第871話 ドノバンの思惑
※今回はドノバンさん目線の話になります。
世の中には自分で意図しなくても目立ち、周囲に影響を及ぼす者がいる。
ここヴォルザードで、もっとも世間に影響力を発揮している人物は、間違いなくケントだろう。
ある日、魔の森からフラフラの状態で現れたケントは、魔物に襲われた商隊の生き残りだと名乗り、駆け出しの冒険者としてヴォルザードで暮らし始めたそうだ。
俺がケントの存在に気付いたのは、ギルドの戦闘講習に参加した頃からだ。
ヴォルザードでは珍しい黒髪黒目で、ちょっと面白い考え方をする小僧という認識だったのだが、そこから辿ったケントの軌跡は世間の枠からは逸脱したものだった。
眷属と共にロックオーガの大群を退け、サラマンダーを討伐し、リーゼンブルグ王国に囚われた仲間二百人を救出し……列挙するのが馬鹿らしくなるほどの活躍だ。
『魔物使い』の異名を持つ、史上最年少のSランク冒険者ともなれば、本人が意図しようとしまいと周囲に多大な影響をおよぼしていく。
実際、ケントに憧れて冒険者として活動する若者の数が激増し、それに伴って魔物の餌食となって負傷したり、命を落とす者も増えた。
ケント本人に非がある訳ではないが、対応に追われる身としては愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
もうちょっとシャキっとしろと言いたいが、あの緩さがケントの良さでもあるのだろう。
ケントが現れる以前、ヴォルザードの若手に影響を与えていたのがギリクだ。
ギリクは、良くも悪くも冒険者らしい男だった。
冒険者に求められる資質は、腕っぷしの強さと慎重さだ。
魔物と対峙する機会の多いヴォルザードでは、腕っぷしが強くなければ冒険者として大成できない。
その一方で、慎重さを欠く奴は、大成する以前に命を落としてしまう確率が高い。
ギリクの場合、腕っぷしの強さは若手の中でも抜きん出ていたが、慎重さについては少々欠けるところがあったが、そこはミューエルが補っていた。
ケントの存在は、ギルドにとってはこの上なく有難いものだが、その一方で若手の見本としては存在が異質過ぎた。
能力が常識の範囲を逸脱していて、手本にしようが無い。
そこでギリクを若手の道しるべのように仕立てようと考えていたのだが、どうにも上手くいかなかった。
元々が負けず嫌いで、ミューエルに執着していたから、ケントをライバルにすれば上手く伸びるだろうと目論んだのだ。
ギリクがミューエルと仲たがいをして、ベテランのペデルと組んだ時は、正直しめたと思った。
ペデルは腕っぷしは足りないし、策を弄するところがあるが、慎重さという面では基本に忠実なので、ギリクの良い手本になると思ったのだ。
討伐よりも護衛をこなし、上客を掴まえて楽に稼ぎたいというのがペデルの望みだし、ギリクに足りない客への対応や護衛の基本も教えてくれるだろう。
ペデルは自分の怠け癖を棚に上げて、他人に文句を言うところがあるが、文句を言いつつも組んだ仲間の面倒は見る。
ただし、ペデルはBランクに昇格して満足していた。
自分の実力を見て、Aランクに上がるのは無理だと諦めてしまったのだ。
動機は不純だが、Aランクに上がろうと考えているギリクとは、いずれ袂を分かつ事になるだろうとは予想していた。
ギルドのランクで、Bランクが腕利きの冒険者とするならば、Aランクは凄腕の冒険者だ。
普通の冒険者では難しい状況を腕っぷしや経験、機転で引っくり返しちまうような冒険者だ。
そこへ至るには、恥や外聞、好き嫌いなどを全部捨て去って、貪欲に知識や経験を積み重ねられる奴でなければAランクには到達できない。
ちなみに、Sランクは人外レベルだから、どうすれば至れるとか考えるだけ無駄だ。
Sランクになるような奴は、放っておいてもいずれSランクに到達するものだ。
だから、ペデルと組んでいるギリクが、現状に満足せず、ケントに頭を下げて訓練への参加を頼み込んだと聞いた時には、Aランクに上がるのも、そう遠くはないと思ったものだ。
ついでに言えば、ジョー、シューイチ、カズキ、タツヤの四人が、ギリクがケントの訓練を受ける見返りに、討伐や護衛の心構えをペデルから教わったのは嬉しい誤算だった。
ペデル、ギリク、ジョー、シューイチ、カズキ、タツヤの六人が固定パーティーとして活動していけば、ゆくゆくはヴォルザードの歴史に名を残すパーティーになると思った。
実際、六人で挑んだ護衛の仕事は何の問題も無く完了し、依頼主からの評価も高かった。
ペデルの売り込みが功を奏したのか、オーランド商店からの護衛依頼まで受けられるようになったのも当然だろう。
オーランド商店は、ヴォルザードで一番大きな商会で、その取引はマールブルグに留まらず、バッケンハイムやブライヒベルグにも及ぶ。
