第10話 試験の前日

 時が経つのは早いもので、試験本番がもう明日にまで迫っていた。


 昨日は特訓を重ねることで【遅延発動】という能力を習得することができた。魔法を放ってからそれが実際に発動するまでの時間をズラすことができるというものだ。


 魔法陣が見えなくなる【不可視の魔】と魔法を口に出さなくて良くなる【脳内詠唱】を所持している僕にとって強力な能力となるだろう。



「だれ?」



 庭の草木がガサガサと音を立てた。この辺にペットの魔物は少ないから、おそらく人だ。

 実際、声をかけると木の後ろからアテスが出てきた。



「なんだ、アテスか」

「や、やぁ。その、六日ぶり!」

「僕達が六日も顔を合わせなかったなんて、ほぼ初めてじゃない?」

「そうだよね。……すこし、話できる?」

「なに、改まって。全然いいけど」



 僕とアテスは昔からよくしていたように、この庭にあるベンチブランコに揃って腰をかけた。

 アテスはあの日と同じように、明らかに浮かない顔をしている。

 


「それで、話って?」

「これはギアルにだから言えることなんだけど……実はボク、魔導剣聖になったこと、恐くて仕方ないんだ。だって……」

「いや、なんとなくわかってたけど」

「え、そう?」

「何年来の付き合いだと思ってるの」

「そ、そうだよね。うん。ギアルにはわかっちゃうか……」

「愚痴なら聞くから、不安に思ってること全部吐き出しなよ」

「ありがとう」



 アテスは話し始めた。

 自分自身は『剣士』でも『剣豪』でも、『魔法使い』でも『大魔導師』でも、あるいらその他の職人系の職業でも、どの才能か判明した時点でそれを全うするつもりだったと。


 しかし、時代によっては『勇者』と同じ扱いをされる『魔導剣聖』は許容の範囲外。国から直接スカウトされ、先生方や周りの目も恐くて仕方がないらしい。


 そして最上級職の『賢者』や『剣聖』、それ以上である『魔導剣聖』となり国からスカウトされた人物は、国のために活躍するよう、ハードな特訓生活を強いられるようになる。

 こうして、将来有望な人材は国から逃げられないように縛られる。


 僕だって、まともな『大魔導師』だったら国一番の冒険者ギルドに入ることになっていたし、その上である『賢者』だったら今のアテスと同じ境遇に立っていたことだろう。



「期待が、みんなの期待がボクを押し潰そうとしてくるんだ。ボクに期待しすぎてるんだ」

「アテスが『魔導剣聖』なのは備わっていた才能の賜物だと思うけどね。アテスは十分すごいんだよ」

「ありがとう。……ねぇ」

「うん?」

「実はボク、この六日間ずっと学び舎にいて、先生方から直接指導を受けていたんだ。伝説になれる存在として、城へ行っても恥を書かないようにって」

「あー、通りで見なかったわけだ」

「そう、そういうこと。今日は試験前日だからお休みをもらったの。……ボク、学ぶこと自体は嫌いじゃない。ずっと前からギアルに散々、その大切さを教えられてきたし。でもやっぱり……」

「許容の範囲外?」

「うん……」



 この六日間、ずっと先生方から期待されて、期待され続けて過ごしてきたんだろう。

 僕に「出世してこの学び舎を有名にしてくれ」と直接言い続けてきた校長に率いられてる人達だし、そのプレッシャーは想像を超えるほどだと思った方が良さそうだ。

 普段は元気で明るいアテスをここまで弱らせるなんて……。



「……聞きたいことがあるんだ、ギアルに」

「なんでもどうぞ」

「ありがとう。……なんでそんなに元気そうなの? ボク、実はギアルはボクとは別の形で凹んでるんじゃないかなって思ってたんだ。ホントは今日はお互いに慰め合うつもりでここた来たんだよ。だって魔法使い系で魔法が一種、しかもそれが補助魔法だなんて、そんなの……」

