第742話 対策開始
「ケントです、入りますね」
「おぅ、どうした、何か用か?」
来客がないのを確認してから、影の空間から声を掛けて執務室へ踏み込むと、クラウスさんが上機嫌で迎えてくれました。
たぶん今日の夜明け前、南西側の城門が大混雑していたという情報が伝わって来ているのでしょう。
魔の森を抜ける街道の護衛受注可能ランクを下げたことで、人と物の流れが一気に活発化しました。
人と物が動けば当然お金が動き、その多くがラストックの復興絡みとあればヴォルザードが潤うのは火を見るよりも明らかです。
「今朝、夜明け前に城門まで行ってみたんですけど、凄い混雑でしたよ」
「おぅ、報告が来てるぞ。城門を出た馬車の数は、昨日の四倍以上だ」
「でしょうね。本当に魔の森に向かう門なのかと疑いたくなるほど人でごった返してました」
「良いな、実に良い傾向だ。ヴォルザードの職人連中は、休む暇も無いほどの好景気だぜ」
「みたいですね。ここに来る前に靴屋のマルセルさんの所に寄って来たんですけど、大量注文で仕事が終わらないって言ってました」
「人の不幸を喜ぶつもりはないが、ラストックの水害のおかげで今年のヴォルザードは過去最高の税収が見込めるぜ」
人、物、お金が動けば、必然的に税収もアップして、クラウスさんが上機嫌になるという訳です。
この機嫌の良さに冷や水を浴びせるのは少々忍びないのですが、ヤバいポーションは放置できない問題です。
「好景気にケチを付ける気は無いんですけど、ちょっとヤバいポーションが出回っているみたいです」
「ヤバいポーションだと?」
「えぇ、フラフラになりながら仕事を続けていたマルセルさんが使ってた物なんですが……」
影の空間に置いておいたマルセルさんから預かってきたポーションを取り出すと、それまで笑いが止まらない様子だったクラウスさんの表情が引き締まりました。
「なんだ、そのポーションは? 飲んだらどうなる?」
「飲むと、疲れも眠気も吹き飛んで、バリバリ仕事ができるようになるみたいです」
「良いことじゃねぇか……と言いたいところだが、問題があるんだな?」
「はい、体の中の魔力の流れをグチャグチャにして、元気があるように錯覚させるようです。しかも……薬が切れると動けなくなるみたいです」
「なんだそりゃ、まるでブースターじゃねぇか」
マルセルさんの様子を順を追って話していくと、どんどんクラウスさんの表情が厳しくなっていきました。
「ブースターほど極端な効き目じゃないようですが、マルセルさんの体内から薬の成分を抜くように治療したら、薬の反動なのか動けなくなっていました」
治癒魔術も効果が無く、マルセルさんの肝臓に理由は分からないが腫瘍ができていたことも付け加えました。
「ケント、そのポーションは何本ある?」
「この他に、あと二本です」
「よし、一本は守備隊に持って行って事情を話して、ヴォルザードへの持ち込み、及びヴォルザードでの取り引きを禁止させろ」
「分かりました……」
「あぁ、ちょっと待て。もう一本は薬屋のコーリーの所に持ち込んで、中身を調べてもらえ」
「了解です」
ポーションを一本クラウスさんに手渡し、影に潜って守備隊へ移動しました。
カルツさんを探そうかと思いましたが、ちょっと考えた後で総隊長室へとむかいます。
ここでも、来客が無いのを確認してから声を掛けました。
「ケントです、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
クラウスさんとは対照的に、執務机に向かってビシっと姿勢を正して書類に目を通していたマリアンヌさんは、厳しい表情で僕を迎えました。
僕がここに来ること自体が稀なので、緊急事態だとかんじとったようです。
「急ぎなのね?」
「はい、どうも質の悪いポーションが出回っているようです」
応対に出て来た時のマルセルさんの様子から、ポーションを受け取った経緯、治療した後の様子を話すと、マリアンヌさんの表情は厳しさを増しました。
話を聞き終えた後も、僕が手渡したポーションを無言でジッと見詰めた後で、おもむろに話し始めました。
「ブースターを作るのには、とても手間が掛かると聞いたことがあるわ。この濁り具合からみても、ポーションの質としても良くないと思うわ」
「コーリーさんのブースターは、もっと濁りが無くて澄んでいました」
「治療をしてポーションの効き目が抜けてもマルセルさんが気を失わなかったのも、ブースターほどの強い効果が無かったからでしょう」
「なるほど……」
ブースターほどの効果は無いが、効果が切れた時の反応も緩やかだから継続して使い続けられるのでしょう。
「ただ、もしかするとマルセルさんは、とても危険な状態だったかもしれないわ」
「何か思い当たることがあるのですか?」
「最近、酔っぱらって滅茶苦茶に暴れて、うちの隊員たちに取り押さえられる人が増えているの」
「もしかして、このポーションを飲んでいる状態でお酒を飲んだんですか?」
「たぶん、そうだと思うけど……翌朝、留置場で亡くなっていたり、息はあるものの目を覚まさなかったりするの」
「えぇぇぇ……これまでに、そうした方は何人ぐらい居るんですか?」
「この一週間で十人近くになるはずよ。みんな供述が取れないから、このポーションが関わっているという確証は無いけど、可能性は高いわね」
マリアンヌさんの話によれば、暴れていた人たちは殆どが正気を失って、もの凄い力を発揮していたそうです。
「そう言えば、職人さんの割合が高かったわね。このポーションを使っていなかったか、もう一度確認させるわ」
ヴォルザードでは、日本のような司法解剖制度は無くて、留置場で死亡した場合でも外傷が無ければ病死として処理されるそうです。
アルコールが加わった場合、どんな影響を及ぼすのか分かりませんが、これは早急に根絶しないとヴォルザードの職人が激減しかねません。
「ケントさん、コーリーさんの所に行くなら、飲んでしまった場合の対処方法も聞いてきて」
「分かりました。ちょっと行って来ますね」
僕が影に潜ると、マリアンヌさんは副官にポーションのヴォルザードへの持ち込み、販売、提供を禁止するように命じました。
街全体に知らせて規制を掛けるような動きは、多くの人手を割ける守備隊に任せた方が早いでしょう。
僕はコーリーさんに対処法を聞きに行きましょう。
裏通りにあるコーリーさんの薬屋を覗くと、お客さんが来ているようです。
コーリーさんが接客しているのですが、何だか様子が変です。
「頼むよ、赤黒くって、ちょっとドロっとした気付けのポーションだよ。売ってくれ!」
「そんなものは置いてないよ。他を当たんな」
「なんだよ……俺がこんなに必死に頼んでるのによぉ!」
客の男がカウンター越しにコーリーさんに掴み掛かろうとしたので、闇の盾で行く手を阻みました。
「なんだこりゃ……」
客の男が顔をぶつけて尻もちをついた所で、闇の盾を移動させ、大きくしながら表に出ました。
「なっ、なんだ手前は!」
「Sランク冒険者のケント・コクブです。暴力は感心しませんね」
「ケント……魔物使いか!」
「えぇ、そんな風にも呼ばれてますね。これ以上、コーリーさんのお店で暴れるなら、僕と眷属が相手になりますよ」
僕の後ろから、ラインハルトが姿を現すと、客の男は意味不明な叫び声を上げながら店の外へと飛び出していきました。
「大丈夫ですか、コーリーさん」
「ふぅ、寿命が縮んだよ。何なんだい、あの男は」
憤慨するコーリーさんに事の経緯を話すと、質の悪いポーションの鑑定を引き受けてくれました。
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