第29話 傷跡
サファイヤがステラの母乳を飲んで、すくすくと育ち笑うようになると、ユウキは公務から帰るなり、サファイヤの傍へ直行して、抱き上げたり、あやしたりして過ごすのが日課となっていた。
「あなた、あんまり抱くと、抱き癖が付くわよ!」
ステラの甲高い声が、度々ユウキを襲ったが、母アンドロメダと四人の生活は、幸せそのものだった。
そんな平和な日々の中でも、ステラには気掛かりな事があった。それは、世界各地で、精神を病んだ兵士達が、時々事件を起こしていたからである。十余年に渡る戦争の傷跡は、兵士や家族の心をも壊していたのだ。
ステラは、共に戦ってくれた兵士達が壊れてゆく姿を見るのが、何より辛く、可哀想でならなかった。皆、ステラを信じて、命を賭して戦ってくれた恩人であり、同志だからだ。
そうした事件が起きるたびにステラは真っ先に現場に駆け付け、その心に寄り添い解決していった。
ある日、ライト王国で事件が起きた。
ストレンジ博士の研究所からスーツが盗まれたというのだ。連絡を受けたステラは、ユウキを伴って博士の研究所を訪れた。
「おう、来てくれたのか。サファイヤは元気でいるか?」
「すごく元気です。今は、お母さまが面倒見てくれています」
「そうか、その内、顔を見に行こう。それでスーツの件じゃが、盗まれたのは戦争末期に開発した新型なんだ」
「新型と言いますと?」
ユウキが興味深そうに身を乗り出した。
「ステラのスーツの改良型で、現時点で最強のスーツと言えるじゃろう。お前のスーツは別格じゃがな」
「あれの進化型があったとは驚きです」
「うん、完成した時には、戦争は終わっていたからな。何かの時の為にと保存しておいたのじゃが……」
「博士、あのスーツはステラ以外、使いきれないはずでは?」
「確かにな。じゃが、スーパー羽衣を起動するだけなら誰にでも出来る。桁違いのパワーだから、それだけでも脅威となる事は間違いない。動かす者の技量次第だが、下手に使えば暴走し、手が付けられないかもしれんのだ」
「今の私のスーツに比べて、どの位のパワーがあるのですか?」
ステラが、心配顔で聞いた。
「攻撃、防御共に、倍加している。問題は、スーパー羽衣なんじゃが、攻撃範囲が二百メートルに拡大されていて、エネルギーの消費時間も五十時間は持つ。単純に計算しても、今のステラのスーツの十倍と考えていいだろう」
「そいつは凄い。私でも、簡単に止められないかもしれませんね。しかし、戦争が終わった今、あんな物をどうするつもりなんでしょう」
「それは、儂にも分からんが、内部の者の犯行の可能性もあるので、現在、鋭意捜査中だ」
ステラ達が話を聞いている部屋に、警備主任が顔を出した。
「ステラ様、ユウキ様、職員の内部資料を持って上がりました」
「ありがとう。少し質問させてください」
ステラとユウキは、事件後、行方の分からない職員はいないかとか、身内に怪我や戦死した兵士のいる者などを聞いて、その名簿に目を通していくと、一人の人間が浮かび上がってきた。
「博士、この人物は?」
ユウキが、一人の写真を指さした。
「これは、戦闘スーツ開発の副責任者カストルじゃないか!?」
博士の顔に、動揺の色が浮かんだ。
「カストル博士に、今、会えますか?」
ステラも彼の事はよく知っていて、ストレンジ同様に顔を曇らせながら、警備主任に尋ねた。
「カストル博士は、昨日より休暇を取っています」
「自宅の住所を教えて下さい」
ユウキ達は住所を聞くと、すぐさま、カストルの家へと急いだ。
二人は、「カストルは、ステラの羽衣の開発責任者だ」という、ストレンジ博士の言葉に胸騒ぎを覚えながら、海岸の岬の上に建つカストルの家のドアを叩いた。
暫くして、中年のお手伝いさんらしき女性が現れた。彼女は、二人を見ると「あっ」
と声を上げ、深々とお辞儀をした。
「カストル博士に会いたいのですが、いらっしゃる?」
「昨日より旅行に行くと言って出掛けていますが、……博士に何かあったのでしょうか?」
彼女は、ステラ夫妻の不意の訪問に、何かあったのだと直感したようだ。
「いえ、ちょっと仕事の事で聞きたい事があったものですから……」
