僕とトカメラさん

Wkumo

夏のあの日

「来い~来い~」

「君たち、何してるの?」

「怪獣を呼んでるの!」

 楽しそうな子供たちに僕は一つ、頷いてみせる。

「ほら、怪獣が来たよ」

 これで喜んでくれるはず!

「え、どこに?」

「見えないよ~」

「いや、僕が怪獣だよ」

「お兄ちゃんが~?」

「うそだ!」

「うそだ~!」

「絶対うそ!」

「ほ、本当だよぉ……」

 子供たちの勢いにたじたじとなる僕。近頃の子供は強いな。いや、今も昔も子供はエネルギッシュだし強い……ってそうじゃなくて、

「僕は怪獣だよぉ……」

「うーそー!」

「うそついたお詫びにお兄ちゃんも怪獣呼ぶの手伝って!」

「え、ええ~……」



「この銀行は怪獣グループが乗っ取った!」

「怪獣は出てこい! 手伝ってもらう! お前は怪獣、お前も怪獣だな! 来い!」

「あの~……」

「何だ」

「僕も怪獣なんですけど」

「助かりたいと思ってつまらん嘘をつきおって! 許さん、」

「ひぇぇ」

「何!?」

 僕は咄嗟に尻尾で銃を奪い取った。

「ちょっと、いい加減にしてください」

「最近の付け尻尾は高性能と聞いたが……ここまでとは。おい、」

「ひえ!」

 指示を出そうとする怪獣を尻尾で吹き飛ばし、他の銃を持っていた怪獣たちから銃を全て奪い取る。

「い、命が惜しくなかったら、降参してください」

「何だと! 人間ごときが!」

「だから怪獣って言ってるじゃないですかぁ、なんで信じてくれないの」

「人間ごとき! 我々の方が上位存在であるのに舐めくさった口をきき、我々を顎でこき使う! 我々は人間に……」

「だから!」

 銃を怪獣たちの頭と思しきところにどすんどすんと叩きつける。

「僕は怪獣なんですってばぁ!」

「……」

「気絶しちゃった……」

 後日なんか賞とかもらって、怪獣は賞とかもらえないことになってるから僕は必死で怪獣ですと言ったんだけど、無駄だった。

「いやぁまたまたご冗談を。人間でしょ、君。はっはっは!」

「はぁ……」



「それで私のところに来たわけか」

「怪獣らしい怪獣と会えば何か掴めるかと思って……」

「そう言われてもな……君のそれは充分個性だと思うが……」

 怪獣トカメラが僕の尻尾を見て言う。

「人間の間で付け尻尾つけるのが流行っちゃって今どき珍しくないんですよ……」

「ううむ……しかし君が人間で通るのであれば、そう言っておけば生活上支障はないのではないかね、我々と違って溶け込めるのだから……」

「いや実際尻尾とかあったら不便ですし……人間と違って外せるわけでもないし……」

「微妙な困り感が君の宙ぶらりんさを生んでいるのだな……」

「そうなんですよ……」

「困ったな……」

 こまったな、と初夏の昼下がり、ガレージの下で僕らは顔つき合わせて二匹で悩んだ。



「相変わらず皆、僕のことを信じてくれない」

「困ったものだ」

 僕に紅茶を淹れてくれながら、トカメラさん。

「ミルクは少しだったな」

「あ、そうです、ありがとうございます」

「砂糖はいつも通り自分で入れたまえ」

「はぁい」

 テーブルの中央にある砂糖壺はトカメラさんの怪獣の手でも砂糖の調整がしやすいよう、蓋を開けると中蓋に穴が空いている。

 湿ってしまうのではないかと思ったが、そこは怪獣技術でなんとかしているらしい。

