第722話 苦笑いの朝
野営地の跳ね橋が下ろされると、隊列を組んだリーゼンブルグの騎士達がゆっくりと馬を進めて街道へと姿を現しました。
ピカピカに磨きあげられた鎧に身を固め、背筋をピンと伸ばした騎乗姿勢は、これぞ騎士という姿です。
馬たちも綺麗にブラッシングされて、ピカピカの毛艶をしています。
いよいよ輿入れ当日を迎えて、隊列を率いるゲルトも緊張の面持ちです。
この後、午前、昼、午後の三回の休憩を挟み、夕方にはヴォルザードに到着する予定です。
各休憩場所での、人と馬への水や食料などの準備も万端整えてあります。
カミラ一行が出発した後、一旦野営地の跳ね橋を上げる予定でいます。
内部を一般の人達も使いやすい状態に調整し、野営地や跳ね橋の運用規則を提示します。
勿論、規則に従わない人は、強制的に排除しますと、僕の名前で目立つ看板を設置します。
今のところ、街道を挟んだ向かい側の野営地は、大きな問題も無く利用してもらっていますが、中には規則に従わない人もいました。
基本的に、移動の出来ない建物は禁止しているのですが、資材を持ち込んで建設を試みる人達がいました。
まぁ、夜中のうちに建築途中の建物も資材も消えて無くなっちゃうんですけどね。
そうした事が、二度、三度と続けば、殆どの者が建設を諦めます。
いくらコストを注ぎ込んでも、何の成果も出せないのでは損失が増えるだけですからね。
馬車を使って商売をする事は許可していますが、同じ場所で何日も商売を続けることは禁止しています。
こちらも規則を守らない人がいたのですが、売り物が無くなったり、いつの間にか馬車が野営地の外に放り出されていたりしたそうです。
ホントに、いったい誰がそんなことをしてるんですかねぇ……わふっわふっ。
今回、カミラの輿入れ行列が通るので、ゼータ達のマーキングやコボルト隊の巡回を増やして魔物が街道に寄り付かないようにしていましたが、厳戒態勢は解除する予定です。
あまりにも安全すぎると、護衛は必要無いだろう……と、冒険者の仕事が減る可能性があります。
コボルト隊の戦力をこちらに集中しておく訳にもいきませんから、討伐は大物に限定していくつもりです。
ていうか、厳戒態勢を敷いて魔物を討伐したおかげで、また影の空間に魔石の山が出来ていたりするんですよねぇ。
ただ、南の大陸から渡って来る場所は大幅に制限しましたが、それでもこちら側に向けて数多くの魔物が渡って来るようです。
南の大陸で魔物が大量に発生して、居場所を確保出来なかった者達が新天地を求めて渡ってくるようです。
影の空間から無事に出発したカミラ一行を見送っていると、ラインハルトが話し掛けてきました。
『ケント様、ご用意はよろしいのですか?』
「まだ、出立したばかりだからね。ずっと堅苦しい礼装をしてるのなんて御免だし、馬に乗る練習もしたから大丈夫だよ」
ヴォルザードに到着した後、カミラは一旦領主の館を訪問し、今夜はそのまま宿泊します。
明日、改めて僕の家まで移動して、結婚披露パーティーを開く予定でいます。
これは、セラフィマが輿入れした際に、バルシャニアの行列がヴォルザードの目抜き通りを通って領主の館までパレードしたからです。
カミラもリーゼンブルグの王女として、同等のパレードを実施する訳です。
僕の家の門は、ヴォルザードの南西の城門から歩いて五分ほどしか離れていません。
直接入ってしまうと、パレードにならないんですよ。
そこで一旦領主の館に向かってもらう事になったんです。
パレードの後、数人の騎士を護衛として残し、他の騎士達は守備隊の宿舎に宿泊する手はずになっています。
明日が結婚披露パーティーで、明後日は一日休息、三日後にはヴォルザードの守備隊とリーゼンブルグの騎士で演舞大会を開く予定です。
これもバルシャニアの一行が来た時と一緒ですし、あの時は見物客も入れて大いに盛り上がったので、今回も盛大にやるとクラウスさんが息巻いています。
ヴォルザードの住民に娯楽を提供するのが目的と言ってますけど、結局のところクラウスさん自身が楽しみにしてるんですよね。
バルシャニアの時と違って、隣り合う国の騎士と守備隊員なので、変な対立が生まれないように気を付けていましょう。
カミラを護衛してきた騎士達は、帰りはディートヘルムと一緒に王都アルダロスへ、送還術を使って送り届けるつもりです。
カミラの代わりにディートヘルムを護衛してアルダロスまで陸路で帰っても良いのでしょうが、時間がかかりますからね。
「さて、そろそろ自宅に戻って、酔っぱらい共に治癒魔術でもかけてやりますかね」
『ぶははは、いやいや奥方様たちに、コッテリと絞られた後の方がよろしいのでは?』
「あぁ、それもそうか。うん、もうちょっとしてからにするか」
僕が家を出て来る時には、皆さんまだ夢の中でしたし、まだ起きていないかもしれませんね。
僕は先に眠りましたが、相当遅くまで飲んでいたようです。
あの後、父さんとクラウスさんは、どんな話をしたんでしょうかね。
上手く唯生さんがフォローしてくれたんでしょうかね。
自宅に戻ると、女性陣が食堂に集まっていたので、僕も朝食を御一緒させていただきましょう。
おっと、その前に手を洗ってきましょうか。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
女性陣が一斉に迎えてくれました。
唯香、マノン、ベアトリーチェ、セラフィマ、美香さん、ノエラさん、マリアンヌさん、リサヴェータさん、美緒ちゃん、フィーデリア、それにディートヘルムとマノンの弟ハミルもいます。
うん、少し年上の兄ちゃんみたいに思ってるかもしれないけど、次のリーゼンブルグ国王だからね。
そして案の定、男性陣はまだ起きて来ないようで、奥方様たちは手ぐすね引いて待ち構えているようです。
うん、血の雨が降らないといいなぁ……。
ちなみに、アマンダさんとメイサちゃんにも明日のパーティーには出席してもらいます。
昨日から、うちに泊まりに来てくださいと言っておいたのですが、アマンダさんは店を休むのは一日だけと取り合ってくれませんでした。
真面目というか、お固いというか、まぁそこがアマンダさんの店が繁盛する理由でもあるんでしょうね。
メイサちゃんだけでも泊まりに来るかと聞いてみましたが、こちらも断られてしまいました。
いつもなら喜んで来るのに、メイサちゃんにしては珍しいですね。
みんなが賑やかに話しているのを見ながら朝食を食べていると、唯香が話し掛けてきました。
「カミラとイチャイチャしてきたんでしょ?」
「えっ? 今朝は会ってないよ」
「そうなの?」
「うん、野営地から出発する様子を見守ってきただけだよ」
「でも、なんだかニコニコしてたよ」
「ニコニコ? あぁ、今朝はいつもよりも食堂が賑やかだからじゃないかな」
「そっか……そうだね」
そうそう、大勢でワイワイ喋りながら食事するのは楽しいです。
明日からはカミラが増えて、いずれ子供が増えて我が家は賑やかになっていくことでしょう。
それを想像しただけでも楽しくなってきます。
「ケント、出迎えの時に着る服を出しておいたよ」
「ありがとう、マノン」
「後で着てみた方がいいよ」
「そう? でも、そんなに背も伸びてないと思うけど……」
お腹も……出っ張るほどは太っていないから大丈夫……なはずです。
大丈夫だよね……たぶん。
僕が朝食を食べ終わる頃、ようやく男性陣が起きてきました。
最初に顔を見せたのは、唯生さんと僕の父さんでした。
二人とも見るからに顔色が悪く、昨日の酒が残っているのは一目瞭然です。
「おはようございます、唯生さん、父さん」
元気に挨拶してみたのですが、二人とも分かっているといった手振りを返してくるだけで喋ろうともしません。
そんな唯生さんの様子を見て、唯香と美香さんが雷を落とそうとすると、すかさず両手を合わせて拝み倒して勘弁してもらっていました。
「二人とも、朝食食べられます?」
「とりあえず、水を……」
「うわっ、酒くさっ……」
もう、アセトアルデヒド全開という感じです。
これは、さっさと治癒魔術を掛けてしまった方が良いと思ったんですが、唯香と美香さんに首を横に振られてしまいました。
「すみません、唯生さん、お許しが出ませんでした」
「いや、仕方ない……」
「食べられるようになったら、厨房に頼んで下さい。何かしら作ってくれますから」
「ありがとう」
「父さんも遠慮しないでね」
「分かった、ありがとう」
朝食も食べられないような二日酔いの父さんに、苦笑いを浮かべる日が来るなんて、昔の僕には想像も出来ませんでした。
ここに母さんもいてくれたら……なんて思ってしまうのは、無いものねだりなんでしょうね。
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