第2話 それが終わりの始まりである
暗い暗い地下牢、用意されたたった一つのランプの灯に残る油は少ない。
明日からはランプを使う時間をもっと少なくしないといけない。
そう考えながら、手元を見る。
この地下牢に持ち込むことを許された自身の日記。
この日記を書くことで自身の置かれた状況を整理していたのに、その時間さえ短くするしかないのだ。
せめてここが、普通の牢ならよかったのに・・王城の地下牢なのが恨めしい。
微かに鼻につくカビの臭いにも慣れてしまった。
それなりに整えられたベットと小さなテーブル、奥には衝立があって、トイレがある。
元が王族用の場所ではあるので、使われてる魔法石が微弱にだが発光作用があるのには助かっている。
人間にとって闇の中にずっと居続ける事は苦痛の一つなのだ。
確かランプの炎には精神安定の作用があったと医学書にあったと無駄に思考を巡らせ息を吐くと思ったよりも大きな音になった。
伯爵家に生まれた私がどうしてとそう思う事もあるのに、今はどこか落ち着いてしまった。
全部がどうでもよくて、でももしものことを思うと浮かぶのは、愛する家族の事だ。
最後にお会いしてから3年の月日が経つ。女の身でありながら伯爵位を継ぐことを王家に認められ、内々で行われた授与の式に母が来てくれた。
あの日以来私は家族とは会えていない。
あぁ、どうしてこの国はこんな風になってしまったのかしら。
突然の天災を恨む日が来るなんて思いもよらなかった。
ただ国に仕え、この国をそして領地と領民をそして家族を守ることだけを王に誓ったのに。
天災に負けるなんて思いもよらずに、未来に希望を持っていた。
もうすぐだろうか、この生活の終わりは。
ここに入ってから、よくない思考がよく回ってしまうのは、どうしてだろう。
「母上、クリス・・どうか幸せに」
祈るしかできないみじめな自分でもそれでもと思う。
どうか、神様。
この国をお守りください。
ーーーー
2ヶ月前
『失望したぞっシルヴィアっ!!』
この国で最も豪奢に造られた謁見の間に響く声。
激昂した彼の瞳に既に私は映らない。だけれどもせめてと声を上げた。
先ほどまで、私の罪状が神官長より読み上げられていたが、それを否定することさえ私には許されてはいない。
『ハークライト様、お聞きくださいっ。この国は今危機に瀕しているのです』
『何が危機だと言うのだ・・・ここにいる光の巫女、テンドウ・アカリを傷つけ、虚偽偽りを周囲の貴族たちに吹聴しあまつさえ他国の者とつながり我が国を裏切ろうとする、そなたこそが我が国を危機に瀕させる元凶ではないか』
『違いますっ!!私はっ!きゃっ』
首を咄嗟にずらしたが、それでも頬に焼けるような痛みが走った。
王位継承権を持つ王子として育てられた彼は自身の手を抱えた。
殴られた私よりも痛そうに・・・。
違う。そう叫んだ私に手をあげ、遮る子供を私はただただ見つめるしかできなかった。
届かないのだ。
公の場に響く声は虚しくも遮られて私を絶望に追い落とす。
『黙れっ!シルヴィア・バーミリオン女伯爵・・・そなたは既に国家反逆罪の嫌疑がかけられているんだ』
『なっ・・私がどうして反逆など・・』
思考を巡るのは私を裏切ったであろう者たちの顔と領地で私を待っていた母と幼い弟の背中。一瞬だけ思考を辞めて周囲を見ればキョトンと私を見つめる光の巫女様。
そう彼女は多分、この件に関わりはなく、彼女を利用しようとしたものが私を嵌めたのだ。わかってはいるのだ。
このままではこの国が・・領民・・・いえ家族がどうなるか。
あぁ・・止めなくてはならない。
『ハークライト・・』
『呼ぶなっ!!既にそなたとの婚約は破棄した。お前などに私の名を呼ぶ事を許さんっそなたには、追って沙汰を渡す・・・捉えよっ!』
言葉を掛けても何一つ届かない。いや聞こうともしない相手に何を言ったらいい?
