第792話 冒険者の明暗(後編)

※今回も近藤に弟子入りしたオスカー目線の話になります。


「なに考えてんだよ!」

「馬鹿なの? 死ぬの?」

「傷口に塩を塗るのは後だ。さっさと運ぶぞ!」


 ロックオーガにやられた冒険者がギリクさんだと知って、声を荒げるタツヤさんとカズキさんにジョーさんが冷静に指示を出した。


「余計なことすんな。一人で帰る」

「今更なに言ってんですか。腕を引き千切られた時点で俺らに尻拭いさせてるんですよ」

「別に頼んでねぇ……」

「それに、このまま放置して野垂れ死にされたら、コーリーさんの薬屋に出入り出来なくなりますからね」


 ギリクさんは精一杯の強がりを言いながらも、折れた足にジョーさんが添木をあてるのを拒もうとしない。


「関係ねぇよ。俺はあの店出入り禁止だから関係ねぇ……」

「出入り禁止って、なにやらかしたんですか」

「うるせぇ、手前らには関係ねぇ……」

「まぁいいです。そっちは関係ないつもりでも、世の中そんなに簡単じゃないんですよ」


 ギリクさんの足に添木をあて終えたジョーさんは、荷物の中から厚手のシートを取り出した。

 休憩する時に地面に敷いて使ったりしているものだが、端の部分が取っ手状に握りやすく作られていて、簡易的な担架として使えるようになっている。


「ジョー、あれはどうすんだ?」


 シューイチさんが指差した先には、ロックオーガに引き千切られたギリクさんの右腕が落ちているのだが、肘の辺りまで二の腕の肉が食い千切られている。


「切断面が綺麗なら接合できるだろうが、あれじゃ駄目だ。いずれにしても国分案件だろうし、ヴォルザードに戻ろう」

「隊列は?」

「俺が先頭、ギリクさんの頭を前にして、前を達也と和樹、後を鷹山とオスカー、最短距離で街道に出る」

「了解!」


 僕らが居るのはヴォルザードの南南西辺りで、南西の門に最短距離で進むなら森を突っ切るコースになるが、ジョーさんは少し遠回りでも街道に出るコースを選んだ。

 ヴォルザードとラストックを結ぶ街道は、ケント・コクブさんの眷属が魔物を近付かせないようにしているらしく安全だからだ。


 僕もジョーさん達と一緒に何度か護衛の依頼で通ったが、一度も魔物とは遭遇していない。

 ジョーさんが隊列の先頭にいるのは、風属性の魔術を使って索敵を行っているからだ。


 ギリクさんの肩の傷口は一応軟膏で塞いでいる状態だが、出血が完全に止まらないと、いずれ血が溢れて来ることになる。

 既に相当な量の血を失っているらしく、ギリクさんの顔色は蒼白だし、今は一刻も早くヴォルザードに戻って治療を受ける必要がある。


「行くぞ! 左手前方に数頭のゴブリンかコボルトらしい反応があるから、少し右に迂回しながら進む。オスカー、付いて来られなくなりそうなら無理せず言えよ。途中でへばられると余計な時間が掛かるからな」

