第750話 ローラー作戦(中編)

 リーゼンブルグの王都アルダロス周辺には、いくつかの裏組織が存在している。

 その中の一つ『双頭の蛇』は、二人のボスが仕切る組織として知られている。


 ボスを二人置く理由は、一人が抗争で殺されたとしても、もう一人が残っていれば組織として生き残っていけるからだ。

 蛇は頭を潰さなければ死なない、二つの頭を持つ蛇ならば、両方を一度に潰さなければ死なないということだ。


 現在、『双頭の蛇』を仕切っているボスは、兄ゴーグと弟ベーグの双子の兄弟だ。

 左の頬に大きな傷があるのが兄ゴーグで、鼻から右の頬に大きな傷があるのが弟ベーグだが、傷が無ければ見分けがつかないほど良く似ている。


 身長は然程高くないが、胸板が厚く、丸太のような腕をしている。

 二人とも喧嘩っ早く残忍な性格をしているが、ただの脳筋とは違って頭が回り、ジワジワと縄張りを広げていた。


『双頭の蛇』の資金源は、バルシャニア産の麻薬だ。

 独自のルートで仕入れた麻薬や粗悪な薬物をアルダロスの裏町で売り捌き、儲けた金で高利貸しも営んでいる。


 ラストックやヴォルザードに出回っていたポーションもどきも『双頭の蛇』が作って売り捌いたものだ。

 ゴーグとベーグの兄弟は、一部の幹部にしか教えていない秘密の隠れ家で酒を酌み交わしている。


「兄者、もうポーションは作らないのか?」

「官憲の動きがいつもと違うようだ。暫くは様子見だ」

「だが次の配合は、ほぼほぼ出来上がっているのだろう?」

「出来ているが、ほとぼりが冷めるまでは量産はしない」

「研究は続けるのだな?」

「勿論だ。いい儲けになるからな」


 例のポーションもどきは、効果の割には製造単価が安く済み、一度に大量に製造出来たので儲けも大きかった。

 麻薬のように取り締まりの目を盗んで売るのではなく、合法な気付けポーションとして販売したので大量に売り捌けたのだ。


 ただし、既に例のポーションもどきは違法な薬物として認定されてしまっている。

 例え、色や匂いなどの見た目が違う品を作っても、今度は最初の段階で疑われてしまうだろうし、そうなると合法品としては販売できなくなる。


 単価が安く大量に作れたとしても、売れなければ利益は出ない。


「それでは、いつになったら売り捌けるか分からんぞ、兄者」

「心配するな、手は考えてある」

「どうするのだ、兄者」

「粗悪な合法品を作る」

「そんなもので儲かるのか?」

「儲からねぇな」


 ゴーグが半笑いで言い捨てたのを聞いて、ベーグは首を捻ってみせた。


「儲からないんじゃ意味無いんじゃないのか?」

「いいや、意味はあるぞ。次への布石だ」

「次への布石?」

「そうだ、まずは安価なポーションを売って、飲む習慣を付けさせるんだ」

「なるほど、合法品じゃ物足りなくなった奴に、違法品を売りつけるのか」

「それでも良いし、合法品の改良版だといって違法品を合法品として売ってもいいだろう」

「なるほど、合法品として大量に売り捌かないと旨みが少ないのか」

「そういうことだ。効果なんざ麻薬の量を調整すればいくらでも増やせる。あとは、いかに違法品だと気付かれずに売り捌くかだ」


 ゴーグが今後の方針をベーグに説明していると、ドタドタと騒がしい足音が廊下から響いてきた。

 荒々しくドアがノックされた後、外から幹部の声が響いて来た。


「ボス! ポーションの製造所が錠前の連中に襲われました」

「なんだと!」


 ベーグがドアの鍵を開けて幹部を招き入れる。

 錠前の連中とは、『鉄の錠前』という名の対抗組織で、こちらも薬物の密売を資金源にしている。


「被害の状況はどうなってる!」

「製造所に使っていた倉庫は全焼で、こっちには死人も出てるようです」

「ちっ、錠前の野郎共め……なんだって急に突っ掛かってきやがったんだ」

「それが、郊外にある奴らの拠点を俺らが襲った報復だとか……」

「馬鹿ぬかすな! こちとらポーションで儲けて、他人を襲う必要なんかねぇ!」

「それで、どうしやすか?」

「報復するに決まってんだろうが! さっさと兵隊集めろ!」

「へぃ!」


 一喝された幹部は、深々と頭を下げた後で部屋を飛び出していった。


「兄者、俺が現場に出るから、兄者は拠点を守ってくれ」

「ベーグ、容赦するなよ、一発殴られたら二発、二発殴られたら五発殴り返せ!」

「分かってる。錠前の奴ら、皆殺しにしてやる!」

「ちょっと待て!」


 飛び出して行こうとするベーグを呼び止めて、ゴーグは二つのカップに酒を注いで片方を差し出してた。


「下手打って死ぬんじゃねぇぞ!」

「兄者、家は任せたぞ!」


 互いのカップを打ち合わせると、一息に酒を飲み干した後で、双子の兄弟は席を立ち、互いの働く場所へと向かった。

 その様子を影の中からスケルトンとコボルトが見守っていた。


『双頭の蛇』の対抗組織『鉄の錠前』の麻薬製造所を焼き払ったのはラインハルト達だ。

 薬物の密造所を発見したら、周囲に燃え広がる心配が無い場合は焼却処分。


 周りに建物が密集しているような場所では、製造設備を根こそぎ闇の盾を使って強奪した。

 その結果、麻薬の密造施設を燃やされた『鉄の錠前』の幹部は、縄張りの奪い合いなどで対立していた『双頭の蛇』の仕業だと思い込み、報復を指示したのだ。


 フレッドはコボルト隊と連携して、燃やした密造所から報告に戻る『鉄の錠前』の構成員を追跡し、アジトを探り出し、報復を命じられた構成員を追跡して『双頭の蛇』の製造所に辿り着いた。

 そこから襲撃の報告に向かった『双頭の蛇』の構成員を追跡して、ここまで辿り着いた訳だ。


 因みに『鉄の錠前』の本拠地からは、更に連絡に向かう構成員を追跡して、関連施設の洗い出しが行われている。

 違法な薬物を提供している酒場、賭博場、娼館などは、全てラインハルト達の襲撃目標としてロックオンされている。


 表の金庫に仕舞われている現金、宝石、貴金属類、そして隠し金庫に保管されている金塊や裏帳簿、借金の証文なども、現在進行形で持ち出されている。


『鼻に傷のある男は任せる……可能なら対抗組織のアジトを見つけて……』

「わふぅ! 任せて!」


 コボルト隊にベーグの追跡を任せて、フレッドは影の中からゴーグを追跡する。

 裏路地を縫うようにしてアジトに向かっていたゴーグに、物陰から飛び出してきた男が剣を振り落とした。


「死ねぇ!」

「馬鹿が!」


 斬り付けられたゴーグは、剣を避けるどころか猛然と踏み込み、襲撃者の顔面に頭突きを食らわせた。

 鼻っ柱を潰された襲撃者がのけ反ると、ゴーグは腰から抜いたナイフを相手の左胸に突き立てた。


「がはっ……」


 ゴーグは襲撃者の襟首を掴むと、その後にいた別の襲撃者目掛けて突き飛ばした。

 更に、最初の襲撃者が放り出した剣を拾うと、二人目、三人目の襲撃者を力任せの剣で斬り伏せてアジトへと向かった。


 辿り着いたアジトも『鉄の錠前』の構成員らしき男達に襲撃を受けていて、ゴーグは既に血で濡れた剣を振るって乱闘へと割って入っていった。

 裏組織同士の潰し合いを横目に見ながら、フレッドは『双頭の蛇』のアジトの家探しを始めた。


 ゴーグの奮戦もあって『双頭の蛇』は襲撃者達を退けたが、抉じ開けられた形跡など見当たらない金庫からは、銅貨一枚すら残さず中身が全て持ち出されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る