第844話 勘違い

 アマンダさんの食堂でお昼ご飯を食べようと思い、店の裏口に出ようとしたら、共同井戸の周りをウロウロしている少年が居ました。

 何をしているのかと影の空間から様子を窺っていると、どうやらアマンダさんのお店の様子を気にしているようです。


 食堂の昼の営業はまだ終わらないのか、裏口から誰か出て来ないか、そんな事を気にしているように見えます。


「ははぁ、なるほどねぇ……」

「わぅ、どうしたの、ご主人様」

「あぁ、なんでもないよ、マルト。ちょっと、あの少年の気持ちを想像してただけ」

「ふぅん……それよりも、撫でて撫でて」

「はいはい、分かってるよ」


 そう、僕は分かってしまったのです。

 今でこそチートなハーレム生活をしている僕ですが、日本に居た頃はポンコツなぼっちでした。


 恋愛なんて全く経験が無くて、憧れる人が居ても告白なんて出来なくて、ただ遠くから見詰めるだけでした。

 だからこそ、アマンダさんの店の裏口でウロウロしている少年の気持ちが痛いほど分かってしまうのです。


 たぶん、自分から告白するなんて出来なくて、偶然を装って挨拶するだけでも満足なんだと思います。

 いや、もしかしたら、挨拶どころか顔を見るだけでも幸せなのかもしれません。


 でも、それって、ちょっと悲しいよね。

 本人は傷つきたくないかもしれないし、現状でも満足しているのかもしれないけど、勇気をもって一歩を踏み出さないと恋は始まりません。


 ここは一つ、僕が仲をとりもつ……とまではいかないけれど、親しく話すチャンスを作ってあげましょう。


「君が憧れるのは当然だよ。だって、本物のお姫様だからね、フィーデリアは」


 クーデター騒ぎで家族を殺されて、心に大きな傷を負ってしまったフィーデリアですが、僕の家で家族同然に暮らし、メイサちゃんや美緒ちゃん、ルジェクなどの同い年の子と交流することで明るさを取り戻しました。

