第824話 消える馬車の噂(前編)

※今回は新旧コンビの一人、新田和樹目線の話です。


「明後日からの護衛依頼の行き先はバッケンハイムだ。デルリッツさんも同行するから気合い入れろよ」


 シェアハウスの夕食の席で、ジョーが次の依頼の話を切り出した。

 この所、俺達はオーランド商店の専属という形で、定期的に護衛の依頼を受けている。


 ヴォルザードからマールブルグやラストックへと向かう依頼を受けた後、数日の休みを挟んで別の依頼を受ける形だ。

 数日の休みは完全休養にあてる時もあれば、腕が鈍らないように魔の森で魔物の討伐をする時もある。


 今回は完全休養だったが、俺と達也はギルドの訓練場で他の冒険者と手合わせをしたり、魔法の工夫をして過ごした。

 疲れは残っていないし、万全の状態で依頼に臨めるはずだ。


 ただ、少し気になることがある。

 俺が口を開く前に、達也がその話をした。


「ジョー、イロスーン大森林の噂は聞いてるか?」

「噂? どんな噂?」

「商会の馬車が消えるんだと」

「消える?」

「あぁ、マールブルグからバッケンハイム、バッケンハイムからマールブルグに向かっていたはずの馬車が、途中で忽然と姿を消すらしいぜ」

「目の前で消えるのか?」

「いや、そうじゃないらしいが、もう何台もの馬車が行方不明になってるらしい」


 ギルドで聞いた噂では、馬車だけでなく乗っていた商人や護衛の冒険者も行方不明だそうだ。


「山賊の仕業なのか?」

「だろう、あそこは魔物入って来られないじゃん」


 達也が言う通り、イロスーン大森林は以前魔物が大量発生して通行できなくなり、安全に通行できるように道が大改修された。

 道の両側には深い堀が作られ、森とは完全に切り離されている。


 ヴォルザードからラストックへ通じる魔の森を抜ける道は、国分の眷属によって守られているが、イロスーン大森林の道は物理的に守られている。


「そうだな、それに魔物に襲われたなら、痕跡は残ってるだろうしな」


 これも聞いた話だが、国分が召喚された直後に追放され、魔の森を抜ける道を歩かされた時には、魔物に襲われた馬車が転がっていたそうだ。


「ジョー、何か対策しておいた方が良くないか?」

「対策かぁ……対策といっても、どんな相手か分からないからなぁ……」


 鷹山の提案にジョーは珍しく考え込んだ。

 確かに相手が分からないと対策の立てようが無いと思っていたら、一緒に食卓を囲んでいた綿貫がアイデアを出した。


「じゃあさ、自分達ならどうやって襲うか考えてみたら? 馬車を襲って、痕跡も残さずに奪うには、どんな方法があるか考えてみれば、対策も思いつくんじゃない?」

「なるほど……俺達はどうしても守ることばかり考えがちだもんな」


 ジョーが言う通り、冒険者として護衛の依頼を請け負っているうちに、どうすれば守れるか考えがちになっていた。

 日本にいた頃ならば、俺達ならばどうやって襲うとか考えられていたと思うのだが、これも一種の職業病なんだろうか。


「じゃあ、消える馬車の噂が山賊……というか盗賊の仕業として、どうやって襲ってくると思う?」

「痕跡を残さないなら、大勢で一気に襲うしかないんじゃねぇの?」

「俺も和樹の意見に賛成。人数が互角だと、襲っても苦戦しそうだし、馬車が消えるってことは、奪った馬車にも細工してるんじゃねぇの?」

「俺も新旧コンビの意見に賛成。人海戦術で一気に終わらせてるんだと思うな」


 俺の意見に達也も鷹山も賛成したのだが、ジョーは首を捻ってみせた。


「確かに、痕跡を残さないためには、大人数で圧倒するのが一番だと思うけど、大人数が馬車で移動していたら怪しまれないか? 野営地では守備隊員が積み荷とか確かめてたよな?」


 イロスーン大森林を抜ける街道には、魔の森を抜ける街道と同様に三ヶ所の野営地が設けられている。

 そこでは、マールブルグとバッケンハイムの守備隊員が、野営地に出入りする馬車を止めて荷物や乗員のチェックをしている。


 幌馬車の中に人相の悪い連中が大勢乗っていたら、確実に調べられるだろう。


「じゃあ、少数精鋭で襲って来るとか?」

「いや、それは無いと思う」


 達也の意見は、あっさりとジョーに否定された。


「そもそも腕の立つ人間は、山賊とか盗賊に落ちぶれたりしないからな。いたとしても、ほんの一部だろう」

「なるほど……」


 さすがジョーの言葉には説得力があると感心したが、オーランド商店で御者を務めている元冒険者のエウリコさんの受け売りだそうだ。


「少数精鋭じゃないとしたら、どうやって大勢で襲ってるんだ?」

「何台もの馬車で取り囲む……のは、難しいよな」


 少数精鋭は考えにくいが、人海戦術も難しい。

 鷹山の疑問に、ジョーも答えが見つけられないようだ。


 考えが行き詰ったところで、また綿貫が会話に加わった。


「大勢が乗ってても、疑われない馬車で襲ってるんじゃない?」

「はぁ? そんな馬車、ある訳ねぇだろう」


 達也が反発すると、綿貫はニヤっと笑ってみせた。


「乗り合い馬車は?」

「はぁぁ? 乗り合い馬車だと?」

「そう、乗員も乗客も、全員盗賊の偽乗り合い馬車とかどう?」

「そんなもん……いや、有りなのか?」


 推理小説やサスペンスドラマのトリックに出てきそうな設定だが、可能性としては有り得る。

 盗賊が少数精鋭である可能性とどっこいどっこいの気もするが、一つのアイデアとして残しておいた方が良さそうだ。


 それに俺達としても、大人数で一気に来られる方が対処が難しい。


「それでジョー、どうするんだ?」

「イロスーン大森林の街道は、隠れる場所が殆ど無いよな。その状況で馬車が消えるんだから、やっぱり大人数で襲ってくると考えるべきだろうな」

「じゃあ、偽の乗り合い馬車ってことか?」

「それか、それに準ずる手段があると考えるべきだろうな」

「襲撃の方法は?」

「ベタだけど、先頭の馬車の御者を狙ってくると思う。魔法か弓矢か……ただ、痕跡を残さずに消えているんだから、たぶん馬は狙われない」

「だったら、弓の可能性の方が高くないか?」

「だな」


 痕跡を残さずに馬車が消えている点から考えて、御者や乗客を殺害して、馬車を乗っ取って逃走しているのだろう。

 襲撃側の目線で、馬車が消えたように装うにはどうすれば良いのか考え、それに必要な方法や武器、攻撃手段などを何パターンも考えていく。


 その考えた全てのパターンについて、対策も講じていく。

 相談を重ねた結果、いつも通りに先頭の馬車の御者台にはジョーが座ることになったが、弓矢対策として鉄の盾を持って行くことにした。


 それと、最後尾の馬車の後部には、俺と鷹山が陣取ることになった。

 襲撃は二台の馬車による挟み撃ちである可能性が高いので、後方からの敵に対しては鷹山が、魔力に物を言わせた攻撃で圧倒し、俺がフォローする予定だ。


「それじゃあ、明日中に必要な物を揃えておこう」


 ジョーが〆て今夜の打ち合わせは終了、明日中に追加の装備を手に入れて、襲撃時の対処法の確認をする予定だ。

 この所、楽な依頼が続いていたので、こうして気を引き締めるのは丁度良い機会だったのかもしれない。

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