ユウキが、言葉を濁して、ステラに「帰ろうか」と言おうとした時、
「ポルックスに会えるかしら?」
ステラが、突然カストルの弟の名前を出した。
「いらっしゃいますが……」彼女は、そこまで言って、ステラの真剣な眼差しに押されるように二人を招き入れた。
奥の一室に通されると、そこには、ポルックスがベッドの上で、青くやつれた顔を見せて寝ていた。
彼はステラを見るなり「ステラ様!」と叫ぶと、大粒の涙をポロポロと流した。ステラは、彼のベッドの傍に座ると、その手をしっかと握った。
「待たせたわね。私に全て任せて頂戴。何も心配いらないのよ」
ポルックスは嗚咽をこらえきれず、ステラの腕にしがみついて、子供のように声をあげて泣いた。毛布がずり落ちて、両足の無い彼の身体が露になった。
彼はひとしきり泣くと、ステラを見て懇願するように言った。
「私がこんな身体になって、毎日、死にたい死にたいと言って兄を悩まし、追い詰めてしまったのです。兄を、兄を止めて下さい!」
「分かったわ。お兄さんの事は私達に任せて頂戴。それで、行先に心当たりはあるの?」
「この足は、ネーロのベガにやられたものです。恐らく、ベガの許へ行ったのだと……」
「ありがとう。それから、貴方にプレゼントがあるの。あなた、お願い」
ユウキがルナを呼び出すと、彼女は、手から放射された不思議な光線を操って、見る間に、二本の義足を実体化させた。彼女は、大概のものを、瞬時に作る能力を持っているのだ。
『これは、脳波を検知して動く優れものです。外見もアンドロイド技術を駆使しているから、本物の足と見分けがつきません。装着してみてください』
ボルックスは、ステラとユウキに支えられて義足を装着し、ベッドから降りると、恐る恐る立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。
「凄いです! 自分の足みたいです!」
彼の眼から再び涙が溢れ、それを見ていた介護の女性も、喜びの涙を流していた。
「体力が回復したら、気晴らしに旅にでも行って来るといいわ。気が済んだらサウスランドにいらっしゃい。宮殿警護の任務に就いてもらうから」
「ありがとうございます、ステラ様」
ボルックスの顔からは悲愴感は消えていて、その頬には赤みがさしていた。
「じゃあ、行くから」二人は、スーツを纏うと大地を蹴って大空へ舞い上がった。
ノースランドの議長府には数分で到着し、スーツ姿のステラ達がベガの居所を聞くと、秘書らしい女性が、何事が起きたのかと、当惑した顔で対応した。
「ベガ議長は、農耕地帯の視察に行かれましたが……」
ステラ達は、即座にザールラントの農耕地帯へと向かった。その上空に差し掛かると、農耕地帯の一角に黒い煙が上がっているのが見えた。
「あそこだ!」二人が煙の上がっている場所に下り立つと、そこには、ステラのスーツを纏ったカストルが、ベガの警護の兵数人と交戦していた。
そして、逃げるでもなく、戦うでもない、死を覚悟したベガが毅然として立っていた。
「ベガ、下がれ!」
ユウキが叫んだが、彼は動かなかった。
「カストル博士、止めなさい! ベガの両腕は私が切り落とした。復讐なら、もう終わっているじゃない。ボルックスの事は私に任せて頂戴、彼なら必ず立ち直れるわ!」
ステラの懸命な声も、復讐の鬼と化したカストルの心には届かなかった。
「ステラ様、邪魔をするなら、貴女達も倒すだけです!」
カストルは、そう言うなり、スーパー羽衣を起動させてベガに迫った。
ユウキがそれを止めようと戦闘モードになった時、ステラが止めた。
「ここは私に任せて。あのスーツ以上のパワーであなたが戦ったら彼は死ぬわ。死なせたくないの」
「それは僕も同じさ、でも、十倍のパワーの相手とどう戦うんだ……。危ないと判断したら彼を破壊するよ。サファイヤを悲しませたくないからね」
ステラの懇願に負けて、ユウキは引き下がった。
互いにスーパー羽衣を起動して、ステラとカストルの戦いは始まった。
カストルの十倍羽衣には、次元移動装置で侵入できないように、防御システムが組み込まれていて、次元移動装置は役に立たなかった。