 以前は週に一、二回しか行けなかった学校にも毎日通い、安息の日にはアマンダさんの食堂の手伝いもしています。


 庶民の生活にも馴染んできているようですが、それでも育ちの良さは隠しようがありません。

 料理をテーブルに置いた後、ごゆっくりどうぞと挨拶するフィーデリアの姿に、お客さんがため息を洩らして見惚れることも珍しくありません。


 そんな高嶺の花であるフィーデリアに、少しでも近づきたいと思う少年の姿が、かつてのポンコツぼっちの僕と重なって見えてしまうのです。

 なので、ちょっとだけ手を貸してあげましょう。


 僕がお昼ご飯をご馳走になるのは、昼の営業が終わってからだから、そこならお客さんに気兼ねせずに喋れるでしょう。

 僕の正体が分かるように、マルトたちを連れて影の空間から出て、少年に声を掛けました。


「メイサちゃんの友達?」

「は、はい……」


 フィーデリアの友達なのかと声を掛けなかったのは、憧れの人の名前を出すと逃げ出しちゃうかと思ったからです。

 最初、少年は僕が誰なのか分からなかったようですが、マルトたちが話し始めたところで気付いて固まってました。


 さて、どうやって緊張をほぐしたら良いのか考えていると、裏口のドアが開いて綿貫さんが顔を出しました。


「お疲れさま、綿貫さん」

「よぅ、国分……と、そっちは」

「メイサちゃんの友達だって。お昼、一緒にどうかなって思って……」

「あぁ……うん……」


 大歓迎とはいかなくても、普通に受け入れてくれると思っていた綿貫さんは、微妙な表情を浮かべています。

 もしかして、この少年は何かやらかしているのでしょうか。


 微妙な反応の理由を綿貫さんに尋ねようかと思ったら、裏口からひょこっとメイサちゃんが顔を出しました。


「ケント! ケント、ケント、ケントォォォォォ!」

「ぐへぇ……危ないよ、メイサちゃん」


 顔を出したかと思ったら、メイサちゃんはミサイルみたいな勢いで抱きついてきました。


「Sランク冒険者なんだから、あたしぐらい軽々と受け止められて当然でしょ」

「いやいや、僕は術士タイプだし、それに……ちょっと重くなった?」

「レディに対して失礼! 重くなったんじゃないの、成長したの!」

「うーん、成長ねぇ……」


 メイサちゃんが成長したら、アマンダさんのようにふくよかな体形になるんでしょうか。


「国分、自分も成長してるから、メイサが育ってないみたいに見えてんじゃね?」

「あぁ、なるほど。そうか、僕も成長してるのか。そうだよ、僕もこれからスラーっと……」

「ならないだろう」

「酷い! 綿貫さんが厳しいんですけど!」

「きしししし……心配すんな、国分がスラーっと成長しなくても、嫁に愛想をつかされたりしないだろう」

「まぁね、愛されてるからね……って、痛い、痛い、なんで抓るかな、メイサちゃんは」

「ケントのくせに生意気だから、ふんっ」


 そっぽを向きつつも、ギューっと抱きついて離れようとしないメイサちゃんの頭をポンポンと叩いてから撫でてあげると、ぐりぐりと頬擦りしてきます。

 まったく、大きな猫みたいなんだから。


「国分、アマンダさんに声かけないと、昼飯が無くなるぞ」

「あっ、そうだ、アマンダさーん! お昼食べさせてくださーい!」

「はいよ! 手を洗って入っておいで!」

「はーい! って、そうだ、もう一人……あれっ?」


 メイサちゃんとじゃれてるうちに、ウロウロしていた少年の姿が消えていました。

 これは、内輪で盛り上がりすぎて、疎外感を覚えさせてしまったみたいですね。


 ヴォルザードに来て、多くの人たちと関わるようになり、みんなで騒ぐ楽しさを知りましたが、ボッチだった頃には、パリピな人々とは住む世界が違うと感じていました。

 たぶん、彼もノリについていけない……って感じてしまったのでしょう。


「どうかしたの、ケント」

「メイサちゃんの友達が居たんだけど……」

「えっ、誰っ?」

「いや、名前は分かんない。大人しそうな男の子で……」

「大人しそうな男の子……?」


 メイサちゃんは、思い当たるような友達が居ないらしくて首を傾げています。

 その横で、綿貫さんが額に右手を当てて、首を小さく横に振っています。


「綿貫さん、頭痛いの?」

「はぁ……国分も国分なら、メイサもメイサだな」

「えっ、どういう意味?」

「何でもないよ、ほら昼飯にしよう」


 綿貫さんは何やら言いたげな様子ですが、何だろうと目で合図してもメイサちゃんは首を捻るばかりです。


「まぁ、いいか……フィーデリアに憧れてるんだと思ったんだけど」

「あぁ、そういう事か」

「そういう事って?」

「フィーデリアに憧れてる男子なんて、いっぱいいるから誰なんだか分からないよ」

「あっ、なるほど……」

「でも、フィーデリアのおかげで安息の日はお客さん増える一方なんだよ」

「へぇ……それじゃあ、メイサちゃんも看板娘としてうかうかしてられないじゃん」

「いいの、いいの、お客さん増えるのは大歓迎だから」


 さすがメイサちゃん、自分の人気なんかよりもお店の売り上げ優先みたいです。


「あたしはケントに思われていれば……」

「ん? 何か言った?」

「何でもない! お腹空いたって言ったの!」

「ホント、ホント、もう、ぺっこぺこだよ」

「行くよ、ケント!」

「ちょっと待った、手を洗っていかないと、アマンダさんに怒られちゃうよ」

「早く、早く、早くしないと、ケントの分まで食べちゃうよ」

「そんなに食べたら、成長じゃなくて太るよ」

「違いますぅ! 今に、バインバインに成長するんですぅ!」

「あんた達、いつまでも遊んでると飯抜きにするよ!」

「はーい! 今行きます!」


 アマンダさんに大声で返事をし、井戸で手を洗ってから、メイサちゃんに手を引っ張られながら裏口を潜りました。

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