もうダメなのかもとそう感じた瞬間に私はもう、諦めてしまった。
この国を・・・そして彼を。ハークライト・ジュヴェール殿下、この国の第二王子である彼こそ私が7歳から婚約者として共に生きた人だ。
幼き頃は共に遊び、そして学んだ懐かしい思い出が巡るがそれも全てここに捨て去るべきなのだと悟った。
そう捨てるのよ。シルヴィア。
彼の命令で近衛兵が二人程私の方へ近づいてくる。その困惑気味な表情を見て、私は呆れながら見返すしかできない。
ダメだ。ただたった一つだけ守りたいものがあった。
それに気づけたからこそだからこそ、せめてと私はその場に一人立ち上がった。
『殿下・・・お忘れなきよう、あなたの真価はこれからで決まります・・・・参りましょう』
『は?』
わたしの言葉を全く理解してはいないだろう元婚約者にある意味本当に愛想が尽きたが、せめてと私は捕らえようとした兵を引き連れて地下牢へと向かったのだ。
その日、ジュベール国は、伯爵位を持った第二王子の婚約者であるシルヴィア・ヴァーミリオンを廃した。
ヴァーミリオン女伯爵と称えられた少女は、第二王子の婚約者のままに地下牢に投獄されたのだ。
ーーーー
ここに来てついに2ヶ月以上の時が経っていた。
食事は一日に2度。
流石に弱冠18歳で伯爵の地位を持ち、7歳から第二王子と婚約を結ぶ私を普通の死刑囚と同じ扱いには出来ないらしく、出されるそれは普段口にするものとそう変わらない。
だがだからこそ、なにに毒が仕込まれているかわからないのが難点だ。
入れられた器は陶磁ではなく、木を削って造られた器なのは自殺を防ぐためだと昔父に聞いて知っていた。
確かに食器なんて高価なものを囚人用には用意できないが、それよりも困るのは銀食器がない事だった。
私が自殺する事を念頭に入れているなら、これは妥当な処置だ。
だけど自殺なんて私には許されてはいないのだ。
亡き父に代わり何とか領地を治めていた私の後継は誰がなるのだろうか・・母だろうか。
後見人であるあの人は今、どこにいるのだろう。
それだけが心残りでなかなか死ぬ事も出来ない事が情けないばかりだが、一応毎日給仕をしてくれる兵士に聞いている。
「何か変わりはない?」
「は?・・・はい」
幼い弟と病気がちの母上は多分叔父様がどうにかしてくれると信じてはいるが、流石に隣国の宰相の地位を持つ方に他国の女伯爵が出した書簡が本当に届くのかが不安だった。
もしもの時は友人が動いてくれるとも言っていたからなんとかなると信じてはいる。このままここで幽閉されていてもなんにもならないのだ。何かが起きてからでないと何もできないのが現状だ。
「ありがとう・・もしなにかあったら教えて」
「っ・・・・・もうしわけ・・・・」
「いいのよ・・・もし何かあったら伝えて頂戴。後弟が来たら私のお気に入りのオルゴールを開いてと」
「シルヴィア様・・・」
「それだけでいいの・・・お願い」
それだけを言って私はそっと牢の奥へと向かった。
面会はさせてもらえないだろうが、もし・・本当にもし私を迎えに来てくれるなら。
手にある食事は多分先ほどの彼が毒味をしてくれたらしく一口ずつ減っている。
優しい人だなぁと感謝しながら、木の器に注がれた水をそっと口に入れた瞬間に舌と喉に痺れと共に焼けるような痛みが走った。
たった数瞬もない合間に四肢の感覚がなくなり、天地さえわからなくなった。
手にもった器が滑り落ちた瞬間、呼吸もそして意識も全てを奪われた。
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