第739話 引き際

※今回はペデル目線の話です。


「馬鹿野郎! 仲間の魔法の射線に入るな! 弱らせる前にデカい魔法撃ったって当たらねぇよ。地道に削れ! 死角から攻撃しろ! 動きを予測して回り込め!」


 ヒヨッコ共が、オークを囲んで右往左往している。

 こんなに足場が良くて、見通しも良い場所でこのざまじゃ、森の中じゃ餌食になるだけだ。


 結局、五人組のパーティーでオーク一頭を討伐するまで一時間以上も掛かった。

 こんなんじゃ、実戦でのオーク討伐は許可できない……というか、こいつら自身がヤバいと感じているだろう。


 ここはヴォルザードの南側、城壁の外にある訓練施設だ。

 生きた魔物を使って、実際に討伐する訓練をするために作られ、俺は講師役とし指名依頼で雇われている。


 ギルドと守備隊の共同運営という形だそうだが、中で働いてみると驚きの連続だった。

 例えば、魔物を討伐してしまえば、新たな魔物が必要になるのだが、注文票を掲示板に張っておくと勝手に補充される。


 いつの間にか注文票が無くなって、暫くすると指定した檻に指定した魔物が補充されているのだ。

 誰がやっているかなんて言うまでもない、魔物使いの小僧の仕業だ。


 注文票には、普通のゴブリン、活きの良いゴブリン、普通のオーク、活きの良いオーク……など魔物の種類が書かれていて、丸をつけて頭数を書き込む。

 最初は普通とか、活きが良いとか、何のことかと思ったが、実物を見せてもらったら、その差は歴然だった。


 体の大きさも、腕や足の太さも、敏捷性もまるで違う。

 その違いを見て、種別を分ける理由が良く分かった。


 魔の森で出会うゴブリンには個体差があり、ゴブリンと一括りにするのは危険なのだ。

 ゴブリン一頭だと侮ったりすると、逆に痛い目に遭わされたりする。


 実際に魔物を使って訓練ができるだけでも十分に恵まれていると思うが、ここまで手配していると知って呆れる思いだった。

 同じゴブリンでも強弱があると伝えるのは悪い事ではないし、むしろ必要な事だ。


 だが、その違いのある魔物を要求通りに準備するなんて、Aランクの冒険者でも不可能だろう。

 それを易々と、しかも安定して供給し続けているあたり、魔物使いはふざけた存在だと言うしかない。


 訓練場で教官の真似事をやっていると、ギルドや守備隊の情報を聞く機会が多い。

 魔物使いといえば、その仲間であるジョーたちは、ロックオーガを討伐したらしい。


 ロックオーガともなると、他の個体は居なかったのかとか、どうやって討伐したのか……などをギルドから聞かれることになる。

 普通のオーガとは桁違いに危険度が上がるので、街の近くに潜んでいないかギルドも神経を尖らせているのだ。


 それと同時に、ロックオーガを討伐した連中は一目置かれるようになる。

 若手から中堅、二流から一流にステップアップする時に挑む魔物なのだ。


 勿論、俺はロックオーガを見つけたら逃げの一手だ。

 固い皮膚を貫くような武器も、武術の腕前も、魔法の威力も持ち合わせていない。


 立ち向かったとしても結果が見えているならば、討伐しようと考えることは、首を吊ろうと考えるようなものだ。

 ジョーは若手の中では間違いなく上位に位置する腕を持っているが、それでも討伐には慎重だ。


 そのジョーがロックオーガに挑むという事は、止むを得ない事情があったか、上に行こうという意思が働いたか……おそらく後者だと思われる。

 しかも、討伐の様子を聞くと、時間こそ掛かったが、殆どジョーが一人で倒し、シューイチは止めを刺しただけだったらしい。


 魔物使いがふざけた存在なのは間違いないが、ジョーやシューイチもふざけた存在になりつつあるようだ。

 オスカーにはジョーを真似ろなんて言ってしまったが、ちょっと無理な話だったかもしれない。


 この訓練場は、若手冒険者がコロコロ死ぬのを防ぐために造られたと聞いたが、守備隊の連中も頻繁に訓練を行っている。

 小耳に挟んだ話では、ラストックまでの間に新しい野営地が増えて、その治安維持に守備隊が派遣される事になったらしい。


 俺らが若い頃は、魔の森を抜ける街道は本当に命懸けの場所であり、その護衛の報酬は破格だった。

 その魔の森を抜ける街道は、近々護衛のランクがCに下げられ、マールブルグに行くのと同様の気軽さで通れるようになるらしい。


 その話を聞いた若手連中は、美味しい護衛依頼を受けられるように、早くCランクまで上がろうと躍起になっているようだ。

 割の良い護衛依頼を受けられれば、収入は増えるし、生活も安定する。


 好きな女と家庭を築く算段ができる……なんて考えているようだ。

 本当に、俺らの時代とは隔世の感がある。


 ただ、ラストックまでの護衛が美味しい仕事であるのは、そう長い期間ではないだろう。

 護衛ランクが下がるという事は、護衛の難易度が下がっているという事だ。


 困難な仕事や危険な仕事に対しては高額な報酬が支払われるが、難易度の下がった仕事には相応な報酬しか支払われなくなるのが世の常だ。

 今は美味しい仕事も、じきに普通の仕事になるのは目に見えている。


 本当に美味しい仕事にありつけるのは、ジョーたちのように魔物使いにコネがあり、しかも腕が立つ連中だ。

 ジョー達がオーランド商店の馬車を護衛してラストックに行った話も聞いている。


 デルリッツさんが魔物使いに指名依頼を出して、それを受諾してもらえるようにジョーを仕向けたらしい。

 デルリッツさんは、魔物使いのコネを使ってラストックを治めている貴族と面談し、水害からの復興支援を条件に支店建設の用地を確保したらしい。


 その話を聞いた他の商会主たちは、地団太踏んで悔しがったそうだ。

 早い段階からジョーたちに目を付けて、囲い込んだデルリッツさんの勝ちだ。


 それにしても、世の中の変わり方が早すぎる。

 俺みたいな錆びかけの冒険者は、その流れに付いて行くのが難しくなるばかりだ。


 この訓練施設の教官の仕事を指名依頼で受けるようになった時、ドノバンさんから言われた。


「指名依頼を出しているうちに金を貯めておけ、ギルドの職員になったら、この金額は出せんぞ」


 つまり、冒険者として現役を続けられるのはあと僅かだから、引退する前に稼いでおけとお膳立てしてもらったのだ。

 事実上の引退勧告のようなものだ。


 命を落とす冒険者が多い年代は、十代の駆け出しに続いて老齢に差し掛かる頃だ。

 まだ若いつもりで、いつもの調子で討伐に向かい、あれっと気付いた時には手遅れらしい。


 俺はまだ大丈夫だと思っているが、ドノバンさんから見ると、満足に動ける期間はあと何年も残されていないのだろう。

 考えてみれば、装備の手入れは欠かした事は無いが、若い頃の様な鍛錬はもう何年もやってない。


 今からでもやれば、二、三年程度は伸ばせるかもしれないが、だからと言ってやる気は起きない。

 長年に渡ってしがみついてきた冒険者稼業から足を洗うと考えると、一抹の寂しさはある。


 それでも次の仕事があるのは恵まれているのだろう。

 それもこれも、素材の剝ぎ取りにこだわってきたおかげだ。


 冒険者という連中は、とにかく強さをアピールしたがるものだが、強さだけで大きな収入を得られるのは一握りの連中だけだ。

 では、他の連中が金を稼ぐにはどうすれば良いかと言えば、素材を良い状態で持ち込むことだ。


 秋になり、冬の足音が聞こえてくる頃になると、コボルトなどの毛皮の買い取り価格が上昇する。

 冬毛に生え変わり、防寒具の素材としての価値が上がるからだ。


 買い取り相場の価格が上がっても、毛皮自体の状態が悪いと高く買い取ってもらえない。

 倒すのは、腹か首筋の一撃で、切れたり穴が空いたりしないように剥ぎ取りをしなければならない。


 状態の悪い物と良い物では、倍以上も値段が変わってくるのだ。

 買い取る側としても、状態が良い物が多い方が利益に繋がるし、だから俺みたいな奴が講師役として選ばれるのだ。


 ここではコボルトの討伐や毛皮の剥ぎ取りも教えている。

 コボルトと言えば、討伐した魔物を片付けるのは、魔物使いが使役しているコボルトだ。


 魔石を取り出され、皮を剥がれて肉の塊になったコボルトだったものを、影から現れたコボルトが片付けるなんて、理解に苦しむ光景だ。


「冒険者が手取り足取り教わって、平和な魔の森に狩りに行く? なんでこうも変わっていくんだろうな……」


 やはり、時代の流れに付いていけなくなったロートルは、現場から立ち去る頃合いなのかもしれない。

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