「何もできない?」

「うん、ボクだったら挫折してる。でも違うみたい。なんか、すっごく楽しそう。ここまで楽しそうにしてるギアル、ボク初めてみたよ」



 アテスからもそう見えるのか。でも初めては流石に言い過ぎだ。いままで僕があんまり楽しそうじゃなかったみたいな……いや、思い返してみればそれもその通りなのかも。

 理由を答えてあげたほうが、スッキリするよね。



「うん、夢ができたから」

「夢? どんな夢?」

「この世界で最強になるって夢」

「……この状況でそれを目指すの?」

「無理だと思う? 諦めたら終わりだよ」

「……!」



 アテスはひどく驚いているようだ。目の挙動が忙しなくなっており、僕の顔や身体を信じられないとでも言いたげに眺めている。

 しばらくして、アテスは何かを思い出したような表情を浮かべると、再び言葉を紡ぎ出した。



「……お母さんから聞いたんだ。マーねぇがギアルのこと『大天才だ!』って言ってるのが聞こえた気がするって。もしかして……?」

「あー、やっぱり聞こえてたんだ。恥ずかしい」

「ホ、ホントなんだ。ってことはギアル、速度魔法だけで戦えるような準備ができてるんだね?」

「うん、できてるよ」

「そっか……そうなんだ……」



 アテスは、今度は体をワナワナと震わせ始めた。震えたまま深呼吸を一つすると、僕の顔だけをジッと見つめ始めた。そのクリクリと大きく見開いた眼には僕の顔が映っている。



「最強に、ほんとになるつもりなんだね?」

「もちろん」

「……そっか、本当だったらボクより辛い状況でもおかしくないギアルがそう言うんだったら……わかった。ボクも腹を括るよ」

「お、括っちゃうんだね」

「うん。ボクも最強を目指すことにする! 君と、どっちが先に最強になれるか競争する!」



 唐突な宣言。宣戦布告とも言えるのだろうか。とにかく僕は驚くことしかできない。さっきまでネガティブだったのに、もう立ち直っちゃうだなんて。



「『魔導剣聖』が最強を目指したらすぐ到達するんじゃない?」

「ふふ、ごめんね。でも君と競争してるって頭の中で思い続けたら、それを支えに頑張れる気がするんだ」



 そう言ってアテスは微笑んだ。アテスの笑い顔は久しぶりに見た気がする。やっぱり、この明るい笑顔こそが僕の知ってる親友の姿だ。



「なるほど、わかった。心の支えにならいくらでもなってあげる。……でも、負けるつもりはない」

「もちろん、競争だからね! でもどうしてだろう、今更ふつふつと……ギアルがボクにとって本当に好敵手になるような気がしてならなくなったよ」

「ああ、きっと、そうなるさ」



 アテスはブランコから勢いよくジャンプして降りると、つい数十分前とは違い、スキップしながら隣の自宅へ僕に手を振りながら戻っていった。

 親友で、幼なじみで、『魔導剣聖』がライバルか。

 ああ、本当に僕は運がいい。こんな素敵なライバルを得ることができるだなんて。








==========

(あとがき)

※次の投稿は明日の午後6時と午後11時にそれぞれ二本、計4本です。



『魔導剣聖』について


 魔導剣聖は上級魔導師+剣聖の力を有しています。


 以前、説明した倍率の設定で言うと、

 魔導剣聖=剣の扱い×1.80 + 魔法の扱い×1.20

 となり、このように剣では剣聖に弱冠劣り、魔法では上級魔導師や上級魔法使いに若干劣りますが、両方使えるので非常に強力な存在です。


 また、この職業も実は4段階目のものであり、前段階として『魔法剣士』→『上級魔法剣士』→『大魔剣士』と続きます。

 魔剣士の倍率は剣の扱い×0.90 + 魔法の扱い×0.90です。



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