俺の思惑通りに、ギリクもジョー達も成長していると思っていた矢先、想定外の事態が起こった。
ギリクとペデルがオーランド商店から切り捨てられたのだ。
オーランド商店の商店主デルリッツは、やり手の商売人として他領にまで名前が知られている。
そのデルリッツは、早々にペデルとギリクを切り捨てる判断を下した。
六人を並べた場合、ジョー達四人とペデル、ギリクには明確な違いがある。
ペデルとギリクは元々ヴォルザードの住人だが、ジョー達四人はケントと同じ異世界の出身者だ。
こちらの世界には無い進んだ文明の知識、そしてケントとの繋がりはデルリッツにとって喉から手が出るほど欲しい物だ。
一方のペデルとギリクはと言えば、ペデルはベテラン冒険者のズルさ、ギリクは傍若さがデルリッツにすれば邪魔だと、四人に悪影響を及ぼすと感じたのだろう。
俺のようなギルドの人間は冒険者を『育てる』という視点で見るが、デルリッツは冒険者を品定めする。
良い者は囲い込む、駄目な奴は切り捨てる、デルリッツの立場ならば当たり前の事をしただけだ。
ギリクとペデルは元の二人に戻ったのだが、ここで向上心の違いが鮮明になり、二人は袂を分かつことになった。
ただ、Sランクの冒険者ならば、世間一般の常識の枠に囚われなくとも済むが、Aランクの冒険者には相応の立ち振る舞いが求められる。
ギリクがAランクを目指すには、依頼主に対する礼儀や言葉遣い、討伐依頼以外への意欲などが決定的に欠けていた。
なまじケントの所で腕が上がり、それまで苦戦していたオーガなども倒せるようになってしまったせいで、また自分の腕を過信する悪い癖が出始めた。
そんなギリクが、森で死にかけていた駆け出しパーティーを拾ってきた。
教えられる立場で上手くいかないなら、教える立場になれば少しは考えも変わるだろうと、Bランクへの昇格を餌にして駆け出しパーティーの指導をさせてみた。
これは一時上手くいくように見えたのだが、思わぬ事態で歯車が狂い出した。
あれほどミューエルに固執していたギリクが、ヴェリンダの色仕掛けに屈したらしい。
まぁ、あの年頃の若造が、積極的に仕掛けられて快楽を知ってしまえば、それに溺れるのも無理は無い。
ましてやギリクの場合は、ミューエルに固執していただけに男女の交わりについて疎かったらしいから余計なのだろう。
ヴェリンダと関係を持つようになってから、ギリクについては良い噂を聞かなくなった。
若手の指導はしているものの、討伐一辺倒で内容も褒められたものではなかったらしい。
若手の指導については、ペデルが取って変わって軌道修正できたようだが、ギリクの転落には歯止めが掛からなくなった。
ヴェリンダとの関係が原因でパーティーは解散、ギリクは暫く燻っていたかと思えば、一人でダンジョンに潜ってルビーの原石を持ち帰ってきた。
そんな拾っただけの幸運なんか、パッと飲んで使い果たしてしまえば良いのに、何を考えたのか若手に自慢しまくり、顰蹙を買うことになった。
あぶく銭が入ったことで、依頼も受けず、討伐に行かず、鍛錬も怠れば、いくら若くとも落ちぶれていく一方だ。
酒場で駆け出しの若造に絡み、返り討ちをくらって叩き出され、嘲笑われて、その翌日にはロックオーガに右腕を食われて死にかけた。
その死にかけのギリクを救い、ロックオーガを討伐したのがジョー達だったのは神の悪ふざけとしか思えない。
右腕を失ってから、ギリクはギルドに姿を見せなくなった。
それでも、過去にはギルドで目立った存在だっただけに、悪い噂は伝わってくる。
冒険者は討伐の最中に命を落とすこともあるし、腕や足を失う者も珍しくはない。
最果ての街といわれたヴォルザードでは、四肢を失った者でも再起するための仕事があるにも拘らず身重のヴェリンダを娼館で働かせ、自分は昼間から酒を飲むクズヒモ生活。
ギリクの評価は地に落ちたどころか、地中深くにめり込んだ状態だ。
更には、酒場で揉めた冒険者を殺害した疑いを掛けられ、袋叩きにされたと聞いた。
もうギリクは冒険者としても、人としても終わったと思った。
ギルドにも来ない奴を探して引き上げてやるほど俺も暇ではない。
だが、何を考えたのか知らないが、ギリクはフラリとギルドの訓練場に現れ、黙々と鍛錬を始めた。
体つきも見るからに緩く、少し動いただけでも息が上がり、無様と言うしか無い状態だ。
実際、訓練場に来ていた若手からは、指を指されて笑われていた。
それでもギリクは、鍛錬を止めるつもりは無いようだ。
ギルドにも顔を出さずに落ちぶれて行くならそれまでだが、ギルドの訓練場に来て、嘲笑されても足掻くなら話は別だ。
冒険者を続けるつもりなら、死なないように鍛え直してやる。
冒険者以外の生き方を探すなら、いくらでも道を用意してやる。
全ては、ギリクの本気度次第だ。
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