戦士ステラ

安田 けいじ

第1話 異世界との遭遇

 小高い丘を越えて、田畑を突っ切ると山の麓に出る。その、山と山との間に小さな谷川が流れていて、谷川に沿って細い山道が続いている。空を見上げると、青空に溶け込んだ上弦の月が、薄っすらと見えていた。

 秋も深まる山道を、二人の青年が登っていた。彼らは、美しい紅葉に目を奪われ、小鳥の囀りや谷川のせせらぎに心を洗われながら、山道を進んだ。

 暫く登ると急に視界が開け、そこには谷川を塞ぐように高い石垣が築かれていて、その向こうに大きな池があった。

 池には、山肌を飾った紅葉が水面を赤く染めていて、その水面の赤を切るように、赤と黒の大きな鯉が並んで泳いで行くのが見えた。

 この池は、谷を堰き止めて作った人工の池で、数十メートルに渡って何層もの石垣が築かれており、城跡を思わせる造りになっていた。池の大きさは周囲五百メートル位の小さなものだが、透明度は低く神秘的な緑色をしていて、巨大な恐竜がぬっと顔を出しそうな雰囲気があった。

 彼らは、池の辺の石垣に腰を下ろすと、持って来た釣竿を取り出し、釣り糸を垂らした。 二人は、高校の時からの同級生で、部活でも拳法部で技を競い合った仲だった。同じ町に住んでいる事もあって、社会人になった今でも、拳法道場で汗を流したり、飲みに行ったりと、仲のいい親友だった。

 彼らの名前はユウキとケンジ。二人共、百八十センチと長身で、拳法で鍛えた逞しい身体をしていたが、ケンジの方は酒が好きな事もあってか、最近太り気味になって来ていた。 一方ユウキは、本が好きな文学青年という一面もあった。今年二十五歳になるが、お互い不器用で彼女の一人も今は居なかった。

 今日は、この溜池で鯉でも釣ろうと、ユウキの方が誘ってやって来たのだ。

 フナは面白いように釣れていたが、鯉は釣れなかった。二人が、あんまり大きな声ではしゃぎすぎた為か、途中からウキは沈まなくなってしまった。

「ユウキ、鯉どころかフナも釣れなくなったぞ」

 ケンジが言ったその時、彼のウキがズボッと水中に消えて竿が大きく撓った。ケンジは顔色を変えて夢中で魚と格闘していたが、次の瞬間、プツンと糸が切れてしまった。

「今のはすごかったな。恐らく大きな鯉じゃないか?」

 ユウキが残念そうに言うと、

「逃がした魚は大きい……か、それにしても凄い引きだったな」

 ケンジは、興奮冷めやらぬ表情で、残念そうに池の底を覗き込んでいた。

「今日はこれくらいにして、飯でも食って帰ろうや」

 ケンジは竿を投げ出して、コンビニで買って来た弁当や菓子類の入った大きな袋をリュックから取り出し、ユウキの傍にやって来た。

 二人は、草むらに腰を下ろして弁当を食べ始めた。次に、パンや菓子などを次々と口に放り込み、五分も経たぬうちに全て平らげ、ペットボトルのお茶を最後に流し込んだ。

「山で食べる飯はうまいなあ」

 ケンジが言うと、ユウキも相槌を打った。

 二人は、草むらに、ゴロっと仰向けに寝転んで、手枕で青空に浮かぶ秋の高い雲を見上げた。そして、目を閉じ耳を澄まして、小鳥の囀り、木々を撫でる風のささやき、魚が水面に跳ねる音などを聞いている内、気持ちよくなって微睡みそうになった。

 突然、賑やかだった小鳥たちの囀りがピタリと止んで、沈黙の世界となった。

「おやっ」とユウキが違和感を感じ、目を開けたその時だった。

「ドカーン!!!」という凄まじい爆発音が耳をつんざいて、衝撃波が彼らを襲った。

 二人は、コンクリートに叩きつけられたような衝撃を受けて、数メートルも吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。耳がキーンと鳴って、身体中に痛みが走った。

