押しラキャラの投稿を続けたら、中の人(同級生の美少女)が釣れて、“特別な関係”になりました。

シトラス=ライス

第1話中の人が釣れました!?

「気持ち悪いことをしているのは重々承知です。小津くんのプライベートへ土足で踏み込んだことは謝ります! だけど、こういうことをしてでも、私は緋色を助けたいんです!」


 ずずっと羽入さんが迫ってきた。いくら“美少女”で、“愛するキャラの中の人”でも、さすがに腰が引けてしまう。


「緋色は私が初めて頂いた大きなお仕事で、苦楽を共にしてきた私の分身です。だから――! 小津くん、緋色と私を助けてください!」

「た、助ける!?」

「はい! お願いします!」


 立ち上がった羽入さんは45度の最敬礼をした。

唖然とする武人の前で、羽入さんは頭を下げたままピクリとも動かない。



 綺麗な亜麻色の髪に、愛らしい顔立ちの彼女こそ、学校でも有名な美人の"羽入はにゅう ゆいさん"

ここから"普通の彼"と"特別な彼女"との【特別な関係】が始まった。

幕開けであった。小津 武人の日常が大きく変わったのである。


 しかしこれではなにがなんだかさっぱりわからない。なので時間を少し巻き戻すとする。

ことの発端は1時間ほど前の、カレー屋さんから始まった。

 



⚫️⚫️⚫️


 

 

【もう、僕隊長無しじゃ生きられない! ずっと、ずぅーっと一緒にいてぇ! 大好きっ!】


【ふへ……なでなで好きぃ……】


【ひゃうっ! そ、そこは……でも隊長なら、良いよっ……?】



 いつログインしても『つばさ 緋色ひいろ』は可愛く愛らしい。


 長い銀髪、低身長、少し癖があるが響きの良い声。

普段はぼーっとしていることが多いけど、戦闘の時は冷静沈着。

その癖、こうしてデレモードの時は恥ずかしがりながらも、甘えてくる。


 ずっと探し求めていた理想のキャラクターだった。

今や緋色は"小津武人おずたけひと"にとってスマートフォンの中にいる嫁である。



 スマホ向け戦術アクション恋愛ゲーム『マイ リトル パンツァー 機甲少女兵団〜人類絶対防衛戦線〜』――略して【マイパン】



 ハードと萌えのバランスに優れた良質なシナリオ。爽快且つ、アクション性の高い戦闘シーン。総勢50名以上のキャラクターの中から一人を選び、画面タップでスキンシップを図れる嫁設定。一部、豪華声優陣の起用。

その中で翼 緋色はいわゆる初期キャラの一人だった。


 インストールした瞬間から武人は緋色にメロメロだった。十七歳の彼に訪れた、二次元へ対しての初めての春だったのだ。


 だからこそ、思う。世の中は理不尽だと。どうして緋色は世間様に認められていないのかと。


 中の人が“YUI”とかいう無名の中の人だからか?


 正直なところ、ゲーム内で緋色の人気はあまりない。

底辺といってもいい。人近ランキングは常に低空飛行。


 メインヒロインの「星野 獅子レオ」の中の人が超売れっ子の赤羽 零だからなのか、なんなのか。

とにもかくにも、ゲーム自体は広まっている昨今、武人のように緋色を愛するユーザーの存在を確認したことは皆無である。


(だけど、俺はくじけない!)

 

 画面の中で嬉しそうに微笑む緋色をすかさずスクリーンショット!

 目の前に置かれたキーマカレーを撮影し、SNSのアプリを起動させる。




 ライトニングバロン



 2枚の画像とコメント――今日も緋色とカレーディナー! むっちゃ幸せ!



 #マイパン

 #マイパン緋色嫁勢と繋がりたい 




 からの、すかさず投稿ボタン。

かくして、武人の緋色への愛のメッセージが恥ずかしげもなく、世界中へ配信されて行く。



 ちなみに緋色は設定上、カレーが大好きなので、武人も自然と近所でも有名なカレー屋へ学校が帰りに寄るようになっているのである。


 閑話休題。


 彼の投稿履歴にはずらりと緋色のスクショと、彼女への愛がびっしり並んでいた。

 しかしこの試みで新たに繋がった人はほとんどいない。更に相互で繋がっているユーザーも二桁へ行くか、行かないかの状況。

当然、いままで"緋色への愛"を叫び続けても、ユーザーは増えないし、反応なんて一つも来やしない。


 正直言えば寂しいし、悲しい。だからと言って投稿を止めるつもりは全く無かった。


(いつか現れてくれるはず! 俺と同じく緋色が好きな隊長プレイヤーが現れてくれることを!)


