第819話 経験から得たもの

 ナシオスさんとの打ち合わせを終えた後、ギルドの裏にある倉庫へと向かいました。

 話題にあがったアウグストの兄貴に会うためです。


「兄貴、お久しぶりです」

「おぉ、ケントじゃないか、久しぶりだな」


 ニカっと笑ったアウグストさんは、なるほどクラウスさんの息子だと感じるようになっていました。

 以前は、周囲に溶け込むためにワイルドさを演じている感じでしたが、今は服装とか雰囲気とかに格好つけている感じがしません。


「今日はどうしたんだ? また何かトラブルか?」

「いえ、ブライヒベルグのオークションにギガースの魔石を出品するんで、ナシオスさんと打ち合わせをしてきたところです」

「ギガースだと!」

「あぁ、ヴォルザードの近くで仕留めたものじゃないですよ。討伐したのはキリア民国です」

「キリアとは、また随分遠くまで足を延ばしたんだな」

「はい、バルシャニアから情報が届きまして、ちょっと偵察に行ったついでに討伐した感じです」

「そうか、その話、詳しく聞かせてもらえるか?」

「えぇ、構いませんよ。ちょうどお昼になりますし……」

「ダナさんの店だな?」

「その通りです」


 ブライヒベルグに来たならば、昔クラウスさんが通っていたというダナさんの店で、ブライヒ豚のステーキを食べない訳にはいきません。

 アウグストさんも、ちょくちょく食べに行っては、ダナさんからクラウスさんの若かりし頃の話を聞いているそうです。


「そういえば、カロリーナさんとの挙式が来春に決まったそうですね。おめでとうございます」

「ありがとう、俺もケントを見習って身を固めることにしたよ」

「僕を見習うんじゃ、あと四人は花嫁を見つけないといけませんよ」

「ははっ、そいつは勘弁してくれ。俺はカロリーナ一人で十分だよ」


 どうやらカロリーナさんと熱愛中なようで、二人目、三人目の嫁を貰う予定は無いそうです。

 ダナさんの店でブライヒ豚のステーキを堪能しながら、ギガース討伐の様子を話しました。


 アウグストさんは、キリア民国の冒険者の戦いぶりにも興味を示しましたが、それよりもクラウスさんやナシオスさんの反応が気になったようです。


「やっぱり、領主として、どう対応するのか気になりますか?」

「それはそうさ、いずれは俺もヴォルザードの領主になるつもりだからな」

「カロリーナとの挙式の後は、ヴォルザードに戻られると聞きましたが……」

「式はヴォルザードで挙げる予定だから、その前に戻ることになるな」

「その後は、クラウスさんの手伝いをする感じですか?」

「早く楽させろとうるさいからな」


 クラウスさんは今でも隙あらばサボろうとしているのに、これでアウグストさんが戻ってきたら、昼間から飲んだくれてる駄目親父になりそうですね。

 まぁ、マリアンヌさんが手綱を引くんでしょうけどね。


「アウグストさんの後は、バルディーニさんが引き継ぐって聞きましたけど……大丈夫なんですか?」

「ケントが心配するのは当然だろうが、ディーもヴォルザードとブライヒベルグを直接繋ぐ輸送方式の重要性は理解しているはずだ」


 闇の盾を使った影の空間経由の輸送システムは、僕の魔法とコボルト隊の存在無くして成り立ちません。

 バルディーニは、コボルト隊を侮辱した前科がありますし、その辺りはアウグストさんも承知しているようです。


 アウグストさんは、挙式の予定が決まる以前から、バッケンハイムまで行ってバルディーニと引継ぎの打ち合わせを始めているそうです。


「バルディーニには、バッケンハイムからヴォルザードに向かう荷物をブライヒベルグに送る取りまとめをやらせていたから、全くの未経験という訳じゃないんだ」

「あっ、そういえば、僕とグラシエラのトラブルで、一時期バッケンハイムからの荷物もブライヒベルグ経由で送ってたんですよね」

「そうだが、グラシエラが処分され、イロスーン大森林も通れるようになったから、今は以前の形に戻している」

「じゃあ、今はブライヒベルグ経由は無くなったんですね」

「いや、こちらの方が早く届くから、量としては増えているな。ただ、バルディーニが取りまとめるのではなく、ギルドが仕切る形に戻した」


 クラウスさんの指示でバルディーニが任された形でしたが、学業との両立は厳しく、実質的には執事のヨハネスさんが仕切っていたそうです。

 それでも、バッケンハイムギルドとの関係が改善されたので、元の形に戻したそうです。


 てか、それだとバルディーニは殆ど働いていないんじゃないの。

 それで代わりが務まるのかと尋ねると、アウグストさんは苦笑いを浮かべました。


「無理だろうな」

「えぇぇぇ……」

「まぁ待て、ケント。話を最後まで聞いてくれ。俺もこの仕事を任された当初は、失敗の連続だったんだ」


 生真面目な性格のアウグストさんは、何から何まで完璧に、自分一人でやろうとしてキャパオーバーに陥ったりしていたそうです。

 荷運びに雇った人達とも、最初は馴染めずに苦労をしたそうです。


「実際に現場に立ってみないと、分からないことばかりだったな。親父に言われた言葉も、理解したつもりで本当の意味までは分かっていなかった」


 アウグストさんにとって、ヴォルザードとブライヒベルグを結ぶ輸送システムの取りまとめは、初めて任された大きな事業だったので肩に力が入り過ぎていたそうです。

 自分に厳しいアウグストさんは、荷運びをするために雇い入れた人達に対しても要求のレベルが高すぎたそうで、一時は険悪な関係になりかけたこともあったそうです。


「自分には自分のやり方があるように、他人には他人のやり方がある。相手を頭ごなしに否定していては、進む仕事も進まなくなる。相手の意見を尊重しつつ、自分の考えを伝え、互いが納得できる妥協点を見つけ出す。そんな当り前の事すら分かっていなかった」

「かなり苦労されたみたいですね」

「いやいや、ケントがやってきた事に比べれば、子供の遊びみたいなものさ」

「僕も周りの人達に助けてもらってばかりですよ」

「それは、ケントが助けてあげたいと思われるだけの働きをしてきたからさ。たぶん、ディーも苦労するだろうな」


 柔軟な考え方ができるアウグストさんでも苦労したのなら、意固地な性格のバルディーニは更に苦労するでしょう。

 それでも、アウグストさんが事業の下地を作り、軌道に乗せてくれた状態から引き継ぐのですから、ゼロから始めるのに比べたら遥かに楽でしょう。


「そう思うだろうが、そんなに簡単ではないと思うよ」

「でも、輸送が滞ったら困りますよね?」

「ヴォルザード側は、引き続きアンジェが仕切るし、ヨハネスも補助するから破綻することはないだろう」


 魅惑の撫でテクの持ち主であるアンジェお姉ちゃんがいる限り、コボルト隊が反旗を翻すなんて事態にはならないでしょうね。


「それでも、緊急事態が起こったら、いつでも手伝いますから声を掛けて下さい」

「ありがとう。だが、まだ来年の話だからな、それまでには万全の体制を整えるつもりだから、まぁ見ていてくれ」

「はい、お手並み拝見させていただきます」


 以前は、ちょっと線が細くて、頼りない感じでしたが、現場で経験を重ね、今のアウグストさんは余裕すら感じられます。

 これは首を突っ込む話じゃなさそうですし、僕はお祝いの品を何にするか、お嫁さんたちと相談するとしましょう。

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