彼女は、カストルの圧倒的なパワーの攻撃をかわしながら、ありったけの武器を試みたが、十倍羽衣の威力は凄まじく、悉く跳ね返されてしまった。
カストルはスーツの操作にも慣れてきたのか、徐々にステラを追い詰めてゆき、十倍羽衣がブンと唸り、ステラのスーツをかすめると、その衝撃だけで吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。
「ステラ、僕に任せろ!」
気が気でないユウキが飛び出し、片手を突き出してエネルギー波の発射体制をとった。
「まだよ! もう少し時間を頂戴!」
ステラは起き上がると、数百メートル上空まで飛び上がり、通常羽衣を起動して、ピンク色の帯を五メートルほどの一本の槍に変化させた。そして、その槍を翳しながら、上空から高速で一気に降下し、カストルのスーパー羽衣の中心部に突き立てた。エネルギーとエネルギーの衝突で凄まじい閃光が走り、衝撃波で辺りの物が吹き飛んだ。
ステラは、その槍に全エネルギーを集中させ、両腕に力を入れると徐々に槍がスーパー羽衣のシールドに食い込んでいった。だが、カストルがパワーを上げると、その槍はすぐに押し返されてしまった。
カストルの十倍羽衣のパワーにステラの槍が溶けだした。
「ステラ、槍が持たないぞ!」
ユウキが叫んだ次の瞬間、ステラは修羅化し、一気にカストルのスーパー羽衣を槍で突き通すと、槍の先からレーザービームを発射してカストルを撃った。そして、スーパー羽衣が一瞬消えたのと同時に、ステラは、落下しながら、カストル目掛けて槍を振り下ろした。
カストルのスーツは切り裂かれ、彼はドッと、その場に倒れ込んだ。
ステラが倒れたカストルを抱き起した時には、既に修羅化は消えていて、優しいステラの顔に戻っていた。
「ステラ様、申し訳ありません。弟の苦悩を見ていられなかった、自分の怒りの衝動を抑えることが出来なかったのです。この上は、ステラ様の手で死なせて下さい」
カストルは、涙ながらに、ステラの手を取って懇願した。
「馬鹿を言わないで! あなたが死んだら誰がポルックスに寄り添ってあげられるの。あなたしかいないでしょう」
涙がステラの頬を伝いカストルの頬に落ちた。「ああ、暖かい……」ステラの温もりがカストルの凍った心を溶かし、身体全体を包み込むと、彼は肩を震わせて泣いた。ステラは、彼の心に寄り添い、そっと抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫よ。一からやり直すのよ、ボルックスの事は私に任せて頂戴。いいわね」
彼の両親は、二人とも開戦時の空爆で死亡していた。その事も今回の暴走のきっかけになったようだ。
暫くして、ライト王国からストレンジ博士と兵士達に付き添われたポルックスが到着した。
「兄さん、よかった、生きていたんだね。見てごらん、ステラ様に貰った義足だよ。すごいだろ!」
ポルックスが歩いて見せると、まさかといった顔のカストルが駆け寄り、固く抱き合った。
「お前、歩けるのか? ……そうか、歩けるのか、よかったなあ」
ストレンジ博士が、二人に近づいた。
「カストル、少し頭を冷やしたら、また一緒に研究をしよう。今度は平和の為に役立つものをな」
「ストレンジ博士……」
あとは言葉にならなかった。
カストルが兵士達に逮捕され、ライト王国へ帰ってゆくと、ユウキがベガに話しかけた。
「議長、すまなかったね。土地を破壊してしまったお詫びに、開墾を手伝うよ」
カストルが暴走して、破壊の限りを尽くして、辺りはひどい事になっていた。
ユウキは、開墾の青写真をベガから聞くと、フレアとルナを呼び出した。
彼女たちは、魔法のように、木を伐り、丘を平らげ、石を分別し、水路を築いて、地平線が見えるほどの広大な農耕地帯を一時間ほどで作ってしまった。
「ありがとうございます。これで皆が喜びます」
ベガの笑顔に送られて、ステラとユウキは帰路に着いた。
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