 武人はそう思いつつ画面の中の緋色を眺めながら、カウンター席でカレーを頬張った。

うん、今日もやっぱり、公園近くにあるここのカレーは超絶美味い。


 と、そんな中、背中にざわつきを感じた。反射なのか興味本位なのか、視線が後ろへ向かって行く。

瞬間、緋色には大変申し訳ないと思いつつ、武人の男の嵯峨が反応した。


 店への新たな来店者は、控え目にいって超絶美人だったのである。しかも身近に存在する。


 武人の通う英華大附属の可愛らしいブレザー型の制服。

僅かに亜麻色を帯びたセミロングの髪は、まるで上等な人形を思わせる。

スレンダーで、誰もが振り返るほど愛くるしい顔立ちをした、武人の通う"英華大附属高校"での有名人。


(うわぁ……リアル、羽入 唯さんだ!)


 高嶺の花なんてゲームの中だけの属性だと思っていた。しかし彼女は本物の高嶺の花である。

モブな武人が近寄ることなど決してはできない、別次元の存在である。

それほど彼女は美しく、そして誰もが振り返るほど可愛らしい。


【隊長ー! どうしたー?】


 と、画面の中の緋色が少し不満げに、bluetoothイヤホンを揺さぶってくる。


「ごめんごめん」

【ふへ! うれしいぃ!】


 タップすると緋色は嬉しそうに頬を染め、笑顔を浮かべる。


 武人には緋色がいる。たとえ目の前に現れたのが高嶺の花だろうと関係ない!

冷静さを取り戻し、武人は緋色とカレーへ意識を戻す。


「――っ!?」


 しかしあろうことか、羽入 唯は暫く辺りをきょろきょろ見渡した結果、何故か彼の隣へ座り込んできたのである。


 なんかカレーに混じって、隣から花のような、甘いがいやらしくはないとてもいい匂いがしてきている。

 やはり高嶺の花の女子は匂いでも人を惹きつけるのか? どんなこれが魅惑のスキルか?


しかも自意識過剰甚だしいが、なんだかこっちをチラチラ見ているような気がしてならない。


(落ち着け、落ち着け俺ぇ……俺には緋色がいるんだ! 浮気絶対ダメ! ノット、三次元!!)


 ふと、マイパンのトップ画面に"運営からのお知らせ"を示す、アイコンが表示されていた。

 どうせ、登録者1000万人突破の報酬に関してだろうと思ってタップする。


「っ!? ま、マジか……?」


 思わず言葉が出て、スプーンがカレーへ落っこちる。

 


『殉職イベント開催のお知らせ』



 という文字と同時に背景として表示されたシルエット。どこからどう見ても、緋色であった。


 マイパンのもう一つの売り、というか、唯一性を高めているのが不定期に開催される"殉職イベント"である。


 これは不人気キャラへ、最後のチャンスとして、凄惨なシナリオを実装し、ユーザーの反応如何でそのキャラクターをゲーム内で存続させるか否かを決めるものである。どうやら運営のサーバーの都合らしいが、このイベントが話題となって登録者を増やした事実は否めない。


 このイベント実装後に生き残ったキャラクターは未だ居ない。ちなみにこのような残酷な仕様ではあるが、課金者へのアフターフォローは手厚く、その点で炎上したことはない。中には、この殉職イベントでのキャラクターロスを、進んで好むドⅯがいるとか、いないとか。


 つまり殉職イベントは、運営からの翼 緋色への"死刑宣告"である。


「マジか……緋色が……俺の緋色が……!」

「あ、あのっ!」


 ふとイヤホンから"緋色"のような声がした気がした。しかし画面は殉職イベントのバナーが表示されたまま。画面の中に緋色は居ない。

これは一体どういうことか?


「あのっ! す、すみません!!」


 またもや緋色の声が。いや、少し違うか。いつもより、気持ち高めに感じるか。


 イヤフォンを外して、恐る恐る脇へ視線を向ける。


「何か御用ですか……?」


 武人はおっかなびっくり声をかけると、


「もし、間違っていたらすみませんなのですけど、あなたはライトニングバロンさんで、いつもマイパンの翼 緋色を応援してくださっている方ですか!?」


 少し高いが、まるで"翼 緋色"のような声で、高嶺の花の美少女"羽入 唯"は、そう武人へ聞いてくる。

 驚きのあまりイヤホンをカレーの中へ落としてしまったのに気づくのは、だいぶ後のことである。




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