 彼らは、顔面蒼白になって地面に這いつくばりながら、何が起きたのかと顔を見合わせた。

「ユウキ、今のは何だ!?」

 ケンジが必死の形相でユウキに向かって叫んだが、ユウキは、爆発の衝撃で耳が麻痺して聞き取れなかった。

「何か池に落ちたように思ったが……」

 ユウキが、ふらつきながら立ち上がり水面を見ると、広範囲に白く泡立っていて、大きな波が岸辺に押し寄せていた。

 その時、赤い物体が池の中から水飛沫を上げて飛び出して、十メートルくらいの空中に静止すると、ユウキ達をジロッと睨んだ。彼らは恐怖を感じて、先を争うように木の陰に逃げ込んだ。

 それは、胸の盛り上がりや腰の括れがある女性型のロボットのようだった。赤い孔雀が羽を広げたような模様が描かれたボディに、頭部のマスクには青い目が不気味に光っていた。

 赤い彼女は池の底を窺っていたが、突然、左手を池に向かって突き出し、オレンジ色の光線を連続して一気に放つと、鈍い爆発音と共に幾つもの水柱が激しく上がった。

 次の瞬間、赤い彼女の攻撃にたまりかねたように、水中からもう一体の銀色のロボットが飛び出した。

 それは、膝、肘、肩、胸にプロテクターを着けた戦闘用のロボットで、身長は二メートルを越えて大きかった。

 二体のロボットは、青白く輝くビームサーベルを取り出すと、空中でぶつかり合った。

 銀のロボットの巨体から繰り出すビームサーベルが唸ると、赤の彼女もサーベルで応戦して、激しい打ち合いとなった。

 ビームサーベルがぶつかり合う度に火花が散り、キーンという音と共に、その衝撃波が空気を震わし、山の紅葉を散らした。

「一体あいつらは何なんだ!?」ユウキとケンジは、木の陰から固唾をのんで、その闘いを見つめるしか無かった。

 二体のロボットは、高速で空中を飛び、ビームサーベルや、手から放つ光線を打ち合って戦闘は続いた。

 次の瞬間、不意に銀のロボットの胸から巨大なビームが放たれ、赤の彼女の身体を焙るようにかすめると、彼女はグラッとバランスを崩した。一瞬の隙を突いて、銀のロボットのサーベルが赤の彼女の頭目掛けて振り下ろされた。

 赤の彼女は瞬時に体勢を立て直すと、その攻撃を打ち返し、銀のロボットを打ち砕かんばかりに、渾身の力でサーベルを振り抜いた。

 「ドガッ!」と、互いの身体が激突した瞬間、銀のロボットの首は斬られ、吹き飛んでいた。

 だが、頭を失っても、銀のロボットの太い腕は赤の彼女を抱きすくめて離さなかった。赤の彼女は、それを振りほどこうと懸命にあがいていたが、突然、銀のロボットは凄まじい火炎と共に大爆発を起こして、木っ端みじんに吹き飛んだ。自爆である。

 ユウキとケンジはその衝撃波に襲われ、気を失ってしまった。

 どれくらいの時間が経ったのか、ユウキとケンジが目を覚ますと、軽傷ではあったが身体のあちこちに傷を負っていた。

 辺りを見渡すと、池の周りの木々は黒く焼け焦げ、土手に大きな穴が開いていて、あんなに綺麗だった景観は一変していた。

 赤の彼女も吹き飛ばされ、ユウキの目の前に転がってピクリとも動かなかった。真っ黒に焼けただれた赤の彼女の身体からは蒸気のようなものがシュウシュウと出ていて、頭部のマスク部分が外れて女性らしき顔が覗いていた。

「ケンジ、こいつは人間だぞ! ロボットじゃない!!」

 ユウキの叫びに、ケンジも近寄って来て彼女の顔を覗き込んだ。

「本当だ、どうする?」

「とにかく、助けよう」

 ユウキが意を決し、揺り起こそうと戦闘スーツに触れた瞬間「アチッ」と手を引いた。高温で触れないのである。彼らは、リュックの中身を放り出すと、それをバケツ代わりにして水をかけ続けた。もうもうと立ち上がる蒸気が収まると、何とか触れるまでになった。

「おい、大丈夫か!」

 ユウキが、彼女の身体を何度か揺すり、声をかけたが反応は無かった。顔に耳を近づけると、息はしているようだった。

 ユウキ達は、ともかくも病院へ連れて行こうと、彼女を代わる代わる背負い、山を下り始めた。戦闘スーツを着たままの彼女は、見た目ほどは重くなかった。

 三十分程で麓の駐車場に辿り着くと、幸い辺りに人は居なかった。二人で、彼女を車に乗せて病院へ走らせようとした時、彼女の意識が戻った。

 彼女は、警戒心を露わにしてユウキ達を睨むと、苦しそうに、車のドアを開けて外へ出ようとしたが、そのまま地面に倒れてしまった。ユウキは、慌てて車を降りて彼女を抱き起した。

「心配するな、これから病院へ連れて行くからな」

 そう言うと、彼女は何かを喋ったが、聞きなれぬ言葉だった。ユウキがジェスチャーで言葉が分からない事を伝えようとしていると、彼女は、再び気を失ってしまった。

 ケンジが運転し、ユウキは後部座席で彼女を抱きかかえて、街の病院へと運んだ。

 病院に着く頃に、ユウキは、戦闘スーツを着たままの彼女を抱きかかえていた、右手の硬い感触がフッと消えて、柔らかいものが触れたと感じた。見ると、赤い戦闘スーツは何時の間にか消えていて、彼女は黒い全身タイツ姿になっていた。左手の指には赤い指輪が輝いていた。

 医師の見立ては、全身打撲と軽い火傷の為、暫く安静が必要だと言った。彼女は、そのまま入院となり、ユウキとケンジも傷の手当てを受けた。

 病院には、ユウキの知り合いの外国人だと言って個室を用意してもらい、その夜はユウキが付き添う事になった。

 彼女は顔をしかめながら、訳の分からぬ言葉を喋っていたが、ユウキがその手を取って優しく撫でてやると、安心したように寝息を立てだした。

 ユウキは、彼女の寝顔を見ながら、昼間の事を思い出して、この女性をどうしたものかと考えていた。あの銀色のロボットにも人間が入っていたなら殺人になり、彼女を警察に届けない訳にはいかない。しかし、彼女は果たして地球人なのかという疑問が次に湧いて来た。あんな戦闘スーツが、地球にあるとも思えなかったからだ。

 色々考えたが、結局、どうしていいのか判断がつかず、彼女の意識が戻ったら、意思の疎通ができるよう努力してみようと考えながら、ベッドの横で眠りについた。

 翌日、意識を取り戻した彼女は、ユウキの顔を見ると、厳しい視線を崩さなかった。

 ユウキは、身振り手振りで意思疎通を試みたが、名前の「ステラ」以外の事は何も分からなかった。

 彼女は、身長は百七十センチくらいの目鼻立ちの整った美人で、栗色の髪のショートカットに、緑色の宝石の様な瞳が特徴的だった。その顔には、苦難を耐え抜いてきたような厳しさや威厳のようなものがあって、笑顔を見せる事は無かった。

 その内、ケンジがやって来て、気が付いた彼女を見て言った。

「元気そうじゃないか、凄い美人だな。流石に戦士だけあって鍛えられた身体をしているな。

 ところで、例の溜池が破壊された事が、ニュースに載っていたぞ。警察も調べているようだが、彼女の事を警察には連絡したのか?」

「いや、まだだ、退院する時でいいだろう。今、変に刺激して暴れられたら大変な事になるからな」

「そうだな。ここは、黙っていた方がよさそうだ」

 ユウキとケンジは、それからも、毎日仕事の帰りに彼女を見舞ったが、その間も会話は出来なかった。

 そして、一週間が経ち、身体が動くようになると、彼女は忽然と病院から姿を消した。

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