第876話 ボロフスカ(中編)

 バルシャニアの帝都グリャーエフから一旦影の空間に潜り、ネロに体を預けて星属性魔法で意識を空に飛ばしました。

 徐々に高度を上げて、地図で見たボロフスカの領地を目指します。


 海に突き出した半島、南西の斜面、亜熱帯の森までは特定出来ましたが、ボロフスカの城が見つかりません。

 コンスタンさんによれば、大きな岩山を繰り抜いて作った天然の要塞という話でしたが、森が広大だし、似たような岩山が沢山あるんだよねぇ……。


「何処だ? 森、広すぎぃ! えっと、川と街道が交わる……」


 グルグルと飛び回って、ようやくそれらしい場所を見つけました。


「てか、あれが城なの?」


 ボロフスカの城は、想像していたよりもはるかにスケールの大きな城でした。

 真上から見ると歪な楕円形をした岩山は、長辺が八百メートル、短辺が五百メートル程の大きさで、周囲を広い堀で囲まれています。


 堀の幅は広い場所で百メートル近くあり、多くの船が行き交っています。

 岩山側は川に沿って石垣が組まれていて、城に入るには一ヶ所しかない桟橋から上がるしか方法は無さそうです。


 対岸側には、いわゆる城下町が広がっていて、東西南北の四方向へと街道が伸びています。

 街の名はムメスといい、ボロフスカの古い言葉で『始まり』という意味があるそうです。


 岩山の高さは百メートル以上、その頂には、金色の屋根を持つ宮殿のようにも、寺院のようにも見える建物が建っています。

 いわゆる天守閣のような役割と、神殿としての役割があるそうです。


 岩山の山肌には、へばり付くようにして松に似た木が生えている一方で、人の手によって作られたバルコニーがいくつも見えます。

 内部を覗いてみると、外観からは想像できない程、多くの部屋が存在していました。


 中には、学校の体育館が二つぐらい入りそうなほど広い空間さえ存在しています。

 壁面には、男性にも女性にも見える中性的な立像が安置されていました。


 儀式的な装飾も施されていて、神殿としての機能も果たしているのでしょう。

 地球上に存在していたら、間違いなく世界遺産に指定されるでしょうが、ボロフスカの城の凄いところは、実際に使われ多くの人が城の内部で暮らしているところでしょう。


 コンスタンさんから聞いた話によると、岩山の高さによって身分が変わってくるそうで、一番上は領主一族、一番下には奴隷が暮らしているそうです。


「なんか、凄いなぁ……」


 ざっくりと内部を確認したところで、一旦意識を体に戻しました。


「ただいま、ラインハルト」

『ボロフスカの城は見つかりましたか?』

「うん、百聞は一見に如かず、とりあえず見てもらおうか」


 城の規模も大きいので、一人だけで偵察していると効率が悪いから、ラインハルト達にも探ってもらいます。

 影移動で、まずは城の対岸の街へと移動しました。


『この岩山が全て城ですか?』

『これは壮観……』

『分団長、調べ甲斐がありそうですね』

「じゃあ、手分けして、ボロフスカの内情を丸裸にしてもらえるかな」

『了解!』


 ラインハルト、フレッド、バステンの三人に偵察を頼み、僕は岩山の一番上から見て回ることにしました。

 岩山の頂上は、金色の屋根を持つ宮殿の他に、庭園や池まで作られていました。


 外周にそって回廊が作られていて、四方八方を眺めることが出来ます。

 北東側には更に高い山がありますが、南西側は遠く海までの眺望が広がっています。


「これは、正に領地を見下ろしている気分なんだろうなぁ……」


 宮殿は、東を向いた神殿部分を除くと、殆どが領主一族のプライベートスペースのようです。

 南側にある庭園を望む日当たりの良い部屋で、女官にかしずかれながら書類に目を通している中年の男性がいました。


 コンスタンさんが武官とすれば、典型的な文官タイプの体格で、口髭とヤギみたいな顎鬚を伸ばしています。

 この男が、ボロフスカの現当主ツィリルなのでしょう。


 ツィリルは、何かの書類を黙々と読み進めているのですが、周りにいる女官の衣装が露出度高すぎじゃないですかね。

 形としてはワンピースなのですが、背中が大きく開いていますし、前側は乳首こそ隠れていますが、谷間も脇乳も丸見えです。


 ワンピースの丈も短いですし、何より下着をつけていません。

 五人いる女官はいずれも豊満な体型で、そんな恰好をしながら、普通に事務仕事をしているのを見ると、企画もののAVかと思ってしまいます。


 ていうか、羨ま……いや、けしからん!

 こんな状況なのに、ツィリルも当たり前のように書類仕事を進めているって、ちょっと異常ですよね。


 僕なら秒で仕事を放り出す自信がありますよ。

 それとも、こんな肢体を見せつけられても、手を出せない理由があるんでしょうかね。


 だとしたら、拷問と言っても良いでしょう。

 ツィリルが、目の前に積まれた書類を全て読み終えると、女官が読み終えた書類を運び出し、別の女官が次の書類を持ってきました。


 その際、ツィリルの目の前で、たわわな乳房が揺れていましたが、目の焦点がボケた虚無の表情を浮かべていました。

 その感じからすると、この環境はツィリルが好き好んでやっている訳ではなさそうです。


「子孫を多く残すための伝統とかなのかな?」


 いずれにしても、書類の確認をしているだけで、ツィリルが女官と如何わしい行為に及ぶ気配は感じられません。

 そして、そんな部屋の隅で、気配を殺しているかのように、ひっそりと控えている小柄な男が宰相のカシュバルでしょう。


 女官がツィリルに渡す書類は、全てカシュバルが整えているようです。

 その後、ツィリルが確認している書類は、おそらく領地運営に関するものでしょうが、断片的に読み込んだだけでは、ボロフスカの内情を理解するのは難しそうです。


『大丈夫、後でまとめて調べ上げる……』


 いつの間にか、僕の横でツィリルの様子を眺めていたフレッドが言うのだから、ボロフスカの内情が暴かれるのは時間の問題でしょう。

 ツィリルの偵察をフレッドに任せて別の部屋へと移動すると、体格の良い男が女官を組み敷いていました。


 聞いていた風貌から推測するに、ツィリルの息子イグナーツでしょう。

 他人の行為を覗く趣味は無いのですが、激しく行為に及んでいる二人の横には、書類を整えて真顔で控えている女官の姿があります。


 こっちはこっちで、異様な感じがします。

 イグナーツには既に正室がいると聞いていますが、次の次の領主候補を増やすための措置なんでしょうか。


 それとも、女官たちが見守るなかで、イグナーツとの行為に没頭している女性が正室ってことはないよね。

 男性王族がこの調子ですから、もしかして女性王族も……と思って別の部屋へと移動すると、こちらは露出度控えめの女官がお世話をしていました。


 ツィリルの正室エーヴィアだと思うのですが、でっぷりと太って樽みたいな体型をしています。

 エーヴィアが横たわっている長椅子の正面に置かれたテーブルには、見るからに甘ったるそうな菓子が山積みにされています。


 横たわったままエーヴィアが菓子を指差すと、近くに控えていた女官が皿に取り分け、雛に餌を与える親鳥のように、口許まで運んでいました。

 ツィリルが物欲、イグナーツが性欲、エーヴィアは食欲といった所なのでしょうか。


 ボロフスカの目的とかは、ラインハルト達の調査を待たないと分からないと思うが、ここまで見ただけでもヤバそうな連中なのは確かでしょう。

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