「はい、分かりました」


 呼吸を合わせてギリクさんを持ち上げ、ジョーさんの後に続いて小走りで街道を目指す。

 行く手を塞ぐ灌木の茂みは、ジョーさんが風属性の魔術で切り飛ばし、ほぼ真っ直ぐ勧めるように道を作っていく。


 ジョーさんは魔術で索敵も行っているはずだが、一度に複数の魔法を発動させているのだろうか。

 街道を目指すペースは、僕が思っていたよりも速い。


 タツヤさん達三人に合わせて僕も身体強化の魔術を使っているのだが、それでもかなり頑張らないと遅れそうだ。

 ギリクさんの体重が掛かった担架を持ちながら、タツヤさん達は周囲に目を配っているが、僕は付いていくのがやっとだ。


 昨日、ジョーさんと一緒に訓練した時には、その底なしの体力に圧倒された。

 普段の様子から、タツヤさん達はそこまででは無いと思っていたのだが、この三人も並みの体力ではない。


 街道に出たところで一旦ギリクさんを降ろして休憩となった。


「オスカー代われ、隊列の後について後方の警戒をしろ」

「わ、分かりました」


 街道に出てしまえば危険度が下がるので、僕とジョーさんが交代……と言えば聞こえが良いのだろうが、僕が足を引っ張ってペースを上げられないから交代するのだ。

 実際、道が格段に良くなったことを差し引いても、街道に出るまでとは比べ物にならないペースで進んでいく。


 僕はギリクさんを持つ負担が無くなったのに、ついて行くのが精一杯だ。

 南西の門から街に入ったジョーさん達は、その足で守備隊の診療所へと向かった。


 ここは守備隊の施設ではあるが、一般市民も診療や治療が受けられる。

 そして、魔の森で怪我をした人の多くは、ここへ運び込まれて来るのだ。


「悪い急患だ、通してくれ!」


 診療所に入った僕らは、かつてヴェリンダを担ぎ込んだ部屋へとギリクさんを運び入れた。


「治療を始めます、服を脱がせるのを手伝って下さい」


 ジョーさん達に指示を出しながら、ギリクさんの服をジョキジョキと躊躇う素振りも見せずに鋏で切って脱がせている水色の髪の女性は、ケントさんの奥さんの一人だそうだ。


「近藤君、腕は無いの?」

「断面をロックオーガ食われちまってたから捨ててきた」

「そう、分かった。マノン、洗浄を始めて」

「了解」


 ジョーさんと話をしている黒髪の女性もケントさんの奥さんの一人で、『聖女様』とか『天使様』などと呼ばれている光属性治癒魔術の使い手だ。

 最初に、マノンさんがギリクさんの傷口を覆う大きさの水球を作って洗浄作業を始めた。


 透明だった水球は、瞬く間に血と軟膏、それに泥などで赤黒く染まっていった。

 マノンさんは傷口の洗浄をしながら同じ大きさの水球を作り出し、さっと入れ替えて洗浄作業を続ける。


 同じ作業を更にもう一度行うと、澄んだ状態を維持するようになり、それを見たジョーさんがポツリと呟いた。


「凄ぇな……」

「凄いですよね、あんなに澄んだ状態で」

「オスカー、お前ちゃんと分かってるか? あれは噴き出す血と同じ圧力を水に掛けてキープしてるから澄んだ状態を保ててるんだぞ」

「えっ……」


 ジョーさんに言われて気付いたが、まだ治療は行われていないから、普通ならば水球の中に血が溢れて濁るはずなのに、水は澄んだままなのだ。

 更に、その状態ままでユイカさんが治癒魔術をかけて傷口を塞いでしまった。


 澄んだ水球の中で傷口に薄皮が張って塞がっていく様子は、本当に奇跡のような光景だ。

 洗浄を始めて、足の骨折を含めた治療が終わるまで僕の感覚だと十五分程度しか掛かっていない。


「近藤君、傷口は塞いだけど失血は補えてないから暫く安静にしてね」

「了解、治療費はギルド経由でギリクさんに請求してくれ」

「分かった、やっとく」

「オスカー、ギリクさんを送り届けて来い」

「分かりました」


 これ以上の手助けは必要ないと言ったギリクさんだが、立ち上がった途端に左側へよろけて倒れそうになった。

 失血による眩暈に加えて、右腕を失ったことでバランスが取れなくなっているようだ。


 ジョーさんに手渡された毛布でギリクさんの体を包み、肩を貸して家まで送っていく。

 診療所の待合室には、ギリクさんよりは軽傷だが怪我を負った冒険者の姿もあった。


「片腕になったらギリクも終わりだな」

「ダンジョンで稼いだとか調子こいてっからだ」


 僕の耳にも聞こえているのだから、当然ギリクさんにも聞こえているはずだ。

 守備隊の敷地を出て、倉庫街にあるというギリクさんが借りている部屋へと向かう。


「笑いたきゃ笑えよ。さんざん威張りちらしておいて、このザマだからな……」

「そんな……笑えませんよ。僕らはギリクさんに救ってもらいましたから」

「ちっ……」


 部屋の前に着くと、ギリクさんは羽織っていた毛布を僕に放ってよこした後、手荒くドアをノックした。


「おかえりなさ……」

「このザマだ、出て行きたかったら出て行っていいぞ」


 腕を失ったギリクさんの姿を見て絶句していたヴェリンダだったが、すぐに微笑みを浮かべてみせた。


「お疲れ様でした、お風呂にします? それとも……」

「飯だ、それと酒もってこい!」


 ギリクさんは僕を振り返ることもなく部屋の奥へと姿を消した。

 ドアの前で言葉も無く立ち尽くしていた僕に、ヴェリンダが声を掛けてきた。


「オスカー送ってくれてありがとう」

「大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫よ。ギリクも、この子も、私がちゃんと世話するから……」


 ヴェリンダはギリクさんが入っていった部屋の奥に視線を向けた後、蕩けるような微笑みを浮かべながら自分のお腹をさすってみせた。

 なぜだか背中にぞっとするような寒気が走り、ヴェリンダがドアを閉めるまで一言も言葉を返せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る