第738話 野営地の警備

 本日は、クラウスさんに呼び出しを受けてギルドの執務室に出向きました。

 影の空間から来客が無いのを確認してから声を掛けます。


「ケントです、入りますね」


 本日のクラウスさんは、珍しくデスクに向かって真面目に仕事をしています。

 その一方、ヴォルルトはアンジェお姉ちゃんの足元でヘソ天してやがります。


「おぅ、呼び出して悪かったな」

「いえ、大丈夫です……」

「あぁ、あれは……諦めた」

「えぇぇ……」

「というか、お前の管轄でもあるだろうが」

「そうですね。配置転換考えないと駄目かなぁ……」


 そう言った途端、ヴォルルトはパっと立ち上がって敬礼してみせました。


「わふぅ、いらっしゃいませ、ご主人様」

「まったく、犬は飼い主に似るっていうけど……」

「なんで俺を見るんだ、ケント。飼い主はお前だろう……」

「はぁ……それで、今日は何の用でしょう?」

「おぅ、まぁ座って話そう」


 仕事用のデスクから離れる口実を見つけて、いそいそと応接ソファーに移動する感じは、さすがヴォルルトを側に置いているだけのことはあるという感じですね。


「なんだ? なんか文句あるのか?」

「いいえ、ありませんよ」

「野営地の整備は終わったのか?」

「はい、バッチリです。けど……」

「けど、なんだ?」

「リーチェたちから、女性が使いやすい環境を整えてほしいって要望されてるんですが、どうしたものかと……」


 ベアトリーチェたちから要望されている内容をクラウスさんに伝えました。


「なるほどな、確かに男ばかりが移動しても本当の意味での往来ではないな」

「なので、女性限定のエリアとかを作ろうかと思ったんですが、そうなると護衛の男性もはいれなくなるので」

「そうなると女性冒険者の需要が増えるだろうが、腕の良い冒険者は限られているし……てか?」

「そんな感じです。なにか良いアイデア無いですかね?」

「無いな」

「そんなアッサリ言わなくても……」

「いいや、そういう意味で無いって言った訳じゃねぇ」

「と言いますと?」

「本当の意味で、女性が利用しやすいっていうのは、特別な環境を用意することじゃねぇんだよ」


 女性が利用しやすい環境……と考えたら、女性専用エリアを増やせば良いのではないかと考えてしまいますが、どうやらクラウスさんの考えは違うようです。


「トイレや風呂や更衣室なんかは、当然男女別々にする必要があるよな?」

「はい、一緒にしたら女性は使いづらいですよね」

「そうしたエリアを利用する人数に見合った広さで作るのは当然として、その他の部分は普通でいいんだよ、普通で」

「でも、女性専用の方が安心できませんか?」

「ケント、その考えがおかしいんだ」

「えっ、おかしい?」

「そうだ。女性専用のエリアが無ければ、女性が安心して過ごせないような環境が間違ってるんだ。ヴォルザードの街中を見てみろ、目抜き通りに女性専用の歩道があるか? アマンダの店に、女性専用の席があるか?」

「あっ……無いです」

「そうだ、そんな女性専用なんて場所を用意しなくても、男も女も安心して過ごせる環境を作る、ふざけた行為を働けないような治安を維持するのが大事なんだよ」

「なるほど……」


 これは、ちょっと目から鱗かもしれません。

 僕が女性専用と聞いて、真っ先に思い浮かべたのは通勤電車の女性専用車両でした。


 女性専用車両が作られるようになったのは、言うまでもなく痴漢対策です。

 でも、よく考えてみれば、痴漢から逃れるために女性が専用の車両に乗らなけれならない状況の方がおかしいですよね。


 そもそも、卑劣な痴漢行為を行うような輩を排除すれば、女性専用車両なんて必要ありません。


「確かに、野営地全体が女性にとって安心して過ごせる場所であれば、トイレなどを分けて設置すれば良いだけですね」

「そういう事だ」

「それならば、守備隊に協力をお願いできませんかね?」


 今はコボルト隊が巡回して、良からぬ事を働く輩には制裁を加えていますが、これは言うなれば私刑です。

 それに、コボルト隊は姿を隠して行動していますが、目に見える抑止力があった方が治安の維持には役に立つ気がします。


「勿論、構わないぞ。喜んで協力させよう」

「だとしたら、ラストックの騎士団にも協力を要請しないと駄目か」

「そうだな、今現在、街道に設置した野営地は六ケ所だな?」

「はい、その通りです」

「ならば、ラストックとヴォルザードで三ヶ所ずつを担当するようにしよう」

「守備隊に常駐してもらえるならば、詰所を用意しますので、どのくらいの広さが必要か、一度視察をしてもらってもいいですかね?」

「そうだな、実際に現地をみて、どの程度の人員が必要か判断する必要はあるな。よし、守備隊には指示を出しておく、どの程度の詰所が必要か決まったら、ヴォルルトに伝えさせる」

「はい、それじゃあ僕は、ラストックの騎士団にも要望を出してきます」

「おう、そうしろ。双方の詰所の大きさや設備には差が出ないように同じにしろよ」

「分かりました。くだらない文句が出ないように気を付けます。それじゃあ……」

「あぁ、待て待て、まだ話は終わってねぇぞ」


 ラストックに向かおうとしたら、クラウスさんに待ったを掛けられました。


「南の大陸と繋がる橋は全部落としたんだよな?」

「はい、もう完全に分離していますし、海流が凄いから泳いで渡ろうなんて魔物はいないと思います」

「そうか、橋も落とした、野営地の整備も終わった」

「では、ランクの引き下げですか?」

「そうだ、魔の森……いや、もうそう呼ぶことすら相応しくないかもしれねぇな。ヴォルザード、ラストック間の護衛受注可能ランクをCランクに引き下げる。ついては、暫くの間で構わないから、大型の魔物が街道に近付かないようにしてくれるか?」


 環境が整ったので、更に交易を活発化させる方向へ舵を切るようですね。


「期間はどのくらいでしょう?」

「とりあえず、三ヶ月。その後は一度ケントたちの監視を解除した後で、どの程度の被害が出るか見て判断する」

「了解です。巡回の人員を増やして対応します」

「すまねぇな、ランクを引き下げた途端に被害に遭う連中が増えると困る。せっかく盛り上がっている交易が萎んじまうからな」

「ランクの引き下げは、いつからですか?」

「このまま何も起こらなければ、来週の頭からにするつもりだ。なにか問題があるか?」

「いいえ、大丈夫です」

「ならば、その予定で進めてくれ、経費に関してはリーチェと相談して振り込むから心配すんな」

「ありがとうございます、じゃあ、ちょっとラストックに行って交渉してきます」

「おぅ、頼むな」


 この後、ラストックの駐屯地へと移動して、領主ゼファロス・グライスナー公爵の次男で、ラストックの運営を任されているヴィンセントさんを訪ね、野営地への騎士の駐屯について相談をしました。

 ラストックは、まだまだ水害からの復興道半ばという状況ですが、父親のゼファロスさんや王都の騎士団からも助力が得られないか相談しながら話を進めてくれることになりました。


 これでまた二つの街、二つの国の距離が近付いた感じがしますね。

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