第817話 苦労人ジョーは思いを巡らせる
※今回は近藤譲二目線の話になります。
水浴びをして旅塵を落とし、護衛依頼に使う装備の片付け、防具や剣の手入れなどで時間を潰した後、小綺麗な服装に着替えて部屋を出た。
リビングでは綿貫が子供をあやしながら、ノートにレシピを書き込んでいる。
ほぼ毎日のように続けている作業だが、よく飽きないものだと感心する。
「おっ、ジョーはお出掛けかい?」
「ちょっとな」
「あんまり無茶するんじゃないよ」
「分かってる、というかリカルダも体力あるからな」
「ほほう、それじゃあ今夜はお隣さんが悲劇だね」
「角部屋だから大丈夫……なはずだ」
「きししし……どうだかねぇ……」
綿貫の含みがありそうな笑いに送られながらシェアハウスを出て、ヴォルザードの中心地へと足を向ける。
向かっているのはフラヴィアさんの服屋だ。
シェアハウスに同居している相良貴子がデザイナーを担当し始めて、日本風のファッションを導入してから人気が爆発。
今やヴォルザードの若い女性から絶大な人気を誇っている。
相良が働き出した頃と比べ、隣の店舗を買い取って売り場面積を拡大し、その他に工房も増設しているという話だ。
この夏にはプールという文化を持ち込んで、水着ファッションで相当稼いだらしい。
俺が付き合っているリカルダは、売り場の店員として働きながら相良にデザインを習っているそうだ。
相良は相良で、連日仕事から帰った後も、シェアハウスでデザインの勉強を続けている。
「私のデザインは、地球のファッションのパクリだから……」
などと本人は謙遜しているが、フラヴィアさんの店で売っている服は、相良が一枚一枚デザイン画を描き、型紙を作って、製品として完成させていると聞いている。
生地の材質、染色技術、縫製技術など、地球と比べれば色々な制約がある中で、日本のファッションを伝えて受け入れてもらうのは簡単ではないはずだ。
フラヴィアさんの店の前に来ると、もうすぐ閉店時間のはずだが多くの女性客で賑わっていた。
元々は男性用の服も作っていたそうだが、近頃は客の九割は女性客で占められているそうだ。
実際、店の近くに居るだけでも場違い感は否めない。
さて、どうやって声を掛けようかと悩んでいたら、丁度お客を見送りに出たリカルダと目が合った。
店の裏口で待っているとサインを送り、リカルダが頷いたのを見て店の前を離れた。
なんと言うか、女子が固まっている所は居心地が悪い。
裏口がある路地で待っていると、閉店時間を迎えた店からは次々と店員が姿を現した。
プールの開設のような大きなイベントがある時以外は、基本的に残業はしない方針だと聞いている。
店員が疲れた顔をしていたら、売り物の服まで色褪せてしまうから、ブラックな労働環境は厳禁らしい。
相良はシェアハウスに戻ってからも遅くまで作業をしているが、自分は売り子ではなく裏方だから構わないのだと屁理屈を捏ねている。
「ジョーさん、お待たせっす!」
「店は、どこにする?」
「今夜はフラヴィアさんにお薦めを聞いてきたっすよ」
「じゃあ、そこにしよう」
リカルダは俺の左腕を抱え込み、肩口にスリスリと頬を寄せてくる。
尻のあたりにパタパタと当たっているのは、リカルダが上機嫌で振っている尻尾だろう。
リカルダに案内されたのは、ちょっと洒落た造りになっているが、比較的リーズナブルな価格の店だった。
客層も若い人が多く、俺達と同年代らしき客もいた。
そんな店で聞こえてくる話題は、やはり国分が持ち込んだギガースだった。
「ジョーさんは見てきたんすか?」
「あぁ、依頼の帰りにギルドに寄って見てきた」
「ジョーさんなら倒せそうですか?」
「俺一人じゃ無理だな。まだ力不足だ」
「ケントさんは一人で倒せるんすか?」
「どうかな、聞いてみないと分からないけど。あっさり倒しそうだな」
「やっぱ凄いんすね」
「あれは別格だよ」
「でも、あたしらと同年代の中では、ジョーさん達も別格扱いですよ」
「そうなのか?」
「そうっすよ」
リカルダが自慢げに胸を張ってみせ、俺はその膨らみと谷間に目を奪われてしまった。
やばいな、ちょっと溜まりすぎてるみたいだ。
「以前は、ギリクさんが別格だったんすけどね……」
「そっか」
ロックオーガに殺されかけているところを助けて以来、ギリクとは顔を合わせていない。
「今は、ヴェリンダを働かせてブラブラしてるみたいっすよ」
「ヴェリンダって、確かギリクさんが指導してたパーティーの一人だよな?」
「そうっす、オークに殺され掛けたところをギリクさんに助けられたそうっすよ」
「それで惚れたのか」
「まぁ、惚れるのは良いっすけど、身重の体を売るのは、ちょっと……」
「はぁぁ?」
職業柄、リカルダは同世代の女性達の噂話には敏感で、会話の糸口に使うから常にアンテナを張っているらしい。
それに、リカルダとヴェリンダは同じ年なので、なにかと噂を聞く機会も多いようだ。
その噂話によれば、ギリクの子供を身ごもったヴェリンダが、生活を支えるために娼館で働いているらしい。
娼館としては、既に妊娠しているから避妊の心配をする必要が無いし、俺には理解できないが妊婦との行為を望むマニアがいるそうだ。
「それって、本当なのか?」
「あたしは噂を聞いただけだから、本当かどうか分からないけど、ギリクさんが昼間から飲んでるのを見た子は結構いるっすよ」
利き腕を失い、自暴自棄になるのは理解できるが、恋人を娼館で働かせて、その金で飲み歩いて居るのだとしたら、正真正銘のクズ野郎だ。
どんな生い立ちなのか、私生活の部分までは詳しく知らないが、それでも過去には何度も同じ依頼や討伐に行った仲だ。
身重の恋人に体を売らせて、自分は昼間から飲んだくれているとは思いたくないが、リカルダの口振りからして事実である確率は高そうだ。
「何やってんだ、あの人は……」
「でも、簡単には割り切れないんじゃないんすか? それまでは世代のトップだったのに、突然ケントさんみたいな人が現れて、ジョーさん達にも追い付かれ、焦ってたんじゃないんすかね」
「だとしても、ヴェリンダに体を売らせるのは……」
「それは、たぶんヴェリンダが望んだんじゃないっすかね。命を救ってくれた人の危機を今度は自分が助けるんだって……そのためなら、どんな手段でも使うって考えたんじゃないんすかね」
確かにギリクにしてみれば、国分の存在は目触り極まりなかっただろう。
オスカーからも、ヴェリンダがギリクにベタ惚れしていると聞いた。
だとすれば、外から見たら歪んだ関係でも、本人達にとっては思い合った結果なのかもしれない。
それに、日本なら障がい者でも仕事ができる環境ができあがっているが、ヴォルザードにそのような就職先が有るのかどうか分からない。
ギリクは、この先どうやって生きていくつもりなのだろう。
冒険者を続けるのは難しいだろうが、嫁や子供を養っていける仕事を見つけられるのだろうか。
ギリクの行く末を案じていたら、リカルダに声を掛けられた。
「ジョーさん……」
「んっ、どうした?」
「朝まで一緒にいてくれるっすか?」
「勿論、そのつもりだぞ」
「明日の朝じゃなくて、明後日の朝まで……」
「断る理由は無いぞ」
「やったぁ」
満面の笑みを浮かべて、ぐっと小さく拳を握ってみせるリカルダが、例えようもないほど愛おしい。
ギリクの心配なんかをするよりも、俺が考えなきゃいけないのは、目の前の可愛らしい生き物をどうすれば幸せにできるのかだろう。
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