第875話 ボロフスカ(前編)
ボロフスカはバルシャニアの一番南、海に突き出した半島部分に位置しているそうです。
海流の影響もあるのか一年を通じて温暖な気候で、山地の南西斜面に広がっているせいで一年を通じて雨が多く、領地の殆どは亜熱帯の森だそうです。
ボロフスカ族は古来より、この森に生える様々な植物やキノコ、動物、昆虫などから薬効成分を取り出し、薬として販売し生計を立ててきたそうです。
その中には、いわゆる麻薬の類も含まれていて、ボロフスカの麻薬によって滅んだ部族もあるのだとか……。
「お義父さん、ボロフスカは、なんでバルシャニアの現体制に反対しているんですか?」
「さて、理由ならいくつもあるが、今回はそのどれなのかは分からん」
「例えば、どんな理由があるんですか?」
「穀倉地帯を手に入れたいとかだな」
ボロフスカは、とにかく雨の多い地域で、穀物の栽培には適さない土壌だそうです。
雨が多いなら米の栽培なら出来そうな気もしますが、そもそも稲作を始めるには大規模な開墾が必要になりますが、そこまで労力を掛けたくないようです。
自分達が労力を投じて森を切り開くよりも、既に水田や麦畑になっている土地を奪う方が手っ取り早いという訳です。
「それは、余りにも身勝手だと思いますが……」
「そうだな。だが内乱を起こすような輩は、そもそも身勝手な連中だろう」
「確かに……他人に配慮する余裕があるなら、内乱なんて起こしませんよね。他には、どんな理由が考えられるんですか?」
「一番有力なのは、麻薬の取り締まりを厳しくした事だろうな」
「それって、例の魔落ちの騒動が関係してます?」
「そうだ、大いに関係しているぞ」
原始的な注射器を用いて、静脈に薬物を注入することで一夜にして人を魔落ちさせた騒動は、バルシャニアの各地で引き起こされていたそうです。
ボロフスカ族のヤーヒムという薬物研究者が手法を開発し、ムンギア族の過激派が実行に移していたようですが、これまでに捕らえられたのは末端の連中ばかりで、肝心の首謀者は捕まっていないそうです。
「奴らにしてみれば、政情不安を煽り、現体制の信頼を失わせようとしたのだろうが、現実には世間の薬物への忌避感が高まっただけだった」
「もしかして、それでボロフスカの薬の売り上げが落ちて、生活が苦しくなったとか?」
「その通りだ。麻薬の類だけでなく、普通の薬もなるべく使わないようになっている」
「それは、自業自得では?」
「我々から見ればそうだが、ボロフスカの内部では、魔落ちの騒動を引き起こしたのは、暴走した一部の人間であって、自分らとは関係無いと思っているらしい」
「そんな勝手な……そもそも麻薬だって禁止されているんですよね?」
「当然だ、あんな物を大っぴらに売られたら国が亡ぶわい」
とか言って、その麻薬も使ってリーゼンブルグを滅ぼそうとしていたのは、一体どこの誰だっけなぁ……。
「あれっ……」
「どうした、ケント」
「もしかして、バルシャニアがリーゼンブルグを狙っていた頃って、ボロフスカは麻薬の特需で潤ってました?」
「そうだな、言われてみれば、その通りだな」
「リーゼンブルグへの麻薬の密輸って皇家主導で行われたんですよね?」
「まぁ、そうだ」
「だとしたら、皇家の都合で、麻薬を増産させられ、計画が頓挫したら、取り締まりを強化される……では納得しないのでは?」
「なるほど……確かに、それはありそうだな」
バルシャニアを大手企業、ボロフスカを下請け会社と考えるなら、大手の指示で増産させられたのに、突然契約を打ち切られ、不良在庫を抱えた上に、販売規制を強化されたら、それは怒るのも当然でしょう。
コンスタンさんは、内政を担当させている第二皇子ヨシーエフに視線を向けました。
「ヨシーエフ、ボロフスカとの契約はどうなっている?」
「当初の予定で契約した分については買い取り、余剰分は廃棄処分いたしました」
「注文しておいたのに、受け取りを拒否したなどの事例は?」
「ございません。ですが、ボロフスカが勝手に増産を進めていた可能性はあります」
「その勝手に増産したかもしれない麻薬は、行きどころを失っているかもしれないのだな?」
「あくまでも推測であって、実際の所は分かりません」
どうやら、バルシャニア皇家が注文を踏み倒したという事例は無く、その代わりと言ってはなんですが、ボルフスカが勝手に増産して、勝手に不良在庫を抱えた可能性が浮上しました。
ただ、それだけで内乱を引き起こす理由になるかと聞かれれば、ちょっと弱い気がします。
「ケントよ、ここであれこれ考えていても、正解に辿り付けるとは限らんぞ」
「ですよねぇ、百聞は一見に如かず、現地に探りに行った方が早いですね」
「行ってくれるか?」
「バルシャニア皇家からは偵察要員を送り込んで居ないのですか?」
「ボロフスカの領内には入れているが、領主の居城までは入り込めていない」
行商などを生業とする者ならば、自分の出身部族以外の部族の領地に足を踏み入れるのは珍しくない。
ただし、領主の居城などに入り込み、捕らえられた場合には重大な取り決め違反になるそうだ。
互いの領地に入るのは自由だが、領主の居城については相互不可侵の取り決めがなされているらしい。
それを破るということは、敵対の意思だと思われても仕方ないらしい。
ただし、僕なら影移動でどこでも入っていけますし、痕跡も残しません。
内乱の兆しを見せるボロフスカが、実際には何を考えて行動しているのか、ちょっと探りに行きましょう。
コンスタンさんに、ボロフスカを含むバルシャニアの地図を見せてもらったのですが、正確に測量したものではないので、位置関係を含めてだいぶ雑な地図に見えます。
まぁ、星属性魔法で意識のみを飛ばして、上空から眺めれば一番大きな町にある一番大きな城だそうなので、然程苦労せずに見つけられるでしょう。
「ボロフスカの城を探りに行くのは構いませんが、その前に主要な人物について教えてください」
「よかろう。ボロフスカの現当主は、ツィリルといってワシより二つか三つ年下だ。似合わないヒゲを蓄えておる」
ツィリルはコンスタンさんのようなマッチョではなく、線の細いタイプのようです。
「ツィリルの息子イグナーツが、次の族長だと言われている。イグナーツは父親には似ず、拳で語るタイプだと言われておる」
「グレゴリエさんの元婚約者は、なんて方なのですか?」
「サラヴェナだ。こちらは父親に似て理性的に行動するタイプだそうだが、行商人から仕入れたネタだから、裏の顔までは分からん」
「ツィリルやイグナーツを補佐する宰相のような人物はいますか?」
「カシュパルという陰気な男だ。常にツィリルに影のように付き添っている小男だ」
「他に重要人物は?」
「ワシの知る限りでは、この四人の他にツィリルの女房エーヴィア、次男のクピーチェクあたりだろう」
ボロフスカの族長ツィリルの家族や、実務を補佐するカシュパルなどの容姿や性格などを教えてもらい、現地に赴く事になりました。
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