。
失敗です。
「・・・・これっ・・・どう・・・」
これどうしてくれよう。
途方にくれる私はただ一人、ベットの中に沈み込んだのだった。
そう何がどうなっているのか・・誰でもいい。説明をお願いします。
ーーーーーーー
「帰ってきて早々なんだ?騒々しいぞ」
「ハークライト殿下っ!いくらなんでも酷すぎますっ!」
「何がだ」
「バーミリオン伯ですよっ!魔法士に診せられないならせめて治療師を送って下さいと言ったではないですかっ!」
「・・・わかっている。だから地下牢からは出したじゃないか。一応まだ死なれては困るし」
宰相であるモーデル公爵の言葉にまるで反応しない第二王子は、隣に座らせた光の巫女に視線を送り、その小さな手を握ってから不機嫌に声を荒げた。
彼等は今まさに“ホウシ活動”なるものから帰ってきたばかりだった。
ちなみにそのホウシ活動というのは、ここ2ヵ月ばかりで国の国庫を十二分に削ってくれている活動だ。
巫女さまは、自然に重ねられた手に嬉しそうに頬を染め、少女らしい初々しい反応を見せている。
元婚約者であるバーミリオン伯が投獄されてからというものこの王子は、憚らなくなった。
投獄中の元婚約者は、現在死の淵を彷徨っているというのに。
「一応とはなんですかっ!国法ではまだあなたの婚約者はバーミリオン伯であると何度進言させるのです。」
「お前もか・・いい加減に目を覚ませ。あの女は、国にあだなす反逆者だ。国政に必要はない。なによりアカリが父上たちを助けてくれたのだぞ?そんな彼女をあいつはまるで悪人のように言いつのっていたのだ。あんなのが婚約者なんて」
「殿下・・・そんな風に怒ってはいけませんわ」
「見ろ、慈愛溢れる彼女こそ守られるべきなのにっ!お前たちと言ったらいい加減にしろ。未だ父上の体調を慮って王族専用の地下牢に入れていたのだ・・本来ならばもっと重い刑罰を与えていてもおかしくないんだ。それを・・・」
続く言葉にモーデルはもう何も言わなかった。
たった1年で彼をここまで変えた少女は、キョトンとしたまま王子の腕の中で紅茶を飲み、にこやかにほほ笑みを浮かべる。
嘗て彼女が微笑を浮かべ、その歌声でたくさんの民を救ったというのに。今や彼女の微笑が怖い。
その笑みが光の巫女の象徴だとまで言われた彼女は、ある意味この場で最もそぐわない発現をした。
「あのバーミリオン伯は、シルヴィアさまのことですよね?・・シルヴィア様はなぜ投獄されたのですか?」
「は?」「え?」「あ?」
「悪い人には見えなかったのに」
その場に居た第二王子付の護衛であり騎士団の副官、私、そして神官長は彼女を見返した。
場の空気が一気に凍るというのは、このことだろう。
彼女は今なにを言ったのかと。
元々少しおっとりとした方なのだが、今の言葉はどういう意味があるのか。
「?」
「あの・・・えっとシルヴィア・バーミリオン伯があなた様を害したとそう報告が上がってますが?」
「え?そうでしたの?」
自身の事だというのに彼女は本当に驚いたという風に紅茶を置いた。
「なっなにを言っているんだアカリ・・・君言ってたじゃないか。シルヴィアがとても怖いって」
「えぇ、だって私が何かしようとすると必ずお怒りになられますもの」
「ほらっ・・光の巫女に対して」
「私の事がお嫌いですかって聞いたら、好きになれませんって怒られちゃいました。面倒事ばかり造る無能はたくさんだとそう怒られてしまって」
「なっ我らが巫女様になんて事を」
そう言って鼻白む神官長は、手にしていた錫杖を持ち直し、大理石で出来た床を叩いた。
彼等にとって自分達が崇拝する巫女になんて言葉を使うのだとそう怒りを現した。
貴金属で出来た錫杖は、代々神官長が受け継がれていて、その宝飾の美しさに反してかなりの重量がある。
「なにかをするにはそれなりの準備もお金も人も必要なのにそのどれもが足りないとそう嘆いていらっしゃったから、私、お手伝いしようとしました。まずは、たくさんあった書類を運ぼうと、そうしたら私が階段から落ちてしまいそうになって、足を捻っちゃったし・・」
「ででは・・・あの・・3月前に君が階段から彼女に落とされたというのは?」
「え?」
「そうガルンが言っていたぞ」
「落されそうだなんてっ!私が手を出すと余計な仕事が増えて大変になるって怒られただけで」
ガルン子爵は、光の巫女であるアカリの信者だ。すこし行き過ぎたような所があると最近は貴族社会から遠巻きにされてしまっていた。
彼は今自身の領へと戻り、光の巫女を称える新興勢力を作り上げようとしていると噂が絶えない。
それでもまぁ、アカリを害さなければいいとそう思っていた。
「じゃあ・・シルヴィアは君を殺そうとは」
「誤解ですけど・・どうしましょう・・シルヴィア様がかわいそう」
どうしましょうとそう言って、王子の腕にすがる姿は、子供だ。
もしやこれはとんでもない事になっているのではという事態を収拾する事は既に難しい。
そうだ、公の場で彼女を糾弾したのはもう3週間以上も前のことで、婚約解消を一方的に突きつけた後に病の床についている王の承諾も得ずに彼女を投獄した。
「・・モーデル・・・そなた確か」
「私は散々進言させていただきました、・・・王もそして兄殿下も今回の事をお知りになればどうなるか・・・」
モーデルの嘆きが空虚な部屋にはよく響いた。
「だがガルンもシーリアも・・・そなただって」
最後にそう言われた神官長ダールトンはガタガタと震えだした。
「・・・私は・・ただ・・巫女様が・・・いえ巫女様のためにと」
それはなによりの証拠だった。
確かにアカリが殺されるとそう進言していたじゃないか。そう責める声が出ない。
そして甦るのは、あの日のシルヴィアの言葉。
“あなたの真価は、これから”という声と冷めた視線だ。
「では・・・まさか」
絶望にうなだれた第二王子の横にはやはりキョトンとこちらを見つめる光の巫女が寄り添っていたのだった。
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