第2話新人声優――YUI


「なんで、それを……!?」


 反射的に出たのは、まったく面白みのないモブな武人にふさわしいリアクション。


「やった! みつけました! よかったぁ!」


 対して羽入さんもありきたりなリアクションをするが愛らしい容姿のためか、別次元のものにみえた。

なによりも"声"に独特の響きがあり、胸にズン! とくるのは何故だろう?


「あ、あの、ですねライトニングバロンさん、早速なのですが折行ってご相談が……」

「ご、ご相談?」

「はい。でも、ここじゃちょっと……場所変えません?」


 一瞬、ろくに考えず首を縦に振りそうになった。しかし寸前で思いとどまった。

なんだか怪しい。これはもしや巷で有名な美人詐欺か、はたまた美人局か。

だいたいこういう時はモブがやられて、ヒーローが登場するのがセオリーだ。


「ダメですか……?」

「いや、ダメって……そうそう、カレーが残ってるじゃないですか!」


 武人はほぼ完食だが、羽入さんの皿にはまだカレーがこんもりのかっていた。


 ならば考えられるべき方策は3つ。


 1・羽入がカレーを食べ終えるまで、状況の打開策を考える。

 2・羽入がカレーを食べ終えるまでに、用事が入ったと逃亡する。

 3・羽入がカレーを食べている間に、その"相談"とやらを聞き出す。


(さて、どうするか)


「終わりましたっ! ご心配ありがとうございます!」


 と、選ぶ間もなく、羽生はカレーをぺろりと平らげていたのだった。


「はやっ!」

「早食いは得意なんです。なんだか現場で癖付いちゃって」

「現場?」

「あの、さっきの相談の件、ダメですか……?」


 再び懇願視線である。しかも美少女からの。もしかするとこんな状況は、もう一生訪れないかもしれない。


「ま、まぁ、いいけど……」

「ありがとうございます! では早速行きましょう!」


 羽生は飛び上がるように席を立ち、会計へ向かった。

 首を縦に振った手前、もうどうにでもなれと、武人も羽生の後ろへ並ぶ。


「ここは奢らせてください。たぶん御迷惑をおかけするので」

「迷惑!?」

「さっ、行きましょう!」

「ちょちょ!?」


 いつの間にやら会計を済ませた羽生は、武人の腕をガシッと掴んで、ひきづるように店から連れ出した。

 帰宅ラッシュでごった返す駅の方へ向かって行く。そして青い看板が目印のビルの中にあるカラオケボックスへ無理やり連れ込まれた。ここまでの所要時間、わずか5分。恐ろしい手際である。


(俺、どうなるんだ……)


 もはや諦めの境地の武人は個室へ押し込められれるのだった。

 誰かが待ち受けていたりといった危険は、今のところないらしい。


 武人の隣に座る羽生はカバンから黒い手帳のようなものを取り出した。


「突然すみませんでした。一緒に来てくれてありがとうございます。私、こういうものです!」




キングダムプロモーション


  声優:YUI

  



 差し出された質感の良い紙には、端的にそう記載されていた。

右下あたりに無茶苦茶上手い"戦車――たぶんティーガーIIで、緋色の戦闘装備のモデル――"が描かれているが、これは突っ込むべきは突っ込まざるべきか。いやいや、今そこは重要じゃない。


「も、もしかして羽入さんって!?」


 何故ここまでフラフラと自分がついてきてしまったのか。その原因はおそらく――


「いつも楽しんでいただいてありがとうございます。マイパンで翼 緋色を演じさせて貰ってます」


 羽入さんは息を吸って、そして、


「えー出撃? 面倒なんだけど……まぁ、隊長の命令じゃしょうがない! ふへ!」

「ひ、緋色だ! 本物だ!!」


 羽入が美人でデレてしまったというよりも、声に釣られたのが正直なところであった。


「緋色を好きになってくださって本当にありがとうございます。ライトニングバロンさんの投稿を見て、とても嬉しかったです」

「俺の投稿って……もしかして見ててくれたんですか!?」

「はい! 拝見させて頂きました! いつも緋色を応援してくださって、本当に感謝しています!」


 中の人が投稿を見ていてくれた。嬉しいような、恥ずかしいような。結構際どい投稿もしていたから尚更である。


「たぶん、同じ学校ですよね?」


 しかし羽入さんはそんな投稿など知っていてあえて気にしていないのか、はたまた本当に知らないのか、わからぬ笑顔を向けてくる。


「あ、ああ! 俺7組! 小津 武人! 羽入さんは3組だっけ?」

「そうそう! 3組! よく知ってますね?」

「まぁ……」


 どうやら“可愛い”ことで有名なのは、本人の耳には入っていないらしい。

あまりそういうことは言わない方が良いような気がしたので、曖昧な笑顔で誤魔化した。


「じゃあ自己紹介も終わったところで、本題なんですけど……その前に!」


 羽入さんはスマホをとりだし、タップを始める、そして示された画面には、


【機密保持契約書】


 という仰々しい文字と、ずらりと並んだ堅苦しい条文の数々。


「こ、これは!?」


 初めて目にするガチで大人な書類に武人は戸惑を覚える。

まさか、こう来るとは!


「これから小津くんへお話しすることは非常にデリケートなことなんです。だから先にこれへサインをいただきたいなと」

「デリケートって?」

「それは、えっと……声優としての私にとっては重要なことで、だけど、こういう書類はちゃんともらっておかないと、まずいような……」


 なんとも曖昧な回答だった。


(どうしよう。まさか、これって昔流行ったっていう"壺やら美術品を買え買え詐欺"の類か。新手の何かか……)


「ダメですか……?」

「っ!?」


 やや高いが、緋色の声のような質感で、羽生は聞いて来た。

なんとなく、表情も切羽詰まっているように見えるのは気のせいか?


 今、隣にいるのは学校でも有名な高嶺の花。更に、彼が愛してやまないキャラクターの中の人だという。

これは夢か。どんな奇跡だ。こんなことがあり得るのか。


 仮にこれを現実と仮定しよう。ならばこんな機会はモブな武人に、今後訪れる可能性は如何程か。

羽入さんと話すことなど、この機会を逃すと、もうないのかもしれない。


 安全策を講じ身を引くか!? 敢えて飛び込むか!?


「……どうすれば良いの?」

「えっ?」

「サイン、どうすれば良いのかな、って」


 奇跡の出会いと、多少のすけべ心が、彼から安全策を吹っ飛ばした。


 もうどうにでもなれ! こんなチャンス滅多にないはず!


 そう思いつつ、武人は羽入さんが指し示す箇所へ、さらりとサインをする。

いつも思うが電子でのサインは、なんでこんなにも下手糞な字になってしまうのだろうか。


「ありがとうございます。でも、これから私が話すことを小津くんが外でしなければ何も問題ありませんので」


 唯はきっちりとした性格らしい。演じている緋色とは真反対だが、面白いと思った。

と、思わねば、いざという時やってられない。


「まずは事情をお話しします。ことの発端は今日付でユーザーの皆さんへ配信された"殉職イベント"です」





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