第785話 思わぬ影響
ゆっくりと昼食を楽しんで、午後からまたネロと一緒に自宅警備員を続けようと思ったら、ヴォルルトが顔を出しました。
「わふぅ、ご主人様、クラウスが相談したいことがあるって言ってるよ」
「クラウスさんが? 何だろう……まぁ、行けば分かるか」
起き上がってグーっと体を伸ばすと、マルト達も僕の真似をしてみせましたが、ネロは尻尾の先だけパタっと動かしてみせた。
「ネロ、ちょっと出掛けてくるから、家の警備は頼むね」
「任せるにゃ」
ネロは器用に左目だけ開けて僕を見ると、もう一度パタリと尻尾を振ってみせました。
いやいや、もう昼寝する気満々でしょ。
セラフィマとカミラに、ギルドまで出掛けて来ると伝えてから、玄関に下りて靴を履いてから影の空間に潜りました。
ギルドの執務室へと移動して、ちょっと中の様子を覗いてみると、先に戻っていたヴォルルトが、ヘソ天状態でアンジェお姉ちゃんに撫でられてました。
まさか、僕にクラウスさんからの伝言を届けて、一仕事したから撫でて……とか言ってるんじゃないだろうね。
それなら呼び出しに応じた僕は、アンジェお姉ちゃんからハグして……おっと、影の空間から出ていないのにベアトリーチェに睨まれたんですけど。
「勘なの? 野生の勘みたいなもので、僕のスケベ心をキャッチしてるの?」
このまま影の空間から出ると、勘が確信になりそうなので、一度廊下に出て執務室の扉をノックしました。
「誰だ?」
「ケントです」
「おぅ、入ってくれ」
「失礼します……」
クラウスさんは執務机から立ち上がると、応接ソファーに座るように促し、ベアトリーチェにお茶を淹れるように頼んだ。
「何か依頼ですか?」
「依頼と言えば、依頼だな」
「またリバレー峠に山賊でも出ましたか?」
「いや、そうじゃねぇ……」
クラウスさんにしては珍しく歯切れの悪い言い方です。
「ケント、南の大陸との間を繋ぎ直せるか?」
「出来るか出来ないかと聞かれたら、出来ますけど……何かあったんですか?」
「魔石が不足しつつある」
「魔石……ですか?」
「あぁ、このところギルドでの魔石の買い取りがガクンっと減っている。このペースだと遠からず魔道具に使う魔石が不足する」
魔の森と接する最果ての街と呼ばれていたヴォルザードは、討伐した魔物から採取する魔石が産物の一つでもあります。
豊富な魔物を討伐して稼ぐ冒険者、買い取ったギルドは魔石を魔道具製作の業者などに安定供給する役割も果たしています。
「南の大陸との繋がりを断ってしまったから、魔物の数が激減したんでしょうか?」
「いや、そうとは限らない。魔の森を抜ける街道の護衛を請け負えるランクを下げた事の方が大きいだろうな」
「あぁ、Bランク以上だったのをCランクも請け負えるようにしたんでしたね」
これまで魔の森を抜けるには最低でもBランク以上の冒険者を護衛に雇わないと、ヴォルザードから魔の森側に出ることすら許可されませんでした。
セラフィマやカミラの輿入れに伴って、僕の眷属たちが街道を整備したり、野営地を設営したり、危険な魔物を近付けないようにしたおかげで、受注ランクが下げられました。
「なるほど、ラストックとの往来が大幅に増えて、護衛の仕事も増えた。ランクが下げられたからCランクの冒険者が討伐ではなく護衛の仕事を選んだ訳ですね」
「そういう事だ。今の魔の森を抜ける街道は、ゴブリンに出くわす事すら稀だと聞いている。それでも護衛は雇わないといけないし、通行したい商人が増えて護衛の取り合いまで起こっている状況だ」
「危険を伴う討伐よりも、安全に稼げる護衛の依頼を選ぶのは、当然と言えば当然ですよね」
いくら冒険者であっても、ただ危険を冒すだけが仕事ではない。
稼げるからこそ危険が伴う仕事もするが、同じ稼ぎならば安全な仕事を選ぶのは当然だ。
むしろ冒険者だからこそ、リスクとリターンの関係には人一番敏感なのだろう。
「それじゃあ、南の大陸との繋がりを回復させて魔物が増えたとしても、討伐する人が居ないんじゃないんですか?」
「そうなるな。だが、そうすると魔石の価格が上がって住民の暮らしに影響が出かねない」
魔石は日本の暮らしに例えるならば、電池であり、燃料でもあります。
水の魔道具を使えば、水道のように水が使えますし、温水の魔道具は給湯器の役割を果たしてくれます。
火の魔道具や風の魔道具は、ライターのようなものから暖房装置、扇風機の役割を果たします。
冷蔵庫も冷却の魔道具を使っていますから、魔石の価格が上がるのは、電気代や灯油代が上がるのと同じ状況を引き起こすのでしょう。
「それで、どうするんですか?」
「とりあえず、ケント、お前の持ってる魔石を少し買い取らせてくれ」
「それは構いませんが、根本的な解決にはなりませんよね?」
「分かってるよ。それはこれから考える。とりあえずだ、とりあえず」
まぁ、うちの影の空間には日頃から魔石が山になっているので、買い取ってもらえるのは吝かではありませんが、一人の力に頼るのは駄目だってクラウスさんが言ったんですよね。
まぁ、解決に苦慮しているみたいだから言いませんけどね。
「城壁の外に作った訓練場の効果は出てないんですか?」
「いいや、あれはあれで役割を果たしてるぞ。ただ、若造が急激に討伐数を増やせる訳じゃないからな」
「まぁ、引き際を自分で判断できるようにならないと命を落としかねませんからね」
「そういう事だ。まぁ、守備隊には訓練場での訓練を終えたら、外で魔物を討伐させる訓練をやらせて、素材や魔石を回収するつもりだが、どれだけの量を確保できるかは未知数だからな」
ヴォルザードの守備隊は優秀だと思いますが、全員を魔物の討伐に注ぎ込める訳ではありません。
街中の治安維持などの通常業務もあるでしょうし、それこそ守備隊の給料よりも護衛の方が遥かに稼げるならば、守備隊員が減る可能性だってあるでしょう。
「ラストックの復興が一段落すれば、護衛の依頼も少しは減るんじゃないですか?」
「どうだろうな、商人ってのは儲けが出るなら何処にだって行くもんだ。ラストックに足掛かりを作れば、更にその先に……って考えるようになるだろうし、そうなれば護衛の依頼は減るどころか増えるぞ」
「つまり、護衛依頼の報酬と魔石の買い取り価格のバランスが取れるようになるまでは、根本的な解決は難しいって感じですか?」
「街が栄えるのは悪い事じゃないが、あまりに急激すぎると色んな所に皺寄せが出てくる。かと言って、あまり強い対応策を講じると、それが別の悪影響を引き起こす場合もあるからな」
「なるほど、それでとりあえず僕の持ってる魔石なんですね」
「そういう事だ。多少の色は付けてやるから、ドノバンと相談して必要な分を買い取らせてくれ」
「分かりました」
多少の色の所で、ベアトリーチェが何か言いたそうだったけど、街のためでもあるから交渉はほどほどにね。
この後、一階に下りてドノバンさんと打ち合わせをしたのですが、必要とされる魔石の二倍でも三倍でも用意できると伝えたのですが……。
「ケント、それはヴォルザードで消費される魔石の半年分を超えてるぞ」
「えっ、そうなんですか。でも、言ってもらえれば、いつでも用意しますよ」
「はぁ……俺たちが魔石不足で頭を悩ませているのが馬鹿らしくなるな。代金は、お前の口座に入れておくから、魔石を置いたら帰っていいぞ」
ヴォルザードに貢献しようと思っただけなのに、なんか扱い悪くないですかね。
まぁ、かなりの収入になるみたいですし、その点については文句は無いんですけどね。
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