「使いやすいですね~これ」

「ユニバーサルデザインというやつだな」

「うんうん」

 さっさっと砂糖を振る。

 トカメラさんが自分の分の紅茶を持って椅子に座る。

「いただきまーす」

 口をつける。

 トカメラさんの淹れる紅茶はおいしい。

 それはここに通うようになってから発見したことだった。

 見た目から繊細なようには見えない(失礼)トカメラさんは細かいところが職人気質で、拘るところはものすごく拘る。拘らないところは拘らないけど。

 普段は壺とか作ってそれを売ることで暮らしているらしい。

 怪獣職人だ。

 そういうところに……



「トカメラさん、僕の話聞いてます?」

「そうやって度々確認するところは君自身の自己肯定感のなさを表しているのかね」

「いや僕に聞かれても」

「あ、すまん」

「いやそうかもしれないんですけど、でも……僕のこれは甘えなんですかねぇ」

「いや……だが甘えだと言えば君は泣くだろう」

「泣きませんよ! 子供じゃないんだから!」

「私からすれば子供のようなものだがな……」

「そうなんですか?」

「ああ。怪獣は長命だ。教わらなかったか?」

「両親は怪獣の話を全くしなかったので」

「なるほどな」

 トカメラさんはオーブンの中を確認しながら答える。

 今日は僕のためにマフィンを焼いてくれているのだ。

 トカメラさんはお菓子作りもうまい。



「トカメラさ~ん、海行きましょ」

「何か、すっかり私に懐いてしまったな、君……」

「だってトカメラさん優しいし!」

「いや優しくはないが……」

「トカメラさんといるとなんか楽なんですよね」

「楽? そんなこと言われたことないがな……」

「そんなことより海行きましょ!」

「君はなんでそんなに海に行きたがるのかね」

「え、トカメラさん海行きたくないですか?」

「行きたくないとは言っていない」

「トカメラさんと僕の共通点って海でしょう」

「……」

 トカメラさんは僕の尻尾を見、自分を見、そうだな、と言った。

 そして僕たちは海に行き、僕が海から襲来する怪獣ごっこをするのをトカメラさんはパラソルの下でメロンソーダを飲みながら見ていた。



 遠い海の記憶。

 僕たちのような恐竜型怪獣は昔、海に住んでいたという。

 海の底、大きなヒレと長い尻尾で身体のバランスを取りながら、魚を食べて過ごしていた。

 その頃は人間も生まれておらず、何も気にせず暮らしていられたのだろうか。

 僕もその頃に生まれていれば、人間だの怪獣だのと気にせずにすんだのだろうか。

 わからない。



「海、大きいですね……」

「どうした」

「いや……」

「……」

 トカメラさんが僕の頭の上に手をのせる。

 トカメラさんの手はごつごつしていて、乾いていて、気持ちがいい。

「お前にはお前のつらさがあるとわかってはいるのだがな」

「はい」

「私は、生まれたときからこうだったから、どうしても。君のことを羨ましいと思ってしまうのだ」

「……」

「こんな姿に生まれていなければ、排斥されることもなく、作品が差別されることもなく、普通の陶芸家として暮らしていけたのではないか、などと、こんな姿に生まれていなければ、しなくてもいい苦労をしなくてよかったのではないかと、そう思ってしまうのだ」

「トカメラさん……」

「すまない……しかしこれは私に染み付いた考えで、きっとこれからも私は君のことを傷つけてしまうのだろうと、そう思う。それが嫌なら……」

「離れませんよ」

「何」

「僕は……」

「……」

「なんでもないです」

 言いかけた言葉を飲み込んで、僕は目を閉じた。



「トカメラさーん! 山行きましょ山!」

「どうした、こんな朝っぱらから」

「いや僕昔ボーイスカウトに入ってたんですけど、昔の携帯整理してたらそのとき撮った写真が出てきて。行きたくなっちゃったんですよね」

「そうか、なら付き合う」

「そう来なくっちゃ」

 僕たちは準備をして、山に出掛けた。

 トカメラさんが山登りのセットを持っていたのは意外だったが、何かあったときのためにこういうものは最低限用意するようにしていたと言われ、トカメラさんらしいと思う。

「山の空気ってすごくいいですよね、都会と違って……月並みですけど、そういうところが僕が山好きな理由なんです」

「海だけではなかったのだな」

「ええ。山はいいですよ。トカメラさんは山、好きですか?」

「私か、私は……」

 トカメラさんは遠い目をした。

「……昔は好きだったが」

「今は?」

「今は、普通だな」

 すまないことをした、と呟くトカメラさん。

「……」

「いや……こっちの話だ」



「山の頂上と言えばやっぱりカップ麺ですよね!」

「む」

「用意してきたんですよ~! お湯もちゃんと魔法瓶に入れてきましたからね! はいこれトカメラさんの分!」

「君、それで私に怪獣箸を用意しろと言ったのか……」

「ええ」

「なるほどな」

 僕は容器の蓋を開け、お湯を入れ、閉じた。

「君は普段、カップ麺をよく食べるのか?」

「あんまり食べませんねー。自炊はしませんけど、普段は飲食店で食べてます。カップ麺は気が向いたときに食べるくらい」

「ふむ……」

 トカメラさんは顎に手を当てた。

 そして視線を上げる。

「頂上からの眺めっていいですよね。視界が広がって」

「そうだな」

「僕に翼があれば、この見える範囲全てに飛んでいけたのにって思います」

「乗せてやろうか?」

「え」

「私も普段は隠しているが、翼があるのだ」

「そうなんですか!? 初耳!」

「ほら、このように」

 みしみし、という音を立ててトカメラさんの背から翼が生える。

 傾きかけた日差しに照らされたそれはきらりきらりと輝く鉱物で覆われていて、

「……綺麗、ですね」



「乗せてもらっちゃってすみませんね」

「いや、君の希望は叶えてやりたいからな」

 カップ麺を食べた後、トカメラさんが帰りは私に乗って帰ると良いと言ったので、お言葉に甘えて乗せてもらうことにした。

「空も、空気が綺麗なんですね……」

「ああ。滅多に飛ばないが、こういう時は綺麗だとわかるな」

「滅多に飛ばないんですか?」

「人間たちから指をさされてしまうからな」

「ああ……」

「まあ、今はステルスをしているので問題ない」

「ステルスしてるんですか」

「君の分もきちんとしているから、安心するといい」

「うーむ、すごいですね……僕もそんな風に色々できる怪獣になりたかった……」

「君にはその尻尾があるではないか。しなやかで美しい、その尻尾が。しっかり捕まっていたまえよ」

「え…………はい」

 急に褒められて反応に困ったが、トカメラさんがなんか普通だったので僕も平常心を保とうとしたのだがやはり頬は熱くなるしで誤魔化すのが大変だった。



 夢を見た。

「おじちゃん、お皿作るのうまーい! 僕このお皿好き!」

「いや……私はまだ若輩者。しかし……気に入ったなら、差し上げよう」

「いいの!? ありがとう!」

「ああ。また明日」

「また明日ー! 必ず会おうね!」

 人間たちから追われた私は、その約束を守ることができなかった。



「トカメラさんトカメラさん」

「何だ、朝から騒がしい」

「ニュース見ました?」

「ニュース?」

「怪獣団体が怪獣宣言を出したって……」

「何?」

「僕たちこれからどうなるんですかね……」

「……君はこの街に残れ」

「なんで」

「これから、人間は怪獣の弾圧に乗り出すだろう。君は充分人間で通る。私のような怪獣は……去るのみだ」

「待ってくださいよ、あなたはいつもそうだ、僕を置いて。あのときだって。必ず会おうねって約束したのに」

「……?」

「神木の村。あの時の子供、僕です」

「……人間ではなかったのか」

「怪獣だったんですねえ」

「あの時は、すまないことをした」

「一目見たときにわかったんですよ、あの時の怪獣だって。それから僕は……」

「……」

「今度こそ連れてってください。今さら一匹にするなんて……僕は、そんなことがあったら、一生恨んでしまうかも、だって僕は、僕は、トカメラさんのことが……」

「……私のことが?」

「……」

「まあ……言いたいことはわかった。君の趣味が存外悪いということもな」

「やめてくださいよ自虐」

「ふ」

 トカメラさんは笑って、さっさと支度しろ、行くぞ、と言った。



 それから僕とトカメラさんは二人で旅の陶芸屋をやって暮らしている。

 二人の生活は思ったよりも楽しくて、休憩中に飲むトカメラさんの紅茶は相変わらずおいしい。

 あの時言えなかった言葉を僕が言ったのかどうかは……神のみぞ知る。

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