F∴A∴凛香とフーミンの事件簿

砂樹あきら

第1話

僕はぼんやりしてパチパチッと音を立てて燃え上がる炎を見ていた。


鼻をつく焼け焦げた匂い。

何だろう?

焦げ臭い。

パパがBBQでよくやっちゃう網にお肉を乗せ過ぎちゃって、美味しいお肉を消炭になるまで焼いてしまった匂いのような…

よく目を凝らしてみると大きな釜が大きな焚火の上にあった。

すっごいおっきいなぁ。

僕が2人悠々と入れそうなくらい大きく深い、しかも取手のない釜。

何を作っているんだろう?

料理?

料理だったらこんな焼け焦げた匂いしないはず。

もしかして、直火だから火加減を間違ったのかもしれない。

もうちょっと近寄って見てみよう。

ぐるっと辺りを見回す。

暗くて何も見えない。

焚火でぼんやりと浮かび上がる壁や窓枠。

炎が揺れるたびに、僕の影や目の前の大きな釜の影も揺れる。

まるで悪魔がこっちを見ているみたいに!

悪魔⁉︎

大きな角が2本見えた。

頭からニョキッと生えている。

僕は、背筋にゾクッと冷たいものを感じて弾かれたように釜の反対側にも目をやった。

ここは、どこだ?

ここって?

建物の中だ!外じゃない!

それも四角い部屋の中じゃない。

天井がすごく高い八角形の変な形をした建物の中で焚火が燃えてる。

僕は火事の場所に居合わせたのか⁉︎

そんな!

ここから逃げなきゃ!

僕は踵を返して、焚火と釜から遠ざかろうと走り始めた。

怖かったけど叫び声はあげられなかった。

口からも喉の奥からも声は出なかった。

唇がパクパク動いたけど言葉にはならず、まるで時間がストップモーションのようにゆっくりになった気がした。

逃げよう!

ここから離れるんだ!

そう思ってそれはもう必死に手足を動かしたんだ。

水泳が苦手な僕が身体中の筋肉を総動員してクロールでも平泳ぎでもバタ足でもない、とにかく体の全部のパーツを必死に動かして泳ごうとしているように走った。

これ以上ないってほどの機敏さで。

でもなんだか1ミリも前に進んでいない気がした。

前に足を進めても、後ろへ倍戻されているような感じだ。

あっ‼︎

口の中が急にジャリッと音をたてた。

舌の上でも奥歯でもザラザラという砂の味がした。

僕は転んだんだ。

何かにつまずいて、次の瞬間には土埃を上げながら床に横たわっていた。

鼻の中まで土埃の埃っぽさでむせ返る。

床は木の床ではなく、硬く固められた粘土質のそれだった。

床ではなく、ここだけがなんだか砂場のような感じだ。

膝も肘も擦りむいて痛い。

きっと血が滲んでるに違いない。

掌の小指に近いちょっとこんもりと盛り上がった場所まで擦り傷だらけだ。

何につまずいたのか体を起こして、足元を見てみた。

黒くて丸いものが僕の足元に転がっていた。

本当に黒一色だ。

「なんだ?これ?…」

サッカーボール?それより小さい。

丸い…まん丸ってわけじゃない。

どっちかっていうと楕円形?

上が大きくて下がそれよりは小さく見える。

手を伸ばしてその黒い物体に恐る恐る触れてみた。

「あ、熱っ⁉︎」

伸ばした手を反射的に引っ込めた。

燃えているように熱かった。

思わず手を見ると煤で真っ黒になっていた。

火傷するほど熱かった物体。たった今まで、まるで火にくべられていたかのようだ。

「焼けて…た?なんで?………なんだ、これ?」

今度は仰向けになって、おっかなビックリと足で小突いた。

小突くとその丸いものは半分にパックリ割れた。

正確にはちょうど置き物の蓋がズレて外れたみたいに…均等ではなく。

上半分と下半分。

下半分の方が明らかに容量が大きく見える。

嫌な予感しかない。突っつかないほうがよかっただろうか?

そうは思っていても手足が勝手に動く。

僕の頭の中にある恐怖と好奇心がせめぎ合ってる。

こわいんだけど、知りたい。

知りたいんだけど、こわい。

.....

ちょっと待って。

突然、頭が冷静になる。

それよりも、どうしてこんなところに僕は一人で居るの?

今、何時?

もしかして、これ、夢なんじゃ?

夢だよ!夢っ

お気楽極楽な思考の展開が止まらなくなった。

僕の精神が異常事態に耐えられなかったようだ。

!?

キラっと暗闇の中で何かが白い光を放った。

黒く丸い物体の真ん中。

色はわからないけど黒ではない色、艶やかでちょっとぶよぶよしたものの真ん中に埋もれるように先を出して光っている「何か」だ。

「え?何?これ?」

僕は向きを変えて頭を黒焦げの物体に近づけて注意深く見入った。

小指の爪くらいの大きさ。

小さい。本当に小さい。

ガラスのように透き通っていて、水晶のように硬そうな滴のような形をした輝く物体だった。

周囲の暗さを吹き飛ばすような明るさを放っている。

眩しくて僕は思わず左手を前に出して、光を遮った。

指の隙間から見えた黒い物体の正体を見て、信じられなくなった。

窪んだ穴が線対象に2つ。

下向きのハートの形をした穴が1つ。

そしてきれいに生えそろった歯…。

顔から血の気がひいていくのがわかる。

これ、人間の頭蓋骨だ!

頭蓋骨のなかにあるこの輝く物体…を取り巻くのは、脳だ!

これ、人間の頭だ!

「うああああああああああぁ‼︎」

ここから逃げよう!

ここから立ち去らなきゃ!

ここにいたら僕も同じ目に合うに違いない!

ここには悪魔がいる!

僕を狙ってる!

踵を返して立ち上がろうと手を地面に思いっきり叩きつけた。

ガクッガクッと何度か膝から地面に体が落ちた。

あまりのことに膝が笑っている。

思うように動かない。

足が前に出ない。

それでも逃げないと!

ここから離れないと!

と、その時。

コツ コツ コツ。

音が耳元ではっきり聞こえた。

硬いものがぶつかる音が3回。

同時に3つのものではなく、刹那の間をあけて時間差があった。

僕は何だ?と思いながら、逃げようとする意識からその音の方へ注意が向いてしまった。

僕の触覚は何か硬いものが額にぶつかった気がしたんだ。

動かしていた脚を止め、茫然と立ち尽くした。

俗に言う、鳩に豆鉄砲状態。

足元を探すけれど、暗くてよく見えない。

硬いものが3つ落ちているはずなのに。

コツ コツ コツ。

また、音が耳元ではっきり聞こえた。

僕は目を見開くしかなかった。

だって、僕の右手の中に豆粒くらいの小石が3つ、握られていたんだから。


それ以上は、何も思い出せない。

僕は意識を失った。

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