第816話 教師 or 反面教師
「なるほどな、隷属の魔道具とバリスタや破城槌のような兵器を組み合わせれば、一般の兵士でもギガースの討伐は可能なんだな」
「可能といっても、落とし穴などで足止めをしないと、基本的な力に差がありますから簡単ではないですよ」
ヴォルザードのギルドにラインハルト達が討伐したギガースを持ち込んだ後、キリア民国での顛末を報告するためにクラウスさんの執務室を訪れています。
「隷属の魔道具無しだったらどうだ?」
「それはもう、お話になりませんね。うちのラインハルトとバステンが挑んでも、致命傷を与えられませんでした」
「ロックオーガを簡単に倒しちまうラインハルトでも駄目って、そんなに硬いのか?」
「硬いですね。それに、地面から無数の槍を突き出させる土属性の魔法を封じないと、並みの兵士や冒険者では餌になりに行くだけです」
バルシャニアの騎士達が途中まで追い込みながらも敗北したのは、攻撃の最中に隷属のボーラが壊れてしまったからでした。
ラインハルトやバステンのように、それこそ人外クラスの能力の持ち主ならば、魔法の発動などを察知して回避することも可能かもしれませんが、普通の人には無理でしょう。
「つまり、ギガースを討伐するには隷属の魔道具を使うのが絶対条件ってことだな?」
「はい、現状で僕以外の人が挑むならば」
「僕以外ってことは、お前は隷属の魔道具を使わなくてもギガースを討伐できるのか?」
「まぁ、そうですけど、狙いが外れると魔石が駄目になっちゃうんで、後のことまで考えるならやらない方が良いかと……」
「とんでもねぇ奴だな、つくづく味方で良かったぜ。ただ……」
「僕が死んだ後の事も考えておかないと……ですよね?」
キリアに現れたギガースは、討伐する気になれば全部僕らで片付けられます。
ただ、全てを僕らが処理していたら、五十年先、百年先、僕が死んだ後には対処できなくなってしまいます。
「まぁ、その頃には火薬を使った強力な兵器が使われるようになって、それこそ魔物が根絶やしにされているかもしれませんけどね」
「ケントの世界の兵器なら、ギガースを討伐できるのか?」
「どうでしょう、隷属の魔道具が効いている状態ならば、比較的簡単に討伐できると思いますけど、素の状態だと苦労するでしょうね」
ラインハルトやバステンの攻撃は、それこそロケットランチャーなどを凌ぐほどの威力があります。
それでも苦労する相手ですから、巡航ミサイルを直撃させる程度の威力は必要になりそうです。
「とりあえず、バリスタの運用については考えるか。ロックオーガやギガウルフの対策にも使えそうだしな」
「むしろ、なんで今まで配備されなかったんですか?」
「バリスタは威力はあるが、城壁の際まで来られちまうと、狙うのが難しくなるからだ」
バリスタは強力ですが重たいので、基本的に台座に据え付けて使います。
そのため、真下に近い角度で狙いをつけて撃つのは難しいそうです。
「ロックオーガの硬さだと、あまり距離が離れてしまうとバリスタでも致命傷は与えられないし、ギガウルフには避けられてちまう。城壁際の相手に対して、どう使うかが課題だな」
「なるほど、威力があれば良いとは限らないんですね」
「使えなければ宝の持ち腐れだからな」
隷属の魔道具やバリスタの使い方などは、キリアでのギガース討伐の顛末と共に守備隊に伝えられ、運用の仕方が検討されるそうです。
「しかし、死に物狂いだったとはいえ、キリアの冒険者はよくギガースを倒したもんだな」
「本当に大したものだと感じました。その後に三頭も現れたのは誤算だったでしょうけど」
「それだ、死にかけのギガースが高い声で鳴くなんて話は初めて聞いたぞ。仲間を呼んでいるんだとしたら厄介だな」
「ギガースって、呼んで聞こえる程度の距離に別の個体がいるような魔物なんですか?」
「さぁな、そもそもヴォルザードが襲われたという記録は残ってねぇからな。おとぎ話に登場するような存在だから、分からないことばっかりだ」
実際、ギガースの鳴き声も、仲間を呼んでいたのか、それとも単に断末魔の悲鳴だったのかも分かっていません。
「せっかくギガースを倒したのに、仲間に食われたから素材は取れないし、魔石は僕が持ってきちゃったし……」
「いいんじゃねぇか、お前らが手を貸して倒した二頭目は置いてきたんだろう?」
「そうですけど、一頭目は僕ら見てただけですから」
「それでも、放置したら別のギガ―スが魔石を食って、更に力を付けた状態で襲われたかもしれないんだろう? 文句を言われる筋合いは無いし、むしろ感謝されるべきじゃねぇか?」
「まぁ、そうかもしれませんが、大きな魔石は高額で売れますし、復興にはお金も必要ですよね」
過去にクラーケンの魔石をアルダロスのオークションに出した時、三億二千万ブルグの値段が付きました。
日本円の感覚だと、三十億円ぐらいの感覚です。
褐色のギガ―スの魔石は、深海を切り取ったような深い青色をしたクラーケンの魔石ほどの高値はつかないでしょうが、それでも億単位のお金にはなるはずです。
「金があったとして、周辺の国が物を売るとは限らないぞ」
「えっ、どういう意味ですか?」
「キリアは開発した爆剤を使って、戦争を仕掛けた国として認知されている。ヨーゲセンから肥沃な穀倉地帯を奪うための侵略戦争だ。そんな危険な国が、魔物の脅威によって国力を落としているのは、周囲の国にとっては有難い状況だろう」
「でも、民衆に罪は無いんじゃ……」
「キリアは王制ではなく民政の国だ。たしかに一部の人間の判断だったとしても、ヨーゲセンやフェルシアーヌの人間は、そうは思わないんじゃないか」
僕は民主主義の日本で生まれ育ったので、民主主義の国であっても国のトップが変われば方針が変わることがあると理解しています。
でも、ガリガリの王制の国で育った人から見ると、民政の国は民の意志で動いている国だから、トップが変わっても民意が変わらないと国は変わらないと思われているようです。
「実際のところ、どういう対応をするかはヨーゲセンやフェルシアーヌ次第だし、お前がわざわざ首を突っ込むことでもないだろう」
「そう言われれば、そうなんでしょうけど……」
「隷属の魔道具の情報を伝えてやっただけでも、キリアの連中にすれば地獄で神に出会ったようなもんだぞ」
ギガ―スの討伐は、隷属の魔道具抜きでは成し遂げられません。
それを知っているかいないかで、天と地ほどの差があります。
「まぁ、お前がこの世界の全てを統べる魔王になるっていうなら止めないが、遥か西の国に関わるよりも、もっと身近な所に力を入れた方が良いんじゃねぇのか?」
「そうですね、キリアは時々様子を見る程度にしておきます」
「ケント、魔石はどこのオークションに出すつもりだ?」
「とりあえず、一個はブライヒベルグに持っていこうかと思ってます」
「そうだな、ナシオスのところも、リーベンシュタインの復興特需で景気が良いって聞いている。たっぷり稼いで、その金は全部ヴォルザードに落とせ」
「そうですね、ヴォルザードに還元するようにします」
ちゃらんぽらんに見えるクラウスさんですが、ヴォルザード・ファーストの姿勢だけは一貫しています。
その点だけは、僕も見習うべきなんでしょうね。
「よし、ちょっと早いが昼飯にするぞ、今日はケントの奢りだ」
「まぁ、ギルドの酒場程度だったら、いつでも持ちますけど……昼には早すぎじゃないですか?」
「固いこと言うんじゃねぇよ。ギガース絡みで取引が一気に増えて、俺の仕事も増えるんだから、それに備えて英気を養うんだよ」
「はいはい、分かりました……」
クラウスさんに、グイっと肩に腕を回されて引っ張られました。
元冒険者だし、今でも城壁工事に顔を出しているだけあって、領主様とは思えないほど力強いですよね。
見習うことも多いし、反面教師にすることも多いクラウスさんに出会えて、僕は幸せなんでしょうね。
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