ぼっち美少女が俺と異世界に行きたがってるんだが

かどの かゆた

第1話 やばい奴と図書室


 俺は、図書室が結構好きだ。


 静かで、会話が最小限なのがいい。古本の香りも、何だか落ち着く。しかし俺は別に、小難しい本を読むのが好きなわけではなかった。

 読むのは大体、風景とかの写真集だとか、隅に少しだけ置いてある漫画だとか、そんなものだ。他に読むとすれば、異世界に関する本だろうか。


 羽佐間高校の図書室には、異世界に関する本が、各種取り揃えられている。古典的名作小説から、怪しげな異世界に行った人の実体験、それにライトノベルまで。そういうものは大抵子供向けで、普段本を嗜まない俺なんかでも気軽に読める。


 サッカー部の無い日の放課後は、俺にとって穏やかで、妙な充実感のある図書室の時間だった。


 そして俺は今日も、狭い図書室の一角を占拠している異世界コーナーから、適当な本を取ろうと手を伸ばす。『異世界への行き方』か。何とも怪しげなタイトルだ。


「……あ」


 手が、柔らかいものに触れた。吸い付くような、きめ細やかな柔らかさ。反射的に手を引く。右手の中指に、触感の名残がむず痒く残った。


「ごめん」


 俺は、隣にいた女子に謝罪した。俺が触れたものは、女子の手だったのだ。たまたま同じ本に手を伸ばしていて、それに気が付かなかった。まるでドラマか何かのようなシチュエーションだ。


 しかし俺がここまで隣り合っていながらこの女子に気が付かなったのには訳がある。その女子が、不気味なくらいに存在感が薄かったからだ。

 彼女は背が小さめで、大声でも出したら草陰に隠れてしまいそうな、小動物のような雰囲気があった。そしてその彼女は、今、俺のことをじっと見ている。黄金色の瞳で、俺を捉えて離さない。


「えっと、何?」


 小声で聞いてみても、彼女は返事をしなかった。


 取り敢えず俺は、彼女と自分が手を伸ばしていた『異世界への行き方』を手に取り、彼女に差し出してみる。

 彼女は無言でそれを受け取り、そしてタイトルをじっと見つめた。


 どうやら、これで合っていたらしい。

 別に俺は、あの本にこだわりが有ったわけでもないのだ。適当に別の本でも読もうか。

 そう思って別の本を探そうとすると、本を見ていた女子は急に顔を上げた。


「貴方も」


 それはとても小さく、聞き取りづらい声だった。まるで質の悪いスピーカーを通したような感覚。


「貴方も、異世界に行きたいの?」


 彼女は、真っ白な肌をほんのり赤らめていた。どうやら、興奮しているらしい。目が爛々としており、俺に向かって期待の視線を送っている。


 逆に俺はというと、ただただ困惑していた。今鏡で見たならば、きっと俺は青ざめているだろう。


 何だコイツ。


 貴方『も』という台詞をそのままに受け取るならば、この女子があるか分からない異世界とやらに行きたいと思っているのは明白で。

 今日び、中学生でも本気で異世界に行くなんて言わないだろ。


 しかし、彼女の目は、あまりも真剣だったのだ。それはもう、狂気を感じるくらいに。怪しい勧誘のお姉さんにも似た真剣味が、そこにはあった。


「いや……別に、行きたくは、ない」


 俺は軽く後ずさりしながら、つい返事をしてしまう。

 すると目の前の女子は、俺が下がった分一歩踏み出して、異世界コーナーの本を一冊取った。


 そして、小さな口を開く。


「亘理 陸」


「は……?」


 彼女が口にしたのは、俺のフルネームだった。

 おかしい。完全に初対面のはずなのだが。


「貴方でしょう?」


 混乱している俺をよそに、彼女は本を開く。開いたのは巻末。そこには、その本を借りた人の名前が並んでいる。

 亘理 陸という、俺の名前もそこにあった。確かに、読みきれなかった本を借りることは多くあったが……。


「貴方は、異世界に関す本ばかり借りているわ。密かに思っていたの。この学校には、同志が居るんじゃないかって。私、色麻 真結って言うの。よろしく」


 淡々とした語り口だった。言うだけ言ったら、彼女は最後にぺこりと会釈して、俺の顔をまたじっと眺める。


 正直、怖い。


「確かに、そういう本は借りてた。でも、偶然だろ。そもそもこの街で、異世界に興味があるやつなんて珍しくない」


 俺はとにかく、自分が目の前の女子……色麻の同志などでは無いということを証明して、彼女から逃げようとした。


「偶然じゃなくて、こういうのを、運命というのよ。貴方がもし、ほんのちょっぴりでも、異世界に行きたいというのなら、どう? 私と来てみない?」


 やっぱり抑揚のない喋り方だ。しかし、こうして捲し立てることや、益々赤くなっている顔を見ると、彼女が更に興奮しているのが分かった。


「冗談だろ」


 口ではそう言ってみたが、色麻の表情はどう見ても冗談では無さそうだ。この女、どうかしてる。


「気が変わったら、いつでも連絡して良いのよ」


 色麻はスカートのポケットからメモ帳を取り出し、シャツの胸ポケットに入っていた緑のボールペンで何かを書いて俺に渡してきた。

 それは、携帯電話の番号とメールアドレスに加え、ご丁寧にSNSのアカウントまで記入されているメモ。


 半ば押し付けるようにして彼女は俺にメモを渡すと、本を戻して図書室を後にしてしまった。


 困った。

 どうしようか。


 個人情報だし、適当なゴミ箱に捨てるのは気が引ける。取り敢えずポケットにでも入れて、帰ったらシュレッダーにかけよう。


 何だか図書室でのんびりする気も起きず、俺はもう、今日のところはおとなしく